嫌いじゃないよ
「夏央、大丈夫?」
誰かが自分に声をかけている。
眠い。目がなかなか開けられない。
あれ? 俺は寝てたっけ? 泣いてた? ここはどこだ?
頭が働かない。ただ、酷く眠い。思考が纏まらない。
その声が、すぐ側で自分を呼んでいるのはわかる。ヒロコ……とは違うような気がする。
なんだか懐かしい声。
誰なんだ? 顔が見たい。
こじ開けるようにしてなんとか目を開けると、そこにはスープラがいた。
「……ス、スープラ?」
スープラがほっとしたように微笑む。
「よかった。なんだかうなされてたから」
どうしてここにスープラがいる?! なんで? 何が起きた?
確か朝練に来て、なんか思い出してたら泣けてきて……? え? スープラもこっちに来た? どうして? とりあえず涙拭かないと! てゆうか顔近いよ! ちょっ……ミツオどうにかして!
「なんか夏央あのまま気を失ったみたいになって。私すごく慌てたんだよ? けど、よく見たら夏央寝ちゃってて。どうにかベッドまで運んで。重かったよ?」
スープラはふう、とため息をついた。
「しばらく様子見てたんだけど、私も寝ちゃってたみたい。今日はいろいろ心配しすぎて疲れたから、安心しちゃったのかも」
なんだか気恥ずかしそうに、とろりとした艶のある笑みを浮かべ、スープラが言う。
ベッド? なんか暗い。夜?
ベッドの脇にあるテーブルの上のランプが部屋とスープラを照らしている。
いや。待って? なんだこれ?? 夢?! また夢?!
いや、あの世界は夢じゃなくてちゃんと現実の異世界で……? この状況は一体何がどうなって……?
「夏央、寝ぼけてるの? それとも……さっきの事、まさか覚えてないの?」
スープラは夏央の顔を覗き込み、不満そうにぷーっと膨れる。
何それかわいい! さっきの事って何ですか?!
スープラの髪から漂う淡い香りを意識する。
あれ? この香りは前にもどこかで……。ああ、そうか。
ようやく夏央は覚醒する。
ここは、スープラのいる異世界。元の世界に戻ったことが夢。
夢だけど! 夢じゃなかった! じゃなくて!
「俺は帰ってない! 帰ってないんだ! まだやり直せる!」
夏央は無意識に目の前のスープラをがばっと抱きしめる。とにかくただただ嬉しい。
「ありがとうスープラ!」
「えっ? あっ、う、うん」
戸惑うようなスープラの声に夏央はようやく我に返り、あわてて体を離す。
急に恥ずかしくなって、目が見れない。今頃になってドキドキし出す自分の心臓の音が聞こえる。変な汗が流れる。
な、なにやってんだ俺は。
「……ご、ごめん、つい……っていうかこの前……じゃないやさっきもか……」
夏央は眠ってしまう前にもスープラを抱きしめていたことを思い出した。
まさか俺、衝撃強すぎて失神したの?
遠い過去じゃなく、ほんの少し前の出来事。
「ううん、いいよ」
スープラも赤くなって俯き、上目遣いに夏央を見る。
それからふと真顔で尋ねる。
「どんな夢を見てたの?」
「元の世界に戻った夢を見てたんだ。ファランクスに説得されて、怖くなって帰るんだけど……。あれはあんまりだ。本当に夢でよかった」
「……夏央。本当に帰らなくていいの?」
「まだ帰らないよ。むしろ絶対帰りたくなくなった」
気遣うスープラに、夏央は見ていた夢の話をした。帰ったあと、元の世界で自分が何を思ったのか。
もう涙は出なかった。
「だから。俺は残るよ。後悔はもう十分すぎるほどした」
「……うん」
スープラは小さく頷く。
心を開いてくれてたスープラに何も返せていない、という夢の中の自分の想いが頭をよぎる。
次に何を言っていいのかわからなくなり一瞬言葉に詰まる。
「夏央?」
スープラが小首をかしげる。
「スープラ、俺は」
スープラはふふっと笑う。
「私はね、守ってもらうだけの存在でいるつもりはないよ。私も夏央を守るから。これからも、ね」
スープラの言葉には実績がある。不安がってるように見えてしまったらしい。
「ありがとう」
なんとかお礼は言えた。
「どういたしまして」
スープラはなんだか嬉しそうだ。笑顔が戻って良かった。
じゃあ先のことを考えよう。
「まずはブラウドラッハを取り戻さないとな」
「そうだね。でも、あのファランクスさんから取り返せるの?」
「たぶん取り返すだけならどうにかなりそうな気がする。取り返して、これからどうするかを考えよう」
「これから?」
「そう。一緒に、これから先のことを考えよう。スープラが楽しく生きられる世界を」
「わたしと夏央の……これからのこと?」
「えっ?」
なんだかおかしなことを言われた気がして聞き返そうとしたのだが。
こんこん。
「夏央ー? 起きてる?」
リップの声。返事も待たずにガチャリとドアが開く。
「スープラが帰ってこないんだけど、見てない? あれ? 寝てた?」
二人そろってびくりとする。いや、何も悪いことはしてないんだけど。
ドアの向こうの廊下の明かりがまぶしい。リップは部屋の暗さに目が慣れていない。
「え? 誰?」
リップはようやくスープラがいること、髪の色が変わっていることに気付く。
「スープラ? え? え? どうして?」
「ちがうの!」
夏央は青ざめた。
……スープラさん、その発言は誤解の確定フラグですよ?
「スープラ、一足先に大人の階段昇るなんてずるいよ! 夏央! スープラ連れ込んで無理やり何をした!」
ゴゴゴゴゴという効果音の聞こえそうな怒りがリップをたぎらせている。
「なんかいろいろおかしいけどどうしてそうなった?」
リップの右手が、例の謎空間からロッドをつかみ出す。
「うるさい! 何もかも忘れて! 今ここで! 死ね!」
間髪入れず詠唱開始。
「リップ、やめなさい!」
スープラが厳かに一喝する。
なにその威厳。
立ち上がっていた夏央、思わず気をつけ! の姿勢に。
リップ、きょとんとして停止。ロッドをガラン、と落として我に返る。
「スープラ、王女の威厳は反則だよ……」
本人の自覚はないらしいけど、本当に王女の威厳モードだったらしい。
子供の頃に染み付いたのか、環境なのか遺伝なのか。リップが言うには、髪の色を変える前、子供の時にはたまに出たらしい。
スープラが順を追って説明して、どうにかリップの誤解を解き。
「違うの」発言がおかしいと指摘されてスープラが平謝りして。
スープラが夏央を召喚したらしいことで、リップが絶句して。
なんでそんな大事なこと言ってくれないのとリップが怒り。
スープラがもう一度平謝りして二人は無事仲直り。
で、夏央が帰らない話でリップがまた怒った。
「あんたバカなの? 何考えてんの? 魔王確定で命狙われるってわかってるのに!」
「ホント、馬鹿だよねえ。自分でも思うわ」
言いながら夏央は苦笑い。
「茶化すな! 世界を滅ぼすとかいい加減なこと言ってさ!」
「いやごめん、そこまで言ってないからな?」
「心配して探してたのにスープラといちゃいちゃしてるし!」
「いちゃいちゃしてないからな?」
「ごめんね」
いや、スープラさん、一緒に否定してください。
「心配してやって損した!」
「夏央、リップは本当に心配してくれてたんだよ。夏央が目を覚ます前からずっと心配してたんだからね? 毎晩、夜中に何度も起きて確認してたんだからね?」
「恥ずかしいからわざわざ説明しなくていいから!」
……心配してくれてたのか。
リップは凶暴なだけで根はいい奴だ。……たぶん。
「心配させてごめん。でも、俺が帰ってもまた次が来るんだったら帰らなくても一緒だろ。俺じゃなければいいってわけでもないだろうし、あ、力不足は認めるけど、ここまで知っちゃったし」
「……スープラのため?」
リップは、ちょっと顔をそむけて、少しだけ口をとがらせて、横目で窺うようにそう尋ねる。
スープラの為なんだろうか。ちょっと違う気がする。それに、そうだ、と答えるとスープラにとって重い気がする。
夏央は言葉を探す。
「リップと一緒にスープラを守りたい、ってのはもちろんあるんだけど。なんだろ、自分の為とか言えればかっこいいんだけどなんかそれも違うし」
「なにそれ? かっこいいこと言っとけばいいのに」
「似合わないし笑うだろ。だけど、このままでいいはずがない。勇者と魔王が絶望して終わった十年前の話も気に入らないし、魔王を復活させてやり直す、ってファランクスの話も気に入らない」
「わがままだな」
「わがままだよ。一番気に入らないのはそんな昔話にスープラが巻き込まれて悲しんでる、って事なんだよ。どうにも出来ないことに縛られて生きる、なんてつまらないことをスープラには絶対にさせない」
自分は過去のことにずっと縛られているのに?
だからだ、と自分に言い聞かせる。
リップが肩をすくめる。
「やっぱり夏央は馬鹿だな」
「まあねえ」
「違うよ。スープラを見ろ。目がハートだし」
なんかスープラがぽーっとしてる。
いやいや、目がハートとか無いでしょ。
「疲れてんだよ。部屋に連れて帰って寝かせれば直るって」
「はーっ。ホント馬鹿だな」
「馬鹿ですけど」
「じゃなくて。私達も元々この部屋だって」
「あ」
確かにここは元々確保した部屋だ。
意識のない夏央を二つあるベッドの片方に寝かせて、もう一つをリップとスープラで使っていたらしい。
着替え中に目覚めたら困るから真ん中にカーテン付けたとか。うん、それは安心だな。
部屋を変えるという発想はなかったのか、と突っ込んだら、見てない時になんかあったら困るでしょ、との事。
「なんかいろいろすまんかった」
「うん、分かればよろしい」
リップはふふっと笑った。
「ま、そういう覚悟は嫌いじゃないよ。これからもよろしくね、夏央」
「おう」
夏央は差し出されたリップの拳にコツンと自分の拳を合わせた。
スープラはそれを見て微笑んだ。




