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異世界魔王は世界を壊したい  作者: spiegel
1章
42/103

お前の力はそんなものか


◇◇◇



「かはっ……!」


 ロキシーは何か重いものを体の中心にぶつけられたような衝撃を受けてうずくまった。


 息ができない。力を吸い取られているかのような脱力感。心臓が破裂するんじゃないかと思うほどに激しく脈打っている。目の前がチカチカと明滅して目が眩む。


 これは以前とは違う?


 数瞬ののち、何もかもが幻覚だったかのように、唐突にすべての痛みが消える。


 同時にお腹の奥から何かすごい感覚がわきあがってくる。


 えっ? これは何? なんか思っていたのと違うんですが??


 ぞくぞくする。足に力が入らず、体がガクガクと震える。


「んんんっ……ああっ!」


 明らかにこの場にそぐわない艶めかしい喘ぎ声。

 夏央たちがびくっとしたのが視界の端に入るが、それを気にする余裕はロキシーにはない。


 ロキシーはふらりと立ち上がる。身体が熱い。


 何かが違う。


 身体の奥が熱く痺れたような感じが残っているが、火照った体に風が心地いい。


 身体が軽く感じる。こんなのは久しぶりだ。

 気分がすっきりと落ち着いている。

 周りの景色が鮮やかさを増しているような気がする。


 私はいったい……?


「そうか。契約したか」


 ファランクスは無表情でロキシーを見ている。


「待ってくれたのですか」


「俺は騎士だ。だが、何をしようが事態は変わらん。俺はこの目的のために邪魔なものは全て殲滅する。ロキシー、それがたとえお前であってもな!」


 その場にいる全員に宣言するように、ファランクスは強い口調で言い放つ。


 なんだかんだ言いつつ、あなたは自分を騎士だとまだ言えるのですね。


 ロキシーは微かに笑った。




◇◇◇





 夏央は、体に響くような重い威圧感がその場に満ちるのを感じた。


 ロキシーやサーフはともかく、リップとスープラが目に見えて青ざめている。


 すごい威圧感だな……


(さっきまでと比べると桁違いじゃな。しかしちゃんと耐えておるではないか)


 ブラウドラッハの声が夏央の脳裏に響く。


 いや、これはブラウドラッハの力だろ?


(これはおぬしが持つ魔王の力じゃ。こんな短時間で引き出すとは……おぬしの評価を改めないといかんの。味方にも戦意高揚の支援をしてやると良いわ。出来るじゃろ?)


 支援……? バフってことか。


 何をすればいいのかが夏央の脳裏に浮かぶ。


 宙に手をかざし、自分も含めた味方全体に対する支援処理を強く念じる。


 戦意高揚、物理耐性上昇、敏捷性上昇、物理攻撃力上昇、法術出力上昇。ついでにクリティカル率上昇もサービスだ。


(なっ?! そこまでするとは……)


 みんなが「あれっ?」という表情を浮かべてから夏央を見る。


 よくわかんないけど夏央は自信ありげに頷く。なんか効果があったみたいで良かった。


 ファランクスの威圧感が弱まった気がするし。


(効果有りすぎじゃ! まあ良いわ!)


「夏央、サーフ、リップ、スープラ。一時でいいので時間を稼いでください! 強めの術式を使います!」


 瞳を青く輝かせたロキシーが叫ぶ。


 時間稼ぎくらいなら、と夏央は思う。それくらいはできそうな気がした。


 夏央はスープラの法術支援を受けて加速しつつ正面から切り込んだ。


 ウィンドウから剣技を選択して使用する。


 気持ちいいほどにするすると体が動く。怖さは感じない。


 しかし、ファランクスは剣技による夏央の連続攻撃を大剣を軽々と操って捌く。


 ほぼ同時に背後からファランクスに襲いかかるリップの火炎弾。

 いつもより速く重くなっているそれを、ヴァイスティーガーが拳で弾く。


 スープラが地面を隆起させる。


 ファランクスとヴァイスティーガーは流れるような動きでそれを回避する。


 サーフが放った剣技はファランクスに弾かれて届かないが、一瞬ファランクスの動きが止まる。


「いきます! 天駆ける雷よ轟け! マーベリック!!」


 ロキシーの声とともに複数の巨大な矢のようなものがファランクスに襲い掛かる。


 矢というよりもこれはミサイル。今まで見たどの法術よりも破壊力のありそうな攻撃。


 しかしそれをファランクスは拳で弾いた。はじかれた矢は爆散。もうもうと上がる黒煙。


 次の瞬間、黒煙の中から殺到したファランクスの大剣が一閃。鮮血が飛び散る。


 ロキシーがわずかに下がる。皮一枚で凌いだようだ。


 ファランクスは全くの無傷。強い。


「術式って拳で弾けたの??」


 スープラの攻撃はともかく、火の塊やらミサイルのような物体まであっさり弾かれたことが衝撃。


 あとどうして味方には当たらないのかも謎。


(いや、あれはヴァイスティーガーの力によるものじゃ。あやつは近接戦闘特化型じゃからのう)


「ブラウドラッハは?」


(おぬしと契約したから戦闘参加は可能じゃが、今はロキシーと接続しておるからの。そもそもアレは妾には無理じゃぞ?)


 ファランクスが厳しい表情でロキシーを見つめる。


「グランツヴェルトと、魔王の支援を受けていながら、お前の力はそんなものか」


 ロキシーは息が荒く、答えられない。


 ファランクスが何かをつぶやくと、前方の空間に黒い霧のようなものが現れ、魔物の形を成していく。


(ストーンゴーレムじゃな。固いぞ)


 黒いものが二体。以前見た鎧武者と同じようなサイズだ。頭部にある赤い目のようなものが輝く。


「所詮お前にできるのはその程度ということだ。少年が殺されるのをおとなしく見ているがいい」


 ファランクスの殺気が夏央に向く。


 さっきまでは耐えれていたはずなのに、溢れるような殺気に夏央は思わず体が竦む。この男の身動き一つで殺される、そんな魔王のような圧倒的な支配力がファランクスにはある。


 ウィンドウが見えている。ロキシーは紫ではない。数値は低いままだが。


 ファランクスは値がおかしい。どう見てもボスキャラだ。これ削るとかどう考えても無理でしょ?


 ストーンゴーレムも数値はかなり高い。


 ……これはちょっとやばいかも。


(竦むでない。前を向け)


 ブラウドラッハの叱咤に我に返る。


 でもどうすれば……


 躊躇している間にまた対応が遅れている。リップがこっちを向いて何か叫んでいる。


 迫りくるストーンゴーレムの一体にサーフが仕掛ける。


 もう一体には、リップとスープラ、いつの間にか現れたかさねが対峙しているが、ちょっと相性が悪そう。

 支援に行きたいが、目の前にはファランクスとヴァイスティーガー。


「行きなさい、夏央。ここは私に任せてください」


 背後からロキシーの声。


 ロキシーの呼吸は落ち着きを取り戻している。信じよう。


 夏央は振り返らず、リップたちの支援に向かった。




◇◇◇




「あなた相手に法術ではどうにもなりませんね」


 ロキシーは、頭の中に浮かんだ、この場に最も適した攻撃方法を選択する。


「小太刀のほうが得意なのですが、何故私はこれを使えるんでしょうね?」


 左手を振り、例の空間から夏央と同じような日本刀を取り出す。


 鯉口を切り、刀を鞘に収めたまま、撓めるように身体を沈めて構える。


「面白い!」


 ファランクスの赤い瞳が鋭さを増し、獰猛な獣の雄たけびのような声を上げる。


(ヴァイスティーガーは無視してかまわん。ファランクスだけを狙えばよい)


 ブラウドラッハの声がロキシーの脳裏に響く。


「私も声を聞けるのですね」


(契約したからには支援をするのは当然じゃ。もらうものはもらうがの)


「かまいません。よろしくお願いします」


 ヴァイスティーガーがロキシーに殺到する。


 ファランクスが大剣を振りかざす。


 ロキシーはヴァイスティーガーを完全に意識の外に追い払い、ファランクスに仕掛ける。


 ヴァイスティーガーの拳がロキシーに届く刹那、その姿があり得ない動きで横に消えた。


 二本の剣が鋭く交差する。


 キン!という甲高い音とともに、ロキシーはファランクスの剣を両断した。


 斬られた剣はロキシーをわずかに掠めてはじけ飛ぶ。


 ヴァイスティーガーは信じられないようなものを見たように自分の状況を確認している。


 黒ずくめの少女がヴァイスティーガーを弾き飛ばし、のど元に忍び刀を突き付けて抑え込んでいた。


「ゆいでしたか……」


 少女はヴァイスティーガーから目を離さないまま、ロキシーの言葉に油断なく頷く。


 かさねによく似た面差しだが、やや大人びている。


「はい。かさねの気配に隠れ、機会をうかがっておりました」


 ファランクスは自分の剣をまじまじと見つめ、感嘆したように言う。


「見事だ。見直したぞ、ロキシー。俺のレイブンを両断するとはな。褒めてやる」


「あなたに褒めてもらえることはそうないので嬉しいですね」


 ロキシーは苦笑した。ひとまずこの場は収めてくれるようだ。


 それに、とロキシーは思う。この男は言葉通りに行動しているわけではなさそうだ。尋ねても口を割ることはないだろうが。でも、またいずれ敵対する気はした。

それは、漠然としつつも確信めいた予感だった。




◇◇◇


 ロキシーがファランクスの剣を真っ二つにし、二人の戦いは終わったようだった。


 ストーンゴーレムたちが不意に消える。


「ロキシーに免じて今日は引き下がるとしよう。命拾いをしたな、少年」


 ファランクスは夏央に声をかけた。静かだが、威圧感のある声。


「今回は見逃してやる。バカなことは考えず、グランツヴェルトの力を借りて自分の世界へと帰れ。術式はブラウドラッハに伝えてある。これ以上関われば命を落とすぞ」


 ファランクスは真剣な表情でロキシーを見据える。


「グランツヴェルトはひとまずお前に預けておく。少年を元の世界に帰せ。どちらも王に渡すことは許さん」


「あなたは一体……」


 ロキシーは何かを言いかけてやめた。


「いえ、そういってもらえるなら助かります。私が責任を持って後の面倒を見ましょう」


 ファランクスが手招きすると、不服そうな表情を浮かべつつ、ヴァイスティーガーは白い粒子となって消えた。


「魔王様は俺の手の内にある。復活を楽しみに待っていろ」


 その言葉を残し、ファランクスの姿も掻き消えた。


 なぜファランクスは引き下がったのか。夏央にはわからない。


 ファランクスの言った魔王の復活。


 そしてそれに対して自分に何ができるのか。今悩んでも仕方がないことはわかる。それはこれから考えればいい。


 ロキシーが切断したファランクスの剣が、まるで誰かの墓標のように、地面に深く突き刺さっていた。


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