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異世界魔王は世界を壊したい  作者: spiegel
1章
37/103

私が自分でやったこと

「今更こんなことを言っても信じてもらえないとは思いますが、魔王として殺されたり拘束されるような事態は避けるつもりだったんですよ? スープラとリップの行動は本当に予想外でしたけどね」


 申し訳なさそうにロキシーは言う。


 本当にめいいっぱい申し訳なさそうなので、さすがに夏央は追い打ちをかけられない。


「それと、夏央は一つ誤解をしています。ブラウドラッハは悪くはありません。あなたが見たであろう過去の殺戮は私が自分でやったことです」


「えっ?」


「夏央のように声を聞けない人間にとっては、グランツヴェルトはただの魔具でしかありません。何の対話も働き掛けもありません」


 夏央は何かとんでもない間違いをしていたらしい。


「ファランクスは『お前たちはモルモットにすぎない』って言ってた。あれは俺だけじゃなくブラウドラッハも含めた意味だったのか……」


 頷いてロキシーは続ける。


「声を聞かないままグランツヴェルトを装備し、術式による起動を行った場合、グランツヴェルトは麻薬のようなものです。


 夏央の世界に麻薬ってあります?

 ああ、大体そんな認識であってますね。


 おそらくは、用法用量を厳しく守り、十分配慮した上で初めて有効に利用できる代物です。麻薬を麻酔に使うみたいに。


 いえ、夏央の帰還についてはもちろん慎重な検証を重ねた上で進める予定でした。


 私のように乱用してしまった場合、自分の力が無限にわいてくるような高揚感があり、何でもできる気がします。力に酔いしれます。認識力や知覚も増幅されて、すべてを理解できような感覚を得られます。


 今まで使えなかった術式がなんとなく使えます。実際ブーストがかかるので法術の力も大幅に増加します。


 ただし、一定時間後に反動が出ます。グランツヴェルトの使用が解除され、正気を取り戻しますが、耐え難い苦痛と喪失感をもたらします。


 それがブラウドラッハの言う『一部をもらう』ということなのかもしれませんが、実際どうなのか、私にはわかりません。ぜひ本人に聞いてみたいところだったのですが……」


 ブラウドラッハはもういない。


 夏央が暴走する寸前の、ブラウドラッハの表情が浮かぶ。

 思い返してみれば、怯えたような、悲しそうな、そんな表情だった。


 俺たちは似たもの同士だったのか。


「俺はブラウドラッハを誤解してたのか……」


 ロキシーは首を横に振った。


「あくまで私の推測、ブラウドラッハにしかわからないことです」


 ブラウドラッハは、最初の時だってあんなに真剣な目をしていた。悪意なんてあるはずがなかったんだ。


 ……ブラウドラッハに謝りたい。


「それともう一つ。気づいているかもしれませんが、夏央をこの世界に召喚したのはスープラです」


「ああ、やっぱりそうだよね」


 夏央は納得した。


 ゼータは王子。ならば妹のスープラは王女。


 母であるセリカがそういう異能の家系なら、スープラにもその血が流れている。セリカがもういない以上、夏央を召喚できるのはスープラしかいない。


「私は、スープラとリップの親代わりとして共に暮らしてきました。それはもちろんふたりを過去に関連する様々な問題から遠ざけ、新しい人生を支援するためでした。でも、万が一現れるかもしれない新たな魔王候補の発生を早期に探知する目的もありました」


 デュパープの店で、ロキシーの話をした時、スープラは微妙な表情を浮かべていた。


 そうか、だからスープラはあんな顔をしたのか。


「ロキシーが『監視』していること、スープラはおそらく気づいてたよ。 ロキシーは今『支援するため』って言ったよね。 でも違うよ。本当に二人のことを考えるなら、きちんと話をして、一緒に新しい人生を生きるべきだったんだ」


 言いながら夏央は自分の言葉を訂正する。


「いや、それも同じように変えられない過去、なんだね」


「そうですな」


 ファランクスが頷いてくれた。夏央は続ける。


「よし、じゃあ今から変えようよ、ロキシー」


「えっ?」


「どうにもできない過去の件を嘆くのはもうやめよう。俺もやめる。そんなの『考えても無駄』だから。そして、意味があって、準備もできる、スープラとリップとの、これから先の楽しいことを考えようよ」


 サーフが慌てたように口を挟んだ。


「いや、ちょっと待て。俺が言ったことをわかってくれたのはありがたいが、切り替えが早すぎないか?」


「……昔、友達にも似たようなことを言われたのを思い出したんだ。 その時はよくわかんなかったけど、今ならやっとわかる気がする」


 ロキシーは厳しい顔で暫し沈黙し、ため息と共に口を開く。


「はあ。負うた子に教えられて浅瀬を渡る、とはまさにこのことですかね」


「なにじじくさいこといってんの?」


 思わず突っ込んだ夏央にロキシーがいつもと違う反応をする。


「なっ。失礼な。せめて『ばばくさい』と言うべきでしょう?」


「え? ええ?」


 なにその妙な反応。


「夏央、正気か? ロキシー様は女性だぞ?」


 サーフの言葉に、ロキシーがちょっと涙目で頷く。


 いやそんな馬鹿なとは思うが、ふりかえってみると、確かにここまで男と確認できるような出来事は何ひとつ無かった。


「最初に聞いたとき、しれっとはぐらかしたよね? よくいわれます、って答えになってないからね?」


「冗談かと思って……。本当に勘違いしてたんですか……。えーなんでだろう、そんなに女らしくないですか? うーん、でもあんまり化粧っ気もないし……いや、服装かな? 手足とか出すの恥ずかしくて。

 あ、下着はちゃんと女性用ですよ? それなりにかわいいの選んでるんだけどなぁ……」


 オロオロするロキシー、言われてみると確かに女性に見える。


 リアクションが意外すぎてなんかかわいい。いやそうじゃないか。


「そこまでは聞いてないから……。すげえ美男子だなとは思ってた……ごめん……」


 一瞬間を置いてサーフが爆笑する。


 これ「ロキシー様対応騎士モード」じゃなくて素で笑ってるな。


「あ、もしかしてかさねが不機嫌だったのって、ロキシーが女性だったから? わたしのお兄ちゃんに近づきやがって的な?」


「いやそんなことはないだろう?」


「だってあれお兄ちゃん大好きっ娘でしょ?」


 ざくっ。


 夏央の顔すれすれをかすめて、何かが床に刺さった。苦無だ。


「何?!」


「……異世界人、聞こえているぞ」


 怒りを押し殺したけどまるで殺せてない感じのかさねの囁きがどこからか聞こえる。


「すみません、かさね。ご心配いただくようなことはありませんのでご安心ください」


「くっ。謝るな」


 怒っているが混乱気味の囁き。


 ん? 否定になってないな、と思ったが、次は当てられそうなので夏央は黙った。


 気づけば、話す前までのモヤモヤした気持ちはどこかに行ってしまったようだった。


「さて、俺はこれからどうしようかなぁ。残れば魔王認定で厳重監視。その上、こないだみたいにあちこちの組織から狙われるのかな?」


「そうなりますね。ファランクスもいますし」


 ロキシーにいつもの飄々とした雰囲気が戻った。


「ファランクスは怖いなぁ。俺が帰ったら……違う魔王がまた召喚されるってことだよね?」


「ええ、時期はわかりませんが。いずれはそうなるでしょう。

 スープラはもう召喚しないかもしれないし、するかもしれない。

 そこはわかりません。そもそもふたりの魔王候補がいる時点で事例のないイレギュラーなのです」


「ファランクス様は魔王の復活が確定しているようなことを言っていましたね」


 サーフが確認するように尋ねる。

 今更だけど、あんなことがあっても「様」をつけるんだな、と夏央は思う。


「おそらく魔王……マキナは何らかの方法で封印されているのでしょう。ファランクスはそれを見つけたのか、もしくは解除する方法がわかったのか、そんなところでしょう」


 あの男の人が連れ去った魔王。あの後、どうしたんだろう。


「その封印の影響で洩れた種が、どの時点かわかりませんが、魔王は死んだと判定し、結果的にスープラに影響して夏央が召喚されたのでは」


「じゃあやっぱり俺が帰ればすぐ次が来そうだなぁ」


「夏央は帰れる前提で話をしているようですが、何か根拠はあるのですかな?」


 サーフの疑問はロキシーが引き取った。


「ファランクスがあそこまで言うのだから本当に帰せるのだと思います。私はグランツヴェルトを使いこなせていませんので、具体的な術式とかはまったくわかりませんけど」


「ロキシーそれ根に持ってるよね?」


「いえ、そんなことはありませんよ。思い出すとなんだか腹が立つだけです」


 むすっ、とロキシーが答える。


「それを根に持っているというのですが。とはいえ、ロキシー様少しお元気になられたようですな」


「そうですか? 二人のおかげで少しだけ吹っ切れたような気がします。今だけかもしれませんが」


「いや、サーフのおかげでしょ。俺話振っただけで何もしてないよ?」


 ロキシーが穏やかに笑う。


 サーフが立ち上がった。


「ふむ。では私のおかげということにしておきましょう。ならば夏央。私の頼みも聞いていただけますかな?」


「何?」


「ひと段落した所で、もう少し体を動かしたいのですよ。せっかくですので、お相手いただけますかな?」


 サーフは立ち上がった。


「相手になれるとは思えないけど、そういうなら。俺も体動かしたい」


「では、夏央。二人がかりでサーフの相手をすることにしましょう。それならば少しは役に立てるはず」


「わかった。ではよろしくお願いします。エフィス・セルティフィカート殿」


「その名はやめてくれ」


 サーフが困ったように笑う。


 道場からはそれから暫く、木刀の打ち合う音が続いていた。


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