私はこれからお店に戻るけど
スープラと呼ばれた女の子は、どこからともなく取り出したおかもちを、よいしょっ、といった感じで持ち直し、きょろきょろと部屋の中を見回す。
不意に、温かさを感じるような琥珀色の瞳が夏央を捕らえる。
視線が重なり、思わずドキリとする。
スープラは、あっと言う表情を一瞬浮かべ、それから恥ずかしそうにはにかんで、夏央に軽く会釈した。
そのはにかみの過剰なほどに可憐な可愛さ。夏央はぎこちなく会釈を返す。
「お客さん?」
「ええ、まあそのような方ですね」
どうやら顔見知りらしい。
「スープラ、今日のランチはなあにー?」
リュリーは嬉しそうだ。妖精さんも人間と同じものを食べられるのか。
「今日は三種のパスタ盛り合わせとサラダとスープのセットでーす!」
スープラは、手に持ったおかもちをソファーの前のテーブルに置き、中から料理を取り出して並べてゆく。
「トマトソースと、和風きのこ、あと新作の枝豆の冷製パスタです」
動くたびにボリュームのある短いスカートがひらひらと揺れる。
なんかつい見ちゃうんだけどダメだよね? 不審者感が増すよね? 夏央は一人動揺する。
「食器は部屋の外に出しておいてくれれば後で他と合わせて回収するね。お代もいつも通りで、ってデュパープが言ってたよ」
「わかりました。よろしく伝えてください」
「あと……えっと……」
スープラは何か言いかけて少しためらい、それから意を決したように言った。
「私はこれからお店に戻るけど、なにか持ってくものとかやることとか、ある?」
「はい?」
ロキシーは小さく首を傾げた。エメラルドグリーンのポニーテールが揺れる。
あ、ここにもポニーテールがいた。人間はみんなポニーテールだったり? いくら変な夢でもそれは無いか。
リュリーはそんなロキシーとスープラとテーブルの上のランチを交互に見ている。
あ、よだれ? 腹ペコ?
スープラは夏央を見て小さく首をかしげる。
ロキシーは、ああ、と頷いた。
「そうか、ちょうどいいのか。いや、しかしスープラに押し付けるようで気が引けますが……さすがに異世界人はめずらしいのでしょうか? 私が連れて出歩くと目立つだろうし、いいのか。とりあえずバインドしてあるし問題は無さそうですし……」
「ロキシー?」
スープラが小さく首を傾げる。
「まあ、スープラなら大丈夫でしょう。彼をデュパープのところに連れて行ってくれますか? まあ、気づいているようですが、ちょっと訳ありの異世界人で、取り急ぎ王都まで護送してもらう必要があるのです。後から私も行きますが、異世界人の王都護送に適したGTのアサインをしてくれるよう伝えてください」
「うん、わかった!」
スープラの表情がぱぁぁという効果音が聞こえそうなくらいに明るくなる。
「職員室にも配達あるから、また戻ってくるね」
「お願いします」
「では、ごゆっくりお楽しみください」
スープラは再び夏央に軽く会釈して、リュリーに軽く手を振って出て行った。一連の動きが流れるように美しく、なんだか無駄がない。
しかし何だったのか、今のやり取りは。夏央の移送の手配は彼女がしてくれるらしい。
何者なのか分からないけど、えらく好意的だった。むしろ、異世界人というところに興味を持たれたのか? まるでどこかで一度会っているようなリアクションにも見えた。
あんな美少女、一度会ったら忘れないんだけど。知らないんだよなぁ。
「ロキシー、おなかとせなかがくっついちゃうよー」
リュリーが力なく言った。やはり腹ペコだった。
「さて、少し早いですがお昼ごはんにしましょうか」
パスタは自分の世界とほぼ同じものだったので夏央はほっとした。しかもびっくりするほど美味しい。
食事をしながら、夏央は自分の世界のことを話し、ロキシーからこの世界のことをさらにいろいろ聞いた。
まず、魔王に滅ぼされたゲシュペンシュタット王家のこと。
親子二代で近隣諸国を切り従え、長く続いた戦乱の時代を終わらせ、戦乱で疲弊した国内を急速に回復させた英雄的存在らしかった。海の向こうにある様々な外国との貿易を通して文物の輸入をしつつ、インフラの整備や国内の大胆な改革を行ったそうだ。
それから魔物のこと。
魔物と一口に言っても様々な種が存在し、すべてが積極的に人間と戦うものでもないらしい。特に野山に生息する魔物は、危険であると同時に貴重な資源であること。
また、それらの資源を手に入れるためにGTと呼ばれる職業があること。
ロキシーの知り合いもいるが、手が空いているのはひよっこなので、もっと適切なアサインを依頼するのだ、と言い訳のように付け足した。
そしてこの国のこと。
ゴッデスフルス国は二百年前の魔王襲来後に建国された新興国で、当時実施された積極的な移民政策の影響もあって特に様々な人種の人々が住むようになったらしい。
気づいたら食事は終わっていた。
「あのー?」
話の切れたところで、申し訳なさそうな声。スープラだ。
「そろそろ戻らないと……」
切りが良くなるまで待っていてくれたらしい。
「ああ、すみません。声をかけてくれれば良かったのに。それじゃあ、スープラ、お願いします」
スープラはこくりと頷いて、おかもちに食器を入れてよいしょっと持ち上げて……消えた? 消えたよね?
当たり前のような動作で誰も何も言わない。夏央だけがはて?? となっている。この世界では当たり前のことらしい。
「夏央、スープラが連れて行ってくれる『ヘブンアンドヘル』はGTのギルドです。オーナーのデュパープが相談に乗ってくれるはずですから、とりあえず行ってみてください」
「わかった。ありがとう」
やはり定番の冒険者ギルドがあるらしい。長い夢だけどなんか面白そうだ。
夏央が立ち上がると、ロキシーが呪符みたいなものを無造作にはがした。すっかり忘れてたけど痛みはすっかり消えていた。
「面白そうだから私もいくー!」
面白そうなのが夏央の心の声と被った。リュリーが少し重そうに飛び上がる。
うん、かなり食べてたよな。なんだ、そのおなかは。
そのままとすんと夏央の肩に乗る。
「飛びっぱなしだと疲れるのー。載せてってねー」
いやそのおなかじゃな、と思ったけど夏央は突っ込むのをやめた。一応女の子みたいなので。
「さあ、行くよー!」
スープラとリュリーに連れられて夏央は外へと向かった。
◇◇◇
ロキシーは夏央とリュリーを部屋の外の廊下で見送った後、独り言のように言う。
「ゆい。王に対象者を無事確保した旨、改めて連絡をお願いします。校内の通信回線は盗聴されている可能性がありますので。あなたの目で見聞きしたことも合わせて伝えてください。彼は目立たぬよう、通常の手段で王都に向かってもらいます。念のためひとまずはスープラの護衛もお願いします。魔力も無いし害はないと思いますが、何かあれば仕掛けてあるバインドを発動させてください」
言い終えるの待っていたかのように、背後にいた人の気配が掻き消えた。




