世界は私を囲む鳥籠のよう
「エアリアルさんから見た昔のお兄ちゃんってどんな人だったの?」
リップが落ち着いたのか、ようやく一段落した様子のエリアルに、スープラが訊ねる。
「エリアルでいいわ。そうね、法術はあまり得意じゃなかったけど、強かったわよ。剣はともかく、性格は馬鹿正直というか、まっすぐな人だったわ。
間違っていると思ったら言わないと気が済まないし、そのせいで傷つくことも多かった。
でも、自分の損得を考えての行動じゃないから、そこが彼が人を惹き付ける所だったかも。
そう、そうよ。それで行く先々で無意識に女の子を惹きつけまくって。本当に大変だったわ……」
エリアルの目から光が失われた。
「なんだその異世界の勇者みたいなハーレム王子。そんなの本当にいるんだな」
「昔は『明るくよく笑う快活な人』だったんですけどね……」
ロキシーが言い添える。
「今では、陰鬱というか醒めているというか、無表情で無感動。人と関わらない。まるで別人じゃな」
ブラウドラッハ、何気に酷い。
でも的を得ているとは思う。
「……私のせいなの。私があんな死に方をしたばっかりに。ごめんね、スープラ」
エリアルがスープラに頭を下げる。
まただ。と、夏央は思う。
十年前の因縁がここにもあった。
死んでもなお過去に捕われている人がいる。
夏央が何か言いかける前に、スープラがぶんぶんと首を横に振る。
「エリアルさんのせいじゃありません。謝らないでください」
その手を両手で包み込み、スープラはエリアルを見つめる。
確かロキシーから本当の話を聞かせてもらった、と話していた。スープラは本当の話を知っている。
「過去は過去なんです。エリアルさんにこんなこと言うのはおかしいかもしれないけど、考えてもいいのはこれからどうするか? って事だけです」
「スープラ……?」
エリアルは目を見張る。
「ちょっと前までは私もそうでした。自分の境遇ばかり気にして、これからどうしたいのかとかちゃんと考えられませんでした。でも夏央が教えてくれたんです」
え? 俺? と夏央は思う。
「夏央は私に、世界なんて変えればいいんだ、って教えてくれました。そんなこと、思いもしませんでした。世界は、私を囲む鳥籠のようだったから。
でも、気づいたんです。鳥籠の外にも世界は広がってるんだって。
見えてたのに、それが世界だって気づかなかった。気づいたら、なんだかとても楽しくなってきたんです」
夏央は、自分の言葉がスープラに影響を与えたことに後ろめたさのような気持ちを感じた。
確かにそう言った。
でもあれは咄嗟に出た言葉で。ミツオの受け売りみたいなもので。それで自分が評価されて良いんだろうか?
「世界を変える……?」
エリアルは小さく首を傾げた。
「一緒に変えてみませんか? お兄ちゃんが変わるかどうかは分かりませんけど、お兄ちゃんを取り巻く世界を、もう一度変えることはできるかもしれません」
スープラは真っ直ぐな瞳でエリアルを誘う。
「みんなで変えるんです。昔はいなかった、私たちがいます。魔王の夏央だっています」
「魔王……大丈夫なの?」
「ブラーシェが見張っててくれるから大丈夫です!」
「ブラーシェちゃんはー、いい子だよー?」
「ちゃん付けするでないわ! あとお主もよく見ているじゃろが!」
「え、あ、うん」
スープラが顔を赤らめつつ照れたようにえへへと笑う。
確かに、シャルロットに怒りを覚えた時に、スープラはブラウドラッハと同じタイミングで夏央を止めてくれた。
「それに夏央は私に言ってくれました! い、一緒に過ごすこれからの事を考えようって! ふ、二人のこれからのこと! だから、間違いないです! 楽しいこと盛りだくさんですからね?!」
いや、似たようなことは言った気がするけど、なんか誤解されてるような……。
エリアルが「あれ何の話だっけ?」みたいな顔になった。感動してたみたいなのに。
それから、思い出したように笑い出す。
ロキシーも苦笑。
「あははは! スープラが今を楽しんでるってことはよくわかったわ。笑ったのなんて本当に久しぶりよ、あはは」
涙を流して笑うエリアルの表情が唐突に無表情になり、それから一変する。
「……何それあたし聞いてない?! スープラだけずるいよっ!!」
いきなり叫んでウイッグを投げ捨てた。
違う、これはリップだ。
「いつの間にそんな所まで話進んでるの?!」
「リップおかえり! 会いたかったよ!」
リップに戻ったことに気づいたスープラが飛びつく。
「うんうん。あたしも! って話そらしたな!」
リップはがうっと吠える。
「夏央! いつの間にそんなこと言った!」
今度は夏央に吠える。
いやー、なんか誤解もあるんだけど「そこまで言ってない」とか言うとまたおかしなことになりそうだし……。
って、あれ? スープラさん、それってどういう意味? え? え?
「はいはい、おちついて。リップ、おかえりなさい。エリアルはどうしました?」
ロキシーがパンパンと手を叩いて場を収める。先生か。
「ううー、あ、ただいま、ロキシー。なんとかまた表に出られたよ。お姉ちゃんほんと酷い。お姉ちゃんはね、なんかまだ笑ってる。楽しいみたい。まあいいけどさ」
リップ額を抑えながらやれやれといった様子で答えた。




