ふふふ、上手いぞ
エリアルの意識がリップの体に入れたこと、そのまま留まっている理屈はロキシーにも分からないらしい。
「故人を降ろす術式があるとは聞いたことがありますが現実に可能ということなんですかね?? それに……本来、使うのは降ろす側であって降りる側ではないですよね?」
ロキシーはブラウドラッハに意見を求めた。
「この辺りの土地の特殊な力が影響している可能性があるじゃろうな」
「何のことですか?」
「この地にはエーテル鉱脈の気配がするからのう」
「本当ですか?!」
ロキシーが気色ばむ。
「鉱脈化したエーテルは法術探知もできない特殊な素材なのですよ? グランツヴェルトってそんなこともできるのですか?」
「いや、魔物も認識するようじゃし、お主らができないと決めつけるのは早計じゃぞ。それとけっこうな埋蔵量があるぞ?」
「魔物もですか?」
「うむ、魔物の増加にも関係してたりするんじゃないかの?」
「えええ」
ロキシーは愕然としている。
「ブラーシェといると私の常識が音を立てて崩れていく感じがします……」
「賢者と呼ばれるほどのお主が『常識』などという曖昧なものに寄るのは良くないのう。精進せい」
ブラウドラッハは呆れたように言う。
「すみません、精進します……」
「ロキシー、それは伸びしろっていうんだよー!」
がっくりと肩を落とすロキシーをリュリーが慰めていた。
本来は今日シュティレンヒューゲルに帰る予定だった。とはいえ、このまま帰る訳にも行かないということで滞在を延長することになった。
ロキシーは仕事を引き継ぐ必要があると言って、結構な時間、パトリシアと連絡を取っていた。あと結構な頻度で謝っていた。
◆
晩ごはんの後で、夏央はブラウドラッハと二人で、宿の裏手にある開けた場所に来ていた。
日課となっている魔王の種のコントロールをするトレーニングをするためだ。寒いのでしっかり着込んでいる。
ブラウドラッハと共に、様々な形で自分の中にある力を理解し、主体的に使えるようにするのだ。
最近はブラウドラッハ指示の元、基礎的な力を重点的に鍛えている。
◆
ちなみに、いちばん最初にやったことは、ブラウドラッハの提案による「種の力を弱めるとどうなるか?」という事だった。
夏央は、種の支配によりこの世界に適応できるようにチューニングされているが、それを弱めた素の状態でこの世界を認識してみろ、と。
これは思い出したくもないほどに恐ろしい体験だった。
種の力を弱めた上で、夏央の記憶を元に、初めて体験したサーベルタイガー戦を意識の中で再現されたのだが、恐怖に震えた。
あまりに怖すぎて動くこともできなかった。漏らさなかっただけでも自分を褒めてあげたかった。
続く鎧武者戦の再現では、恐怖と緊張で腰が砕け、さらに嘔吐した。
ファランクス戦の再現は、一週間分のおやつを譲るからと懇願して再現自体を断った。
種による補正のない自分は、役立たずという言葉さえ相応しくないほどに、無力だった。
何よりショックだったのは、自分が種の力を弱めた時、驚くほど臆病で後ろ向きな気持ちだったことだった。
本来自分の内にあった感情がどうだったのかということを無理やり思い出させられた。
自分にくい込んでいる種の力を嫌という程認識させられた。今のこの思いさえもが、自分の感情なのかわからない。
「感情の起伏など誰にでもあるし、気持ちの持ちようで強気にも弱気にも容易に揺れる。普通のことじゃ」
ブラウドラッハに懇々と諭され、どうにか夏央は気持ちを鎮めることが出来た。
ブラウドラッハによるコントロールもあるんだろうな、とも思ったが夏央は黙っていた。
それを否定しては頼れるものは何も無く、何も出来ない。割り切れないが割り切るしか無かった。
この時の無様な姿を誰にも見られなくて本当によかったと思った。
ちなみに、おやつはブラウドラッハに対するあーん付きでの半分こに緩和された。
それを見たスープラが「いいなぁ」と言っていたので、スープラはかなりの甘いものが好きみたいだ。
それ以降は、ブラウドラッハの支援を受けながら、夏央の中で種が生み出す力を探り、認識し、使ってみる、ということを繰り返していた。
使えたところまではブラウドラッハが「固定化」という処理をしてくれる。これはグランツヴェルトが持つリミッターとしての力の裏返しなのだそうだ。
上を抑えるのと同じ理屈で下も抑えて制御する。
これによって、一度引き出した力は比較的簡単にコントロールできるという話で、実際にそうだった。
ステータスの認識や、一度使った剣技や武技は固定化によって簡単に発動できるようになった。剣技を使いこなすのはまた別らしく、努力中だ。
うまく使えないものでも、繰り返し練習することで徐々に馴染んでいくことができる。
法術もそうだ。
使えないと言われていたが、種の力によって比較的容易に夏央は覚醒した。種が生み出す力をエーテルの代替とし、ブラウドラッハの支援で表示されたウインドウから法術を使用することができた。
ただ、法術云々の話は、ロキシーにも伝えていない。
ロキシーの後ろにいるであろうレバック王を、夏央とブラウドラッハは警戒していた。
もちろん、法術に限らず、目に見えるような効果をもたらす力は、周囲に知られること自体にリスクがある。
その意味でも意識空間でのトレーニングは便利だった。
◆
今日は、探知能力を引き出す練習だ。周りから見れば二人で瞑想をしているようにしか見えないはずだ。
目を閉じたまま実際に周囲の環境を探る、ということを試す。
以前はごく近くだけ何となく感じられた能力だが、今は、範囲を徐々に広げ、かつ、人以外の生き物や魔力なども感知できるようにトレーニングしている。エーテルの認識も課題のひとつだ。
昔読んだ剣士が出てくる伝記物で「観想の法」という周囲を認識する力が出てきたがそれに近いのだろう。
ブラウドラッハの指示に従って、周りを認識していく。
息づかい。ブラウドラッハの気配を感じる。
「ふふふ、上手いぞ」
意識を集中することで、ブラウドラッハの輪郭を認識する。周りよりも温度が高いこともわかる。
「そうじゃ、なぞるように丁寧に、優しくな」
ブラウドラッハだけでなく、周りの環境を認識し、少しずつ範囲を広げていく。
ふと、近くに人がいるのを認識した。
よく知る人ではないが、会ったことはある程度。
「誰?」
夜の静けさ故か、夏央の声はよく通った。
物陰から細い影が滑り出る。
「あら、夏央さんでしたかー」
「ラファエラさん?」
「仕事を終えて家に帰る途中だったのですがー、人の姿が見えたのでー。覗き見しちゃったみたいですみませんー」
「まったく、無粋な奴じゃな」
いや待ってくれ。無粋というか、むしろブラウドラッハの見た目的には事案発生じゃないのか。
「いや、そういうのじゃないですからね?」
「いえいえ、見た目と年齢が一致しない種族の方も多数いらっしゃいますから。あと性癖も人それぞれですしー?」
ラファエラはふふっと笑う。
おっとり穏やかではあるんだけど、なんか艶っぽいというか、昼間とは雰囲気が違う気がするのは夜だからなんだろうか。
って性癖って? やっぱりそういう目で見たってことだよね?!
「見ての通り夜の密会じゃ。昼間は邪魔者が多くての。ゆっくりいちゃいちゃすることもできぬ。口外するではないぞ?」
夏央に抱きつきながら、ブラウドラッハはそんなことを言ってのける。
え? ええー??
「ふふっ。やっぱりそうでしたか。寒いのにお盛んですね。大丈夫です。言いませんよー?」
「寒いからこそ、相手のぬくもりをしっかり感じられるのは良いものじゃぞ。まあそれはさておき、お主、明後日は山のパン屋の所へゆくのか?」
「そうですねー。あの言い方だと直接売っていただけるかどうかは心許ないですが、ダメ元で行ってみようと思ってますー」
「そうか。まあ、道中気をつけてな。妾たちはまだいちゃいちゃしたりぬからまだここにおるが、早々に立ち去って貰えるとうれしいぞ?」
「わかりましたー。ではおやすみなさーい」
ラファエラはぺこりと頭を下げるとにっこりと笑って手を振り去っていった。
◆
「ちょっとブラウドラッハ、さっきの何?! なんか俺、あの人から性癖に問題のある人属性で固定された気がするんだけど?!」
ラファエラの気配が遠ざかり、完全に消えたのを確認してから、夏央はブラウドラッハに食ってかかる。
「まあそう言うな。間違いでもなかろう? 愛しのマイマスターなのじゃから、あれくらい言っておかぬとあの女狐に何をされるかわかったものでは無いわ」
しれっとそう言って、ブラウドラッハは意味ありげに片目をつぶる。
ん? 何かあるのか? 女狐?
「さ、部屋に戻って続きじゃ。外は外で邪魔が入っていかん」
まあ、普段こんなことを言わないブラウドラッハだからこそ、なにかあるのだろう。
「それとな、いい加減ブラーシェと呼べ。恥ずかしがるお主はそれはそれで興味深いがいい加減悲しくなるわ」
ブラウドラッハが急に真面目な声で言ったので夏央は驚いた。
「え? ごめん。……ブラーシェ」
なんか気恥ずかしかったのは内緒なのだが、そんな内心は確実にばれているだろう。
「ふふ、ようやく呼んでくれたな。許すぞ。今後はちゃんと親しげに呼ぶのだぞ」
ブラウドラッハが満足げに笑う。夏央は何だかご機嫌なブラウドラッハに手を引かれるようにして宿へと戻った。
◆
「ところでブラーシェ。まだ誰かいたの?」
部屋に戻り、夏央は尋ねる。
「立ち去ったかどうかよくわからなくての。ふむ、続きをしたかったのか?」
ブラーシェが妙に艶のある声音で言う。
振り返るとまさかの大人モード。
夏央はおおっ、っとのけぞる。
しかしあれだな、ブラウドラッハもまたすごい美女だな。
「ふふっ。嬉しい反応じゃの。親しげに呼ぶようになったし、この姿なら続きをするのに差し障りはあるまい?」
「いやいやいや」
近づいてくるブラウドラッハに夏央は動揺する。
艶かしすぎて目のやり場に困る。見たいけど見てはいけない。強くそう思う。いや、ちょっと待て。なんか上手く手のひらの上で転がされてないか?
「遠慮は無用じゃぞ? お主はまいますたーなのじゃから、好きなだけ見て触れて良いのじゃぞ?」
ブラウドラッハが楽しそうに迫ってくる。
「いや、えっと、ブラウドラッハ?」
からかわれているのだとは思うが、どこまで本気なのか全く分からない。
後ずさりしていたら背中が壁に触れた。
ブラウドラッハが壁に手をつく。ヒールの分、ブラウドラッハの方が背が高い。
壁ドン。本当にあるんだ。
夏央に逃げ場なし。かと思いきや、キラキラ〜!っと音がして、窓から何かが飛び込んできた。
「おかえりー! わー! ブラーシェちゃんが大人だー!」
「リュリー! ああもう! いいところじゃったのに!」
ブラウドラッハはあきらめたように元の姿に戻った。
夏央はホッとしたような残念なような微妙な気分だったし、おかげでモヤモヤした気持ちを抱えながら夜を過ごすことになるのだった。




