あなたの相手は私です
三日後、夏央たちはノインドラッハ山頂にいた。
理由はもちろん、ファランクスに会うためだ。
山頂の神社は城の守護となる法術陣を設置してあるので、エーテル補助施設とそれを守る結界があるという。
帰還の術式を構築する手間を減らす為に、ファランクスは結界に侵入してそこで待っているだろうとのことだった。
そのため、表の参拝ルートではなく、その場所にたどりつくことができるという裏道をたどってきたが、特にファランクスが仕掛けたようなトラップは何もなかった。
むしろ、もともと侵入者対策で仕掛けてあるというトラップまで解除済という気配りに満ちた状態。ファランクスが謎すぎる。
山頂は穏やかな風が吹いていて心地よいが日差しは強い。ここまでの山登りで汗だくだが、そうも言ってられないようだ。
ファランクスが、漆黒の大剣を片手に、社の正面階段にゆったりと座っていた。
力を抜いてリラックスした感じに見えるが、しなやかな獣が獲物を待ち伏せている気配。
ヴァイスティーガーとブラウドラッハの姿は見えない。
開口一番、夏央は言う。
「ブラウドラッハを返してもらいに来た」
ファランクスは表情を変えず、夏央をじろりと見た。
「元の世界に帰らなくていいのか?」
「それはとりあえず保留で」
「ふむ。お前は殺されるか、もしくは殺されるよりもひどい目にあわされることになる。拉致され、拘束され、実験として生きたまま体を切り刻まれることもあるだろう。後ろから襲われる可能性も高い」
最後の言葉が暗にレバック王やロキシーを指しているのは明らかだ。
「そんなことは絶対にさせません。全力で阻止します」
ロキシーが静かに答える。
夏央は目を見張る。ロキシー、なんか変わった? 言葉に強い意思を感じる。
ファランクスは冷たい目でロキシーを睨む。
「言うだけなら誰でもできる。お前にレバック王が止められるのか。そもそもあの国とて一枚岩には程遠い」
「まあどうにかします」
「一週間考える時間を与えたが、無意味だったか」
ファランクスは立ち上がった。それだけで威圧感が増す。
「少年の存在も、グランツヴェルトも魔王様復活の障害だ」
夏央は後ずさりしたい気持ちをぐっとこらえる。
「そういわずにブラウドラッハを返してくれ。俺には必要だ。それに、俺が魔王になればあんたは俺の崇拝者だ」
ファランクスの表情がわずかに動く。
笑ったのか?
「面白いことを考えるな。だが、グランツヴェルトを持ったところでいずれにしろ同じことだ。未熟なお前は殺される。周りの人間か、俺か、もしくは魔王様自身にな」
じわり、とファランクスが殺気を露わにする。
正直言って怖い。
夏央のこめかみを一筋の汗が伝う。
「ブラウドラッハ。聞いてるんだろ。出てきてくれ」
返事はない。
「ロキシーに聞いた。俺たちは似た者同士だったってやっと分かったよ」
風がそよぐ。
かすかに何かが身じろぐような気配を夏央は感じる。必死で呼びかける。
「疑ってごめん。俺にはお前が必要なんだ。許してくれないか?」
「夏央がデレたのじゃ!」
社の扉が弾けるように開き、嬉しそうな声とともにブラウドラッハが姿を現した。
夏央は思わず息をのむ。
その体は、やや焦った表情を浮かべて背後に寄り添う、ヴァイスティーガーによってがんじがらめに拘束されている。貼り付けられた呪符でミノムシのようだ。
「デレてないからな! ミノムシだし!」
みんなが聞いている前だと思い出してちょっと恥ずかしくなる。
「なんじゃその言いぐさは! 妾に対する敬意が感じられないのじゃ!」
「歳を気にするなと言ったのはお前だ! だったら敬意とかいらないだろ! 俺たちはパートナーなんだ。戻ってこい、ブラウドラッハ!」
気持ちを込めて、ブラウドラッハを引き寄せることを強く念じる。
「うむ。さすがはまいますたーじゃ」
ブラウドラッハの姿が輝く蒼い粒子へと変わり、夏央の隣に出現する。
「なんだと? 魔王とグランツヴェルトの契約は離れても有効だというのか?」
ファランクスが動揺した声を出した。
「だが、面白い」
後半の呟きは夏央には聞こえない。
「手助けは一回きりとは言ってなかったもんな」
夏央はファランクスから目を離さずに、傍らのブラウドラッハに問いかける。
「ふふん。もう少し遅かったら助けてやらなかったわ。良く気付いたの」
「ブラウドラッハがいなくなったのに俺に変化が残ってた。使おうとする意思って範囲を超えた絆って感じがしたんだ」
「絆か」
夏央の視界の端でブラウドラッハがニヨニヨしている。
「デレてるのはお前だろ」
「うるさいのじゃ!」
「夏央とー、ブラーシェちゃんはなかよしだねー!」
リュリーが楽しそうに言う。
「ちゃんづけするでないわ!」
がうっと吠えるブラウドラッハの姿に、スープラとリップが笑う。
ここまではなんとかうまくいった。
さて、ここから先はどうすればいいんだろ?
実は夏央はあんまり考えてなかった。
ブラウドラッハさえ取り戻せばどうにかなるだろう、ぐらいにしか考えていなかった。
嫌な汗が背中を伝う。
「ファランクス、ここは引いてもらえませんか?」
ロキシーが前に出た。
いつも通り飄々としているが、気配が違う。
ああ、ロキシーはファランクスと戦うつもりなんだ。でも、そんな体でどうする?
「楽しそうなところを悪いが、そうもいくまい」
「引く気はないということですか」
「グランツヴェルトは様々な意味で危険だ。未熟な魔王もどきが所有者では心もとない。お前らが殺されるだけならまだしも、他の勢力に奪われるわけにはいかん」
ファランクスが大剣を振りかざす。
漆黒の巨大な刃が、日の光を浴びてギラリと輝く。
「少年、どうせなら今ここでお前の中の魔王の種も開放してやろう」
凍るような声で言い放たれる、その剣と同じほど重い言葉。
「いえ、あなたの相手は私です」
「ほう? 死ぬ気か?」
ファランクスはロキシーに向き直る。
「ブラウドラッハ、私にもう一度力を貸してください」
ブラウドラッハをちらりと見たロキシーの言葉には迷いがなかった。
「また辛い思いをすることになるぞ?」
「ええ、でもここであなたたちを守れないよりはましです。今戦わなければ、今度こそ私は私でなくなってしまいます」
「その言や良し。よかろう。力を貸してやるのじゃ」
たたっと歩み寄ったブラウドラッハがロキシーに抱きついて消え、ロキシーの左腕に腕輪が現れた。




