悲劇の王子殿下
「次から次へと……。今日は厄日だな」
ゼータが外を確認する。
言葉からは面倒だと思っているのだろうけど、表情からは何の感情も読み取れない。
「何あれ?」
「何かあったのかな?」
「せんそー?」
「騒がしいのう」
「うーん。このあたりの陸軍のようですが」
「さっきみかけましたよー?」
気づくとみんなぞろぞろと外に出ていた。
フルプレートアーマーの騎士っぽい人たちが多数。
それだけでなく、LAVのような装甲車両、輸送用のトラックなんかもいる。自走砲っぽいのもいる。フルプレートアーマーとの違和感が半端ない。あんなもの着てて乗れるのだろうか。
みんなで眺めていると、ちょっと高そうな軍服のようなものに一部装甲…というか部分鎧みたいのを纏った男がやってきた。
ちょっと身分が高そう。
男は、こちらが何か言うのを待たず、一方的に話し出す。
「噂に聞くエリアルのパン工房とやらはここか? 我々はノートメアシュトラーセ軍のものである。現在、魔物の調査のためにこの辺りに展開しているのだが、これは僥倖だ。せっかくだから食料の供出を要請する。噂のパンをニ百個ほど提供しろ」
頼んでいるようだが、とても人に物を頼む態度には見えない。
「断る」
ゼータが即答する。
この返答は想定外だったのか、男が驚いたような顔をしたのち、苛立ちはじめる。剣呑な雰囲気。
「なんだと? パン屋風情が随分な物言いだな」
「お前の態度も面も気に入らないが、そもそもここでは販売はしていない。そこの女にも伝えたところだ」
ラファエラがたはーっと力なく笑う。
「なんでこんなに偉そうなの? めんどくさいから諦めて売ってやれば?」
リップが心底面倒くさそうに言う。
「こいつら軍人はな、些細なことで増長し、自分たちがいちばん偉いと考える。守ってやっているから、とな。チンピラと大して変わらん。下手に出ればつけあがらせるだけだ」
ゼータは表情を変えることなくリップに説明するが、その言葉はそのまま目の前の男にも聞こえている。
「貴様! 我々ノートメアシュトラーセ軍を愚弄するか!」
「お前を見る限りは事実だ」
「ゼータ。火に油を注いでどうするのですか。怒ってるじゃないですか。小物はキレるとめんどくさいですよ?」
ロキシーが取りなす……取りなしてない。
男はだいぶ怒っているようだが、二人はどこ吹く風だ。
ああ、魔王と戦うような二人だもんね。この程度じゃ動じないよね。
スープラもリップも至って普通。城が遊び場だったとか言ってたし、色々見たんだろうな。さっきのゼータの殺気には動揺してたのにな。それはそれですごい。
「ちっ! パン屋風情が!」
男は腰に下げた細身の剣を抜き放つ。
おいおい。そんな簡単に抜いていいのか?
夏央が一人で動揺していると。
「何を揉めている!」
男の後ろから声がした。
「増援か」
「またなんか姫騎士みたいなのが……」
ゼータにチンピラと評された男よりもさらに身分の高そうな装備を身にまとった女騎士っぽい人が現れた。
高いですけど見た目だけじゃないですよ、という装備の風格が、異世界人の夏央にさえわかる。
どうやら上官らしいが、異世界ものの定番、姫騎士にしか見えない。
ラファエラといい、なぜこんなにも美人揃いなのか。
気品の漂う整った面立ち。意志の強そうな黄金色の眼差し。陽の光に輝く金髪をアップにしてまとめている。
金髪の上には猫耳。獣人族なのか? いや、人と同じ耳もある。この世界の獣人族はいわゆる四つ耳なのかな。
ゼータではさらに揉めると思ったのか、ロキシーが代わりに姫騎士と会話する。
あれ? 意外と和やか。
「ふむ。そうか。うちのものが済まなかったな」
姫騎士は、ロキシーに一言詫びると、さっきの男を呼び、無造作に殴り飛ばした。
首が無くなったかと思うほどに強力な一撃。
男は派手な音を立てて吹っ飛び、姫騎士の後ろに控えていた騎士の一人に引きずられて姿を消した。
姫騎士はゼータに向き直る。
「しかしなぜお前はこんな辺境に店を構えている? 妙だな?」
うん、俺もそう思うなー、と夏央は同意するがややこしくなりそうなので心の中に留めておく。
「どこに住もうと俺の勝手だ。税金も払っている」
「しかし……その佇まい……。お前本当にパン屋か?」
姫騎士さんは怪訝そう。
ですよね。と夏央は言いたい。我慢。
「どうも纏っている雰囲気が貴族というか騎士というか……」
「買いかぶりだ」
「……いや、待て。お前……いやあなたは救国の英雄、ゲシュペンシュタット王子ゼータ殿ではないのか?!」
怪訝そうだった姫騎士がハッとする。
しかもご丁寧に言い直したな。そうかバレたかー。
夏央は完全に傍観者だ。
「たまに言われるが人違いだ」
ゼータは眉ひとつ動かさない。
「あー、たまには言われるくらいなのか」
「うん、写真は出回ってたしね。気づかれると思う」
「街の人はむしろ気付かないふりをしてるとか有り得そうじゃない?」
「みんな優しいな」
夏央、スープラ、リップがコソコソ会話する。
「いいえ、私の目は誤魔化されません! 私はあなたに憧れて女ながらに騎士を目指したのです! わずか数人で敵本拠地を急襲、組織を壊滅させた上で魔王との一騎打ちに臨み、相打ちになりながらも国と国民の仇を討った悲劇の王子殿下! あの勇者にまさか会えるなんて!」
姫騎士さん、さっきまで鋭かった目をキラキラさせて、まるで有名人にでもあったかのような興奮っぷり。すごい早口。
言葉遣いも丁寧になって、キャラが崩壊してる。チンピラもどきを殴った人とは別人のようだ。
「公式設定が浸透してるんだな」
「学校の授業でも習う位だしねー」
「悲劇の王子殿下って……物語みたいじゃな」
「うん、脚色されてすごい美談になって出版されてるから」
確かにゼータは有名人なんだよね。でもそれはロキシーも同じなんだけどな。
と、夏央はロキシーを見る。
「すごい美談になってはいますが、ゼータの描写は概ね正しいんですけどね……」
遠い目をするロキシーの微かなつぶやきが夏央にだけ聞こえた。
「ロキシー?」
「え?ああ、私も一応メンバーだったんですけどね……」
「ほら、雰囲気変わってるから分からないんだよ。むしろ喜ぶところだし?」
「あ、それもそうですね。良かった。えへへ」
「私は物語よりも今のロキシーのほうが好きだよ?」
「よかったねー!」
「えー? パン屋さんそんなすごい方だったんですかー? ってあれ??」
ラファエラはびっくりしている。
あ、この人の存在忘れてた。
「まあ、そもそも生きておるしな」
ラファエラのリアクションを見て、ブラウドラッハが思い出したように突っ込んだ。




