気持ちの整理
◇◇◇
うーん。夏央は目覚めた。
「よかったー! いきてたー!」
文字通り視界に飛び込んで来たのはリュリー。
勢い余ったのか夏央の額に派手に激突。
「痛ってーぇ!!」
「いたいー!」
二人して額を抑えてしばし悶絶。
何をしてたんだっけ? ここはどこだ?
夏央は辺りを見回す。
見覚えのある部屋。泊まろうとしてた城の一室のようだ。
「しんだかと思ったよー!」
リュリーは夏央の首にむぎゅーっとしがみついた。
「ちょっ……くすぐったいからやめろって。いや、く、苦しいから!」
リュリーは見かけによらず力が強かった。
「あははーごめんねー!」
夏央の顔を名残惜しそうにぺちぺちしつつ、飛び上がる。
「みんなを呼んでくるよー」
止める間もなく、リュリーはドアの下部にある小窓を器用にくぐって飛び去ってしまった。
何その窓。猫じゃなくてリュリー用だったのか?
夏央は少しずつ思い出す。
なんかファランクスに叩きのめされた気がする。
ファランクスの話を聞いてて、なんか過去の映像が見えて、辛くて、悲しくて。
意識が飛んで。
俺は何をしたんだ?
◆
リュリーが、ロキシー、スープラ、リップを連れて戻ってきた。サーフもいる。あと、レバック王?
「三日も意識が戻らなかったのですよ。とりあえずは無事で良かった」
「無事でよかったね、夏央」
少し疲れたような、でも優しいスープラの笑顔。
「やっぱり生きてたか。寝すぎ」
心配なんかしてないし? といった風情のリップ。
でも、それよりも。
「俺は一体? ブラウドラッハは?」
ブラウドラッハがいない。腕輪もないし声も聞こえない。
なんだか微妙な空気をロキシーが引き取った。
「やはり覚えていませんか。私から説明しましょう」
◆
ロキシーの説明によると、夏央は魔王の種の影響で暴走したらしいとの事だった。
先代魔王の事例によると、負の感情が短期間に過剰に高まると、種の力が一気に発現するらしい。暴走した夏央は、ファランクスとヴァイスティーガーが制圧したそうだ。
話を聞きながらそれが自分の目を通して認識していた出来事だと理解してくる。
十年前の魔王もファランクスが倒せば良かったのでは? と思ったが、夏央はまだ初期段階なのでさほど強くなかったそうだ。
「いや、充分やばかったけど…」とリップがボヤいた。
ああ、十年前の魔王は王妃の死で暴走したのか、と夏央は納得した。
でもそれって事前にグランツヴェルトを装備させて、術式を施しておけば抑えられるんだよね、と言ったら驚かれた。
なぜそんなことを知っているのか自分でも分からなかったが、ブラウドラッハ使用による影響ではないかとロキシーには言われた。
そのブラウドラッハはファランクスが連れ去ってしまったらしい。
なんかすごく傷ついた顔してたな、と思い出す。
でもどうしてあんな顔をしてたんだろう。
そして、ファランクスの伝言を聞いた。ファランクスが元の世界に帰してくれるらしい。
戻れる、と聞いてもなぜかうれしさは感じなかった。それでいいのかな、と思った。
王様からは謝られた。あわよくば、という気持ちは確かにあったと。
まあそうだろうな、と思った。
確かに魔王同士をぶつけられるなら一番効率的だ。
だから、特に怒りもわかなかった。
◆
あの日、城とノインドラッハ山頂の施設は、複数の異なる相手からの襲撃を受けたらしい。
その一部は、地下にオートマトンを召喚した連中の陽動だった可能性もあるらしい。
ファランクスは魔王崇拝者の手の者だろう、とロキシーは言った。
魔王崇拝者は、その名のとおり、魔王を神と崇める者たちだそうだ。魔王による世界の破壊を、神の手による必要な創造なのだと、崇め、敬う。
表だって活動はしていなかったが、少ない人数ではないらしい。まあ、宗教みたいなものか、と夏央は理解する。
そんな魔王崇拝者グループは、魔王を制御される事を避けるためにグランツヴェルトを手に入れようとする。
逆に、十年前の大戦を起こした魔王を制御しようとする者達、魔王利用派は、制御の為にグランツヴェルトを手に入れようとする。
しかも、それぞれが一枚岩ではなく、主導権を握ろうと派閥にわかれ、対立し、だいぶややこしいことになっているらしかった。
地下でオートマトンを召喚した者以外にも、多数の内通者が見つかったと言っていた。
この人が、と思うような存在もいたりして、未だに混乱は続いているらしい。
◆
スープラとリップは心配そうな顔で、なにか言いたげな様子だったが、夏央は疲れてしまったといって一人にしてもらった。
状況はわかったけど、気持ちの整理が追いつかない。
自分が暴走した瞬間のことはよく覚えていない。なんか嫌な感情がぐるぐる回ったような感じがするけど、それって暴走するほどのことだったんだろうか。それが魔王の種の力なんだろうか。
レバック王が「種は負の感情を増幅するのだ」と言っていたが、どこまでが自分の感情でどこからが自分のではないのか。よくわからない。
嫌な感情が次々と出てくることなんて、昔からたまにあるような気もする。
しかし、本人はきっかけに心当たりもないのに暴走するというのはさすがに怖い。
暴走した後は、自分の中に自分でないものがいるような感じがした。
際限なく力が出てくるようだったが、ブラウドラッハをお試しで使ったときとは違っていた。
温泉とか原油とかが噴出して止まらないみたいに、自分でコントロールできる気はしなかった。
自分が行動しているというよりも、何か生成された映像を見せられているような非現実的な気分だった。
客観的に回想してみると、暴走している自分もとんでもなかったが、それをあっさりと止めてみせたファランクスとヴァイスティーガーは圧倒的だった。
本当にファランクスがいれば魔王など簡単に止められるのではないかと思うほどだ。
もちろん、ファランクス一人の力ではなく、ヴァイスティーガーの助けもあるのだろう。
でもファランクスは魔王ではないはず。
ブラウドラッハの言ったことが本当なら、ファランクスはヴァイスティーガーと契約し、何かと引き換えに力を得ているということになる。
あんな風になってしまったロキシーを見ているのに、よく使おうと思ったな……。
ファランクスは、魔王崇拝者になったとロキシーは言った。
魔王を復活させて十年前の戦いをやり直す。
その言葉の意味が良くわからない。
やり直すとはどういうことなのか。だけど、自分には関係のない出来事のようにも思えた。
普通の高校生がなんかよくわかんないけど異世界に召喚されて魔王認定。
最初は楽しかったけど、レバック王に会ったあたりから雲行きが怪しくなり。
挙句、魔王化して暴走。
最終的には、自分は魔王化が進んで、大量破壊と大量殺戮をもたらす存在になっていく?
そしてそれは止められない?
十年前の、マキナと呼ばれた魔王は、正気に戻った後で自分のしたことに耐えきれなくなって自害しようとした。
ディアス王やセリカ王妃とも親しくしていたようなことを聞いた。彼女は暴走し、知り合いであるゼータ達と戦い、エリアルを殺した。
このままだと自分も同じことをするということだ。俺が暴走して、スープラやリップ達を殺す……?
あのとき、自分は迷わずロキシーを攻撃しようとしていた。あり得ないことじゃない。
それに、あの魔王は気になることを言っていた。
「お前たちがディアスを殺し、セリカにも手をかけたのか……! 私を召喚したというただそれだけの理由で……。セリカに何の罪があった! 前の召喚者だけでは飽き足らず、セリカの命まで奪おうとするとは……!」
王妃であるセリカが魔王を召喚した。
しかも、召喚された魔王候補は一人ではなくて。あの魔王の前に召喚された人は殺されたと言っていた。
魔王になるから??
でもあの魔王がまた召喚されたってことなのか。
魔王候補だからと殺す。
レバック王の言った通りのことが過去に実際に起きていた。
新しい魔王をめぐって、人による争いが起き、魔王を召喚した王妃も殺された。
巻き込まれてたくさんの人が死んだ。
自分も同じように殺されるか、誰かを殺す。なんというか、もう救いようがない。
ファランクスが魔王を復活させたい気持ちがわかるような気がした。
そもそも、自分にとってこの世界は異世界だ。
本来自分がいるべき世界じゃない。
ファランクスが元の世界に返してくれるという。
だったらそうしてもらって、また今まで通りの日常に戻ればいい。
……でも、それでいいのだろうか。
よくわからない。
誰かに相談したいけど、誰に相談すればいいのかわからない。
レバック王はそもそも信用できないし、相談できるような相手じゃない。
ロキシーは……どこまで信じていいのかわからない。
スープラは、自分を帰すために手伝ってくれた。
まだ一緒に旅がしたいとは言ってくれたけど、実際に魔王化した自分に今までどおり接してくれるとは思えない。
リップにも、帰れといわれそうな気がする。
拒絶されてしまいそうで、スープラとリップに会うのが怖い。
だから、話したくなかったのだと夏央は気づいた。
この世界に来た初めての夜にも孤独は感じた。
今となっては、あのとき以上に寂しかった。




