楽しいことを考えようよ
夏央は散々迷ってから、サーフに会うことにした。
城の衛兵にサーフの所在を尋ねると、道場にいるはずだと教えてくれた。夏央は礼を言って説明された場所へと向かった。
確かに見慣れた雰囲気の道場がそこにあった。
異世界なのに「道場」という言葉に夏央は少なからず違和感を覚えていたのだが、ここだけは他の建物と趣が違っていた。床も板張りで 靴を脱いで上がるようになっている。ここはまさしく「道場」だった。
中の様子をうかがうと、サーフがたった一人で、黙々と木刀を振っていた。
騎士が道場で木刀を振る。
夏央の世界ならおかしい気がするが、使い込んだ感じのする紺色の道着と袴のせいもあるのか、違和感はなかった。どうやらここでは騎士であっても日本刀の扱いに習熟しているのはあたりまえなのだろう。夏央が借りているのも日本刀だ。
しばらく夏央はその様子を見つめていた。
一振り一振りに明確な意思が込められている。
手を抜いたものは一つもない。サーフが対している相手が見えてくる、それほどの気迫を感じる動きだった。
ふと、サーフが剣を振る手を止めた。
「いかがなされました?」
サーフは気付いていた。
「ごめん、邪魔しちゃったかな?」
「いえ、かまいませんよ」
先ほどまでの動きとは対照的なほど穏やかな声。夏央は靴を脱ぎ、道場に上がり込む。
「相談にのってほしいことがあって……」
「私でよければ」
夏央はサーフの目を見る。
「ファランクスの話なんだ」
夏央がその名を出すと、一瞬サーフの目がすっと細くなる。
「なるほど」
サーフは夏央に一言断ると、道着を脱いで汗を拭い、新しいものに着替えた。
腹筋バキバキに割れてるよ、というかむしろ格闘家みたいな体つきをしている。まあ、当たり前か。
「長い話になりそうですな。ここでかまいませんか?」
「うん、ここのほうがいい」
道場という場所には、気持ちを引き締めさせてくれる雰囲気がある。
「わかりました」
サーフはちらりと奥に目をやってから、床に腰を下ろした。夏央もそれにならう。
「うかがいましょう」
◆
夏央はさっきまで考えていたことを一通り話した。
魔王を利用しようとした者達の禍々しさ。
ファランクスへの理解。
レバック王とロキシーへの不信感。
自分自身に対する恐怖。
自分でも整理できていないので、話があっちこっち飛んだり、言いよどんだりもしたが、夏央が話している間、サーフは黙って聞いてくれた。
レバック王に対する不信感なんて話していいのかな、と、ちらっと思ったが、サーフはそんなこと気にしないような気がしたから、つつみ隠さず話した。
◆
「夏央は元の世界に帰りたくないのですかな?」
話し終えた夏央に、サーフがそう問いかけた。
夏央は、一瞬何を言われたのかわからなかった。
「……いや、どうなんだろう。そもそも帰りたかったし帰るためにここまできたんだけど」
考えながら、答える。
「ファランクス殿の気持ちがわかるなら、その指示に従って帰るという結論にいたりそうなものですが。話を聞いていると、どうも違うような気がします」
「あ、これこそが魔王の種の力とか?」
「その推察は興味深いですが。しかし、さほど日にちも経過していないのにそこまで精神に深く食い込むものでしょうか。夏央自身の気持ちはどうなのですか?」
「……うーん、ここは異世界で。自分の世界じゃなくて。だからそんなにこだわるようなことはないはずなんだけど……何か引っかかって。帰るべきなんだろうけど。変だよね」
「帰りたいというよりも、むしろ帰るべき理由を探しているようにも聞こえますが」
「……なんか後悔しそうで」
サーフはふむ、と少し考え込んだ。
それから、正座を崩して座り直し、低い声で言った。
「……お前が見たという十年前の映像のせいなのかもな。何を見たのかはわからないが、確かにあの戦いは地獄だった」
話し方が本来の口調に戻っている。
ロキシーの護衛、騎士としてのサーフではなく、ただのサーフとして夏央と話してくれているのだとわかった。
「サーフもあの場にいたんだ」
「ああ。俺も十年前、ゴッデスフルスからの援軍としてゲシュペンシュタット攻防戦に参加した。当時の俺はまだまだ半人前で、親父たちの指示に従って目の前の魔物と戦うのが精一杯だったよ」
「サーフにもそんな頃があったんだ」
「そりゃあそうだ。みな必死で戦ったが、救えない命の方が圧倒的に多かった。城下が真っ赤に染まるほど、たくさん死んだ。
王都に現れた魔物が通常の魔物ではないことは一目見てわかった。あんなものは見たことがない。真実は伏せられていたが、それでも噂は広まる。誰もが苦しんだ。
あの戦いの後、騎士を辞めた奴は一人や二人じゃなかった。俺の仲間も何人も騎士を廃業したよ」
サーフはしばし瞑目した。
ショックを受けたのは夏央だけじゃなかった。考えてみれば当たり前だ。
「あの戦争にそんな舞台裏があったとはな。だが、そんな話を聞かされても、グランツヴェルトと魔王をめぐる戦いを一旦終わらせたのはロキシー様たちだという事実は変わらん。何があったにせよ、その活躍は十分英雄だと俺は思う。
ロキシー様たちは、自分たちにできることを最大限努力されたのだ。人ができることには限界がある。全てを救い、謎を解き、丸く収めるなど、神でもない限り到底無理だ」
サーフのその言葉は夏央の心に響いた。
自分の視点がだいぶファランクスに寄っていたことにも気づいた。
夏央の表情の変化を確認したように、サーフはひとつ頷いて続けた。
「そして過去は変えられない。お前がどんなに嘆こうが、起きた事実は変わらない。
ファランクス様はああ言っていたが、スープラとリップが言うように、彼女たちは平和な時代を生きることができている。それも事実だ。
手の届かないことに目を向けて嘆くのはやめておけ。目の前のこと、これからできることを考えたほうが楽しいぞ」
「……楽しい?」
ここまでの話からは想像もつかないような、意外な言葉だった。
「サーフは今、楽しいの?」
「楽しいぞ。お前がきてからは特にな。非常識で予測がつかん。おかしなやつだ」
「ひどいな!」
◆
夏央は、ふと思い出す。
その昔、友達のミツオと話したことの続きを。
「夏央は色々ひどいな! 人の気も知らないでさ!」
ミツオはプリプリ怒っていた。
「私はね、毎日が楽しいよ。過去を後悔することはある。でもね、それはもうどれだけ考えても変えられないって分かってるから、『考えても無駄!』って思うようにしてる」
あははと笑う。ミツオは表情が豊かだ。
「もちろん、先の不安だってあるし、悩むこともある。でも、それはこれから起きることだから。その時になって上手くやれるかはわかんないけど、少なくともその時のために準備はできる。もし失敗したらもう一度チャレンジすればいい。
だから、そんな風に不安にとらわれてないで、素直に今を楽しめばいいのに、って思うんだよ」
「……すごいな、ミツオは」
「それを教えてくれたのは樹崎なんだけどなあ」
「え? 俺が?」
「えー、ひとをやる気にさせておいてそれはないよ」
「いつ?」
「教えない。がんばって思い出してよ」
「思い出せる気がしないんだけど……」
「そもそもさあ、なんで選ぶことが怖いって考えちゃうのさ。選んだ先に、もっと素敵な未来が待ってるかもしれないじゃない?」
「……そうだな」
何かを見透かされているような気がして焦った。結果はどうあれ、選べば話は先に進む。良くも悪くも。
「なのにどうしてよくないほうにばっかり考えちゃうんだろうね」
ミツオは夏央の動揺には気づかなかったようだった。
「俺のことよく知ってるなぁ」
「付き合い長いからさ」
「それはみとめる」
「一緒にさ、これからの楽しいことを考えようよ」
◆
うん、確かにその通りだった。
元の世界でも、ここでも、過ぎたこと、変えられないことばっかり考えて、これからどうするか? を考えていなかった。でも気づいても今さら……。
いや、昔のことはいい。考えるべきは今だ。
夏央は気持ちを切り替えて、奥に向かって声をかける。
「で、ロキシー。 サーフの話って俺だけじゃなくロキシーにもあてはまるんじゃないの?」
少し間を置いて、物陰からロキシーが姿を見せた。
「どうしてわかりました?」
問いかけるロキシーは、白い道着に紺色の袴という見慣れない格好をしている。
サーフと違い、こちらはあまり使い込んでいない感じだ。さすがにエメラルドグリーンのポニーテールとこの格好は違和感がある。
「いや、気配というかそんなのがあったんで。ブラウドラッハの力を借りてから、なんか勘が良くなった感じがするんだよね」
「それなら早く言ってくれれば……。隠れていたわけではないのですが、出る機会を逃しまして……。 少し体を動かそうと思って、サーフに相手をしてもらおうとしていたのです」
「ロキシーも日本刀使えるの?」
「ええ、多少は。得意なのは小太刀です。最近は触れてもいませんでしたけどね」
確かに、研究所でロキシーは小太刀のようなものを両手に持っていた。
ロキシーは袴を捌いて正座し、夏央に向かって頭を下げた。
「まず先に謝らせてください。ここまでの経緯、真実を隠していたこと。あなたを苦しませてしまったことをお詫びします」
見た目の違和感とは真逆に、ロキシーの今の所作は自然だった。見た目はともかく、慣れていることに夏央は少なからず驚いた。
そうだよな、元英雄なんだから。本来なら俺なんか比較にならないくらい強いはずなんだ。ロキシーの認識間違えてたな。




