ロキシーは大丈夫なの?
翌日、夕方になってかさねが戻ってきた。
「おかえりなさい。早かったですね」
「あの城は以前にも潜入したことがある。相変わらず、ここは忍びの対策がほとんどない。舐めてる」
表情を変えずにかさねは言うが、ノートメアシュトラーセの城に潜入してきたらしい。しかも少なくともニ回目。
ロキシーを助けたり、鎧武者にトドメをさしたり、見た目は幼いがかさねはかなりの手練なのだろう。
「普段からそんなことしてるゴッデスフルス怖い」
「諜報戦というのは平時の方が重要なのですよ。特にレバック王は、情報操作を得意とし……」
「報告を始めていいか?」
脱線していることに苛立ったのか、かさねが冷ややかに言い放つ。
「ええ、すみません。お願いします」
すまないと言うよりも話せなくて残念そうにしかみえないロキシー。
ゴトリと音を立てて、かさねは拳よりもやや小さめの水晶のようなものをいくつかテーブルにおいた。
「いくつか動画を撮ってきた」
なんだかよく分からないが動画を取る魔具らしい。便利さに夏央はちょっと元の世界が懐かしくなる。
かさねの操作で壁に映像が投写され始めた。
◆
一昨日見かけたような、兵士っぽい連中が話をしている。
一般兵の待機所、という感じの場所だ。
「しかしシャルロット様は容赦無いな。パン屋まで犠牲になったか」
「いや、あれはどっかの元王子らしいぞ」
「王子? 確かにパン屋にしては強かったらしいな。死んだのか?」
「いや、結局は女に止められてパン屋は死なずに済んだらしい」
「女? 度胸あるな」
「鬼姫閣下もさすがに女には剣を向けられないのか?」
「多少遠慮はするだろう。遠くからちらりと見ただけだったが、優しそうな美人だったぞ」
「そりゃ鬼姫閣下としては難しい戦いだな。真逆だ」
「いや、シャルロット様だって綺麗だと思うけどな?」
「お前変態か? ドMか? どこがいいんだ?」
「あの冷たいところがいいんじゃないか! 罵られたい!」
「…こいつヤバいな」
「いや、鬼姫閣下は以前はああじゃなかったって聞いたことあるぞ?」
「ああ。以前部下だったと言う奴が話してた。今の地位に抜擢されてから変わってしまったと。権限があるとはいえ、任命したのが実の父親だしな。前の騎士団長を辺境に追いやるだいぶ無理矢理な人事だったらしい」
「権力者の考えることはわかんねえな」
「そこまでして出世したいかねえ?」
「いやいや、無理矢理やらされているからこその荒れっぷりなんじゃねえのか?」
「可愛かったって頃の鬼姫閣下が見てみたかったな」
「馬鹿。お前らそんな発言聞かれたら訓練でボコボコにされるぞ」
鬼姫閣下って……うん、わからなくはないかな。あの姫騎士にも色々あるらしい。
一つ目の水晶はそんな感じの会話がいくつか入っていた。どれも似たような感じだった。全部鬼姫閣下扱い。
かさねが二つ目の水晶を起動する。
「鬼姫閣下は今日は魔物ではなくパン屋を倒したらしいですぞ?」
「ほっほっほ。これは面白い」
「市民に手を出すとは……気でも触れたか」
「まったく。嫁の貰い手が無いのもやむを得ませんな」
「あのような可愛げのない女、金を積まれてもなかなか……」
「例の調査が上手くいかなくて苛立っておるのでしょう」
「いや、単に腹が減っていたのでは?」
「所詮獣人。あの鬼姫ならありうるか」
「悪食の宰相殿もさぞお困りだろうて。あれほど無理を通したのにこれではな」
「いやいや、滅多なことは言うものではありませんぞ」
「娘が思うままにならぬのは世の常ですな」
貴族っぽいおっさん達の会話だ。
なんだか聞いていて気分が悪くなってくる。
よく思われていないのは姫騎士よりもむしろ父親の方なのか?
かさねが三つ目の水晶を起動する。
これまでよりも部屋のグレードが上がっている。
身分のありそうな中年の男と姫騎士が会話している。
「シャルロットよ。また何かしでかしたそうだな」
「いえ、父上にどのように伝わっているかは存じませんが、部下の不手際を収めただけです」
「私のところには、お前がパン屋を叩きのめした、と伝わっている。これは、事実か?」
「はい。いや、そうではなくて……」
「結果だけ答えよ。これは事実か?」
「……はい」
「愚か者が。末席の分際で家名に泥を塗りおって。何のためにお前を騎士団長に据えたと思っている。例の調査も魔物を倒すばかりで何の結果も出ておらぬではないか」
「……」
「何も見つからぬなら見つからぬで魔物増加の理由を示せ。我らの発言権を増すためには魔王の力の残滓でも見つかるのが理想ではあるがな。やれやれ。しばらく謹慎せよ」
「えっ? どういうことでしょうか?」
「市民に手を出したのだ。そうでもせねば収まるまい。挙句に例の病院関係者らしいではないか。病院から苦情も来ているそうだ。アレとことを構えるのは避けねばならぬ」
「……申し訳ございません」
「奴らに先を越されるわけには行かぬが、同時に関係を悪化させるわけにもいかんのだ。まったく。この役立たずが。ゴッデスフルスで何かあったらしいというのに」
「は?」
「仕込んだ者共と連絡が取れなくなった。いや、お前に話すことではない。話は終わりだ。行け」
男が煩わしそうに言い、姫騎士が苦しげな表情を浮かべて立ち去る所で映像は終わった。
「鬼姫の父はノートメアシュトラーセの宰相。元々、軍出身で、軍にはかなりの発言権がある。騎士団長のシャルロットもメイドに産ませた子を引き取り、自分の権力を使って要職につけた。
この宰相は魔王利用派に属している。魔物出現の変化に伴い、何か使えるものがあるのではないかと考えて娘を調査に当たらせている」
かさねが補足するように言った。
「魔王利用派?」
「ええ。ノートメアシュトラーセ内部にはここまで魔王利用派がくい込んでいるのですね」
ロキシーがやれやれといった顔をする。
「それが分かっているから元王子はこんな所に潜伏しているのではないのか?」
かさねが不思議そうに言う。
「いいえ、それはまったくの偶然です。……たぶん」
ロキシーは言い切ってから、自信がなくなったように付け加える。
「お兄ちゃん、言ってたよね。『力があるから、立場があるから、そういう理由で戦わされるのはうんざりだ。誰が生きようが死のうが俺にはもう関係ない』って。だから偶然なんだと思う」
スープラが言う。
リップがロキシーを見る。
「ロキシー達は十年前は自ら望んで参加したんじゃ無かったの? あ、え? それは……まあそうか」
リップは問いかけて勝手に納得する。エリアルか。
「エリアルはなんと?」
「ゼータは、王子としての責任感、王子としての立場。そういうのが大きかったって。私はそんなゼータを支えたかっただけ。好き好んで戦いを求めた訳じゃないって」
「まあ私もそういうのはありましたね。国に養ってもらってた訳ですし」
夏央はロキシーの「養ってもらっていた」という言葉が気になったが、話が逸れそうなので黙っていた。
「それでエリアルを失ったならなおさらじゃな」
ブラウドラッハが肩をすくめる。
「ダメ元で会いに来ましたが、諸々含めて、私に協力してもらうのは無理そうですね……」
「ダメ元だったの?」
夏央は驚く。
「ええ。自分も現場を離れて久しいのに、それを棚に上げて協力を求めるなんて虫が良すぎますからね。批判されなかっただけまだ良かったですよ」
ロキシーは力なく笑う。
「でも……」
スープラが何か言いかけて止め、リップを見る。
「でもね、私はエリアルさんに言ったの。お兄ちゃんの世界を変えてみませんか、って。我ながら大それたこと言ったなとは思うけど、でも、本当にそう思ったの」
「そうだね。このまま帰るのはなんか嫌だな……ってお姉ちゃん煩い。何? 『スープラ尊い』って??」
リップの中でお姉ちゃんが大変らしい。
「帰る? なら私はもう少し仕事をしておきたい。おねえ……姉上からの指示もある」
「いえいえ、魔王利用派が動いているとわかった以上、ゼータのことはさておき、このまま帰るわけにも行きませんよ」
「ロキシーは大丈夫なの? 過去の……立場とか責任とか、そういうの辛くないの?」
夏央は気になって尋ねる。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。スープラの言葉、良いですね。私もぐっときましたよ」
「えっ?」
「『籠の外に世界は広がっていた』という話です。私も同感です。むしろ私があなた達の籠に……いえ、そういう考え方は良くないですね」
リップが怒りを込めてひと睨みする。
「ロキシー、そういうこと言うとロキシーでもぶっとばすよ?」
「すみません、リップ。染み付いた考え方というのはなかなか抜けなくて」
スープラは対照的に無表情。
「ロキシー、そういう意味で私は言ってないよ? ぶっとばすとかは良くないけど……うん、もう少し矯正したほうが良いね。帰ったら一週間、デュパープにコーディネートしてもらおうね?」
底冷えするようなスープラの声音に、ロキシーが「ふえっ?!」と声を上げて反応する。
確かにスープラは怒ると怖い。
冷静に急所をついてくるから、ロキシーがキャラ崩壊して可愛くなっちゃってる。
「す、すみません、スープラ。それだけは勘弁してもらえないでしょうか……」
「デュパープのふくはー、かわいいよー?」
リュリーは楽しそう。
「リュリー、あれはデュパープだから似合うんですよ??」
「いや、夏央もソワソワしておったし、満更でもないと思うがの?」
「いや、そこで俺に振らないで」
あれはいろんな意味で刺激が強すぎる。
おかしな方向になってきたので話を変えたい。
「かさね。病院から抗議とか言ってなかった?」
「それは私ではなく宰相。山で会ったラファエラの病院」
「病院が軍に抗議したってこと? なんで?」
「表向きは軍が市民に手を出したことに対する抗議。実質的にはおそらく牽制」
「牽制?」
「病院というか、聖十字教会というほうがわかりやすいですね。比較的穏健な教義で、布教の一環として各地に病院を建設・運営しています」
「内実はあれも魔王絡み」
「そうですね。かさねがいうなら間違いないんでしょうね」
「ラファエラさんが働いている病院は聖十字教会とやらが運営していてそこにも魔王利用派だか魔王崇拝派だかが絡んでるということ? とういことは、ラファエラさんはこちらをわかった上で関わってるってこと?」
「いえ、そうとは言いきれませんね。教会や病院で働く人がみなそういう前提では無いはずですし、表向きにもしていませんしね」
昨日何か意味深なことを言っていたブラウドラッハは黙っている。
特に夏央以外の人がいる環境だと、ブラウドラッハは聞かれれば答えるが積極的に何かを主張する発言はあまりしない。一歩引いている感じだ。
リップが言う。
「実はあの人は王様が潜入させてる、とかはないの? ゼータのことも助けてくれたし」
「末端の私は知らない。私以外に誰かが任務を受けているかどうかも含めてわからない」
かさねはわずかに首を傾げる。
昨日の夜、夏央とブラウドラッハを見ていたのもそれなら分かる。あの王様ならやりかねない。むしろそれぐらいはしないとおかしい。まあ、たまたま通りかかっただけかも知れないけど。
ロキシーは少し考えてから言った。
「かさね、調査ありがとうございました。ラファエラのことも少し調べてもらえませんか。危なそうだったら引いていいです。いえ、引いてください」
ロキシーも知らないということなのだろうか。でも、それさえもブラフの可能性はある、と続けて夏央は思う。
ロキシーをそれなりには信頼しているが、心から信用はしていない。
「わかった」
かさねは、しゅたっと天井に姿は消さず、普通にドアから出ていった。
忍者ムーブを期待していた夏央はほんの少しだけがっかりした。




