お風呂です!
王立学院とやらの校内は広かった。
夏央の高校とはまるで違う、なんだかやたら歴史のありそうな建物。
天井は高く、なんだか全体的に格調高い作りで、学校というよりはなんだか歴史のある美術館とか図書館のような雰囲気。見たことないけど、有名な某魔法使いの学校とかこんなイメージ。
ほとんど人は歩いていない。
夏休み中の雰囲気に似て……まさかここも夏休みなのか? と思ってスープラに聞いたらその通りだった。
あんまりきょろきょろするのもアレなので、夏央はぐっと堪えて歩いた。美少女の前なので。
しかし当の美少女のほうが夏央をちらちらと見ているような気がする。まあ異世界人という扱いみたいだし気になるんだろうか。
夏央もスープラの横顔をそっとうかがう。
現実味のないほどの整った顔立ち。目が合って、ふふっと微笑まれた。恥ずかしくなる。
リュリーはお腹いっぱいで眠くなったらしく、夏央の肩で器用に寝ている。
豪奢な校門を出ると、予想を超えたクオリティで異世界の街が広がっていた。
立ち並ぶ様々な形の建物は、夏央の世界とは明らかに異なっている。異世界物によくありそうな、ヨーロッパ風の古い町並みっぽくはあるのだけれども、妙に和風の意匠や小物が取り込まれている、奇妙な和洋折衷の街並み。
人通りも多く、活気に溢れている。髪の色も肌の色も、体つきも顔つきも様々に異なる人々。
照りつける日差しが強い。季節は同じくらいなのかもしれない。じわりと汗ばんでくる。海が近いのか、かすかに潮の香りがする。
なんだこのリアリティ。夏央は圧倒されている。
自分が今まで世界だと思い込んできた様々な価値観が壊されそうなほどの光景だ。
「シュティレンヒューゲルの街は初めて……みたいですね?」
言葉もなく立ち尽くしている夏央にスープラが声をかけてくる。
「学園の中でもなんだか興味深そうでしたし、やっぱり異世界の人なんですね?」
きょろきょろしないようにしてたつもりなのにバレてた。そういうスープラ自身が興味津々としか表現しようの無い雰囲気を全身からだしている。
「……うん、なんかそうらしいんだけど」
本当に不思議な夢。でも。
「コレは本当に夢なのか……?」
思わず口をついて出た。さすがにおかしい。
聞こえたようで、スープラが小さく首を傾げる。
「夢?」
「え、あー、いきなり異世界とか言われても、ついていけないと言うか、夢かな? って思うというか思いたいというか」
夏央は混乱したまま、スープラに少し気を使いつつ、言葉を探す。
「えっと、スープラさん? は何者なの?」
「スープラでいいですよ。私は学園の2年生です。今はアルバイト中なんです」
「あ、学生なんだ。ってあれ?俺も2年だからもしかして同い年なのか?」
「はい? 17歳ですよ?」
「あ、じゃあ一緒なんだ」
この美少女過ぎるメイドさんにようやくちょっと親近感がわいてくる。
「なんかバイト中なのにごめんね」
「いえ、行先は同じですから大丈夫です。私が自分で言い出した話ですし」
「そっか。助かるよ。何がどうなってどうなるのかぜんぜんわかんないけど」
この奇妙な夢はいつ覚めるのか。
「そういえば、怪我、治ったみたいで良かったですね。もう痛みもないんですか?」
「うん、もう痛みは無いな……ってあれ? 何で知ってるの?」
どんな怪我をしたのかは夏央自身にも良くわからないけど、倒れるほどの怪我ではあったみたいだ。
でもスープラは見ていないはず。見ていた?
「あ、やっぱり気づきませんでした? 私、いましたよ? 落ちてきた時に」
「えっ?」
夏央は立ち止まり、まじまじとスープラを見た。
そう言われてみると…あれ? どこかで会ってるような……。
「……目の前に立ってたのってもしかして? あの水着の??」
「はい。私ですよ!」
どこかで会ったような気がするはずだ。会ってるよ。あの時の肢体が脳裏に浮かぶ。
夏央の表情からそれに気づいたのか、スープラは顔を上気させてうろたえた。
「……み、見ました?」
「え? あ……えーと……ああ、あれはプールなのかな、それともお風呂なのかな?」
ロキシーは大浴場と言っていた気がするけど、水着はおかしいよね?
夏央はうまく話をそらせたと思った。が、違ったようだ。
「お風呂に決まってるじゃないですか!」
「え? でも水着……?」
「公共のお風呂は水着着用です!」
「あ……なんかごめん……。い、いや、何も見えなかったから! 湯気で! 湯気すごくて!」
どうやら世界のルールが違うらしい。
夏央は必死に弁解するが、水着とわかる程度には見えてたのは確実に伝わっているはずだけど。
「まあ、事故ですし、見えなかったなら大丈夫ですね!」
「そう見えなかったから大丈夫!」
お互いに赤くなったままうんうんと頷きあってこの件はウヤムヤになった。顔を見合わせてあはは、と笑う。
リュリーは一度寝ぼけて起きたが、また寝た。
気を取り直して街を歩く。
門から続く大きな通りには様々な店が軒を連ね、夏央が目にしたこともないような品物と、普段見かけるような品物とが並べられている。
夏央たちの行く先をたくさんの人が通り過ぎていく。店先や街角、あちこちで雑然とした人々の話し声が聞こえる。
よくあるテーマパークにも似ているが、ここには作り物のような奥行きのなさがない。良くも悪くも、地に足のついた生活感のようなものが感じられる。
すれ違う人々が笑顔でスープラに挨拶して行く。スープラも笑顔で挨拶を返している。
なんか人気者っぽい感じ。まあ、可愛いし、人当たりも良いし、納得だよねぇと夏央は思う。
スープラは、学園からさほど離れていない、一軒の大きな店へと夏央を連れていった。
入口のゲートをくぐり、店内に入る。
「いらっしゃいませー」
あちこちから明るい声が聞こえる。
外の明るさとの差で視界が暗くなり戸惑う。目が慣れてくると、様々な人々がひしめきあい活気に満ちている店内が見えてきた。
たくさんのテーブルが並び、山盛りの料理が美味しそうに湯気をたてている。
テーブルを囲む人々がそれぞれに何かを話しながらそれを頬張っている。あちこちからなんとも美味しそうな香りが漂ってくる。
スープラと同じような、メイド服姿の女の子達が忙しそうに料理や飲み物を運んでいる。「おかえりなさいませご主人様」ではなかったのでやはりメイドさんではなくウェイトレスで確定。まあどっちでもいいけど。
高い天井にはいくつものシーリングファンがゆるやかに回っている。シャンデリアっぽい形の照明が輝き、店内は十分明るい。
夏央は、仲間を募ってダンジョン攻略したり討滅戦とかしたりお使いしたり世界を救ったり、もしくは狩りとかするゲームです! という装備をした人々がわらわらといるような店内を連想していたのだが、実際はかなり違っていた。
ここにいるのは、普段着な雰囲気の、顔立ちも肌の色も違う様々な年齢の男女。街中で見かけた人々とほとんど変わらない、様々な種族。
種族だよ、種族。当たり前にいすぎて流してた。あと猫耳可愛い。上に向かって生えてるタイプではなくて、どちらかというと斜め後ろに向かって生えてるタイプの猫耳。とてもよい。
ごつくて厳つい、強そうな感じの人達(種族?)もいるが、半分以上は普通っぽい人々だ。
強そうな人も普通の人もなんか小さい人もところどころで武器や防具のようなものを椅子に立てかけたりしているが妙に違和感はない。
狩りというよりクリスタルに導かれたりしそう。
スープラが『どうしたのかな?』とでもいいたそうな顔でこっちを見ていることに気づく。
「あ、ごめん。圧倒されてて。みんなGTをしてる人たちなの?」
「ううん、半分くらいかな。自分で言うのもおかしいけど、ここはご飯がおいしくて安いことで有名なの。あんまり人気なんで最近はランチデリバリーも始めたんだよ」
「あら、スープラおかえり。遅かったわね? 何かあったの?」
二十代半ばぐらいの、日焼けした肌がワイルドな感じで、目鼻立ちのはっきりしたすごい美人が声をかけてきた。背も高い。ここの店の人のようだ。
「あっ、デュパープ!」
リュリーが起きた。耳元でうるさい。
「ううん、違うの。ちょっとロキシーに頼まれごとをされて」
「なあに?」
「この人をね、王都まで連れて行ってくれるGTを探してほしいんだって。ちょっと事情があるらしいの」
ここでは大きな声では言えない、というニュアンスをなんとなく伝えている。
「夏央、この人がデュパープ。ここのオーナーだよー!」
リュリーはマイペースだ。話を聞いてるのか。
「あー、初めまして。よろしくお願いします」
夏央はギルドオーナーさん? にとりあえず挨拶をした。




