安定の綺麗なお姉さん
今まだ夏だったよな??
やってきた北の地で、夏央は吹きつける風の冷たさに身震いした。
なんとなく「召喚したグリフォンに乗って移動!」みたいな異世界展開をイメージしていたのだが、実際は転移の法術でのあっさりとした移動ですぐ着いた。
ロキシーが法術を使い、スープラとリップをブースターにしてエーテルを借りる。
以前は出来なかったらしいが、ブラウドラッハと一度契約してから、ロキシーのエーテル回路はゆっくりと回復傾向にあり、それでどうにかできるようになってきたのだそうだ。
夏央とブラウドラッハが色々試行錯誤しているのだが気づかれてはいないようだ。夏央はニヤニヤしそうになってぐっと堪えた。目が合うとブラウドラッハはニッと笑った。
街中には転移してはいけないらしく、転移先は、遠くに街を囲む城壁のようなものが見える程度には離れた場所だった。
北の地、ノートメアシュトラーセは寒いとは聞いていた。
実際、ロキシーの指示に従って、装備も比較的防寒性の高いという物に替えてきた。
でも寒い。ほとんど晩秋という感じだ。
スープラはどことなく不安そう。
最初こそは、行ったことないから楽しみ! と楽しそうだったが、準備が整って出かける頃には不安そうな雰囲気が強くなってきていた。
リップの方は空元気っぽさはありつつもまだ不安は少ないのかなと夏央はみていたが、デュパープがリップの装備を整えてから「解せぬ」と言わんばかりの顔をしている。
いつものリップとはだいぶ違う。いや、違いすぎる。
青を基調とした、上品なロングコート。コートの下もドレスのような華やかな装い。野性味が消え失せて、清潔感と高貴さみたいなのが前面に出ている。
なんだこの女の子な雰囲気は。
そして何よりリップの印象を変えているのは、金髪サラサラロングストレートのウイッグだ。
なぜこんなのが必要なのかとリップは激しく抵抗していたが、今回のミッションにはどうしても必要な装備なのだとデュパープが押し切った。
そう、リップにこの格好をさせるために、デュパープは今回のノートメアシュトラーセ行きを、向こうのパン屋でパンを買ってくるとかいう謎のミッションにしたのだ。ちゃんと成功報酬も出すからとリップをねじ伏せた。
そんな装備変更をされたリップは、控えめに言ってもとんでもない美少女だ。
元々顔立ちは整っていたし、スープラと並ぶ美少女ではあったけれども、系統がまったく変わっている。
青味がかったアイラインにより強調された、ややキツめの目元が醸し出す怜悧な印象と相まって、どこぞのご令嬢のお忍び、といった雰囲気。
あれ? でもこんな人どこかで見たような……?
夏央の疑問はリップのローキックで中断された。
ゴスッ。
「痛ってえ!」
「見すぎだ! 黙れ! 似合ってないのは自分でもわかるから! やめろ!」
リップ、顔を赤らめつつ涙目。
「いや、そんなことないって! か、かわいいから! みんなも言ってただろ! 痛っ!」
そう言えば、ヘブンアンドヘルの女の子達にかわいいかわいいと言われ、リップは真っ赤になってプルプルと震えていた。
「夏央は女心がまるでわかってないのう」
「ええ」
「リップかわいー!」
ゴス。
「痛え!」
何この状況。
「夏央! 私は?」
殺伐とした雰囲気などまるで無かったように、スープラは、夏央とリップの間にふわりと割って入った。
ようやくリップの攻撃が止む。
あさってを向いて、ふーふーと肩で息をしている。
助かった。しかし何故に対抗意識を燃やすスープラさん??
こちらは安定の白基調。
すっきりとシンプルだけど裾周りのフレアたっぷりなAライン? のコートがかわいい。
これで本気のシルバーブロンドな姫スープラだったら、リップに負けずとも劣らない高貴な印象になるのだと思う。
姫スープラは美しさが日常から乖離しすぎていて天使みたいだった。でもそれを隠して、クラスに必ず一人はいそうなかわいい娘、みたいなのがスープラらしい。いや、学年に一人か、いやどっちにしろこんな美少女いないわー、と夏央は訂正する。
「そ、そんなに褒められるとてれちゃうよ……」
スープラが赤くなってうつむいている。
「え。声に出てた……?」
やってしまったらしい。
ブラウドラッハがやれやれと言った顔で肩をすくめる。
「アホじゃな」
「あほー!」
「わ、私はどうですか?」
何故かロキシーがもじもじしている。
「うん、昔と違って、安定の綺麗なお姉さん」
「そう言ってもらえると一応嬉しいですが、なんか私だけ感想が雑じゃないですか? あと昔と違うとか妙に引っかかるのですが」
「いい加減にしろ。飽きた。寒い」
怒気をはらんだ声でそう言ったのはかさねだ。
なぜかきちんと状況を把握していたらしく、出かける時には普通にいた。ロキシーの護衛任務は継続しているらしい。
普通というか、振り返ったらいたから夏央はゾワッとするくらいには驚いたのだが。
隠れる必要が無くなったのか、それともここに隠れる場所がないからなのか普通にいる。いつもはどこかしらに隠れているのでなんか変な感じ。
「ええ、その格好では寒いでしょうね。コレでも着てください」
ロキシーがどこからともなく出した黒いロングコートをかさねの肩にかける。どことなく軍服感があるデザインがかさねによく似合っている。
「なっ! コレはなんだ?」
「コートですよ?」
「それはわかる! こんなものを着ては任務に支障をきたす!」
「大丈夫です。高度な隠密性を付与したレアアイテムですから。軽いし着心地もいいですよ」
隠密性……忍者だよな? あと普通にあったかそう。元が薄着すぎるような気もする。
そういうことをされると思わなかったのか、かさねはおろおろ、うろうろしている。もしかしたらうれしいのかもしれない。
「う……えっと……ありがとう、お姉ちゃん」
お礼はちゃんと言えるらしい。お姉ちゃんの教育の賜物だろうか。
「お姉ちゃんとか初めて言われました……。コレはなかなか破壊力ありますね……。スープラ達にもそう言わせておけば良かったかな……」
ロキシーが可愛いものを見つけた女の子みたいな顔をしてふるふるしている。
いや、もしかして言い間違いじゃないのかな。子供が大人のお姉さんを「お母さん」とか言っちゃうやつ。
かさねがロキシーの言葉にはっとなる。
この寒いのに、だらだらと汗をかきはじめる。目がキョドっている。
「そ、そんなこと言ってない……」
ああ、やっぱり。お姉ちゃんの力は偉大だ。なにかしてくれる大人のお姉さんはみんなお姉ちゃんに変換されるのだろう。
リップとスープラもなんだかほっこりした目でかさねを見ていた。
「そんな目で見るなー!!!」
かさねは耐えきれなくなったのか、叫びながら走っていってしまった。しっかりコートを押さえながら。
長いツインテールが宙に舞う。噂に聞く忍者の訓練みたいだ。
きっと先行偵察だろう。そうに違いない。
自分たちの騒ぎなど無かったかのように、夏央たちは街を目指して歩き始めた。




