お前は一体何なんだ……?
「それがあの戦争の真実? だったら、私たちが知ってる歴史は一体何なの……?」
スープラは血の気の引いた顔で立ち尽くしている。
「事実は徹底的に隠蔽され歪められたのだ。結果、当たり障りのないおとぎ話のような歴史がねつ造され、我々は『英雄』として祭り上げられた」
「なんで隠したのよ!」
リップは誰に怒りを向ければいいのかわからない、といった様子で、その場に怒りをまき散らす。
「魔王崇拝者だけでなく、様々な国家規模の組織が陰謀に関わっていた。その事実は、支配者層にとって都合が悪かったからだ。ましてや魔王を手に入れて思い通りにしようなどといった話は関わった国の存続さえ危うくする。そして、真実を知らないが故に誰も反省することはなく、過ちが繰り返されていく」
その場に、重い沈黙が立ち込める中、夏央が口を開く。
「ロキシーはブラウドラッハを使ったんだね」
俯いていたロキシーが打ちひしがれた表情で顔を上げる。
「なぜそれを……?」
「だって見えたじゃないか。あれは十年前の映像だよな。ファランクス……あんたが見せたんだろ?」
ロキシーは不可解そうな表情になる。
誰もが同じような表情になっている。ファランクスを除いて。
「いいや、俺ではない。もしお前に何かが見えたのだとしたら、それはグランツヴェルトの力だ。おそらく、ブラウドラッハの記憶がお前に同調したのだ」
「……みんな見えてたんじゃないのか?」
言いながら、夏央はあの生々しさがグランツヴェルトの力であることに不思議と納得する。
「あんた何を見たの?」
リップが険しい顔で訊いてくる。
夏央は開きかけた口を閉じ、黙って首を横に振る。
さっきの体験をどう言葉で表現していいのか分からない。
ただ、今まで感じてきたたくさんの謎が少しは解けたことは確かだった。
だから、夏央にグランツヴェルトを使わせるという話が出たときに、あれほどロキシーは取り乱したのだろう。
グランツヴェルトを説明したときのぎこちなさも今ならわかる。
ロキシーはグランツヴェルト・ブラウドラッハを使い、暴走し、研究施設での大量殺戮に至ったのだ。その代償として力を失った。
そして、十年前の事件はグランツヴェルトによって始まった。
魔王と呼ばれた人も圧倒的だったが、むしろ巻き込まれた感じがした。
視界に広がっていた血の海。
足元に倒れていた子供。
城下のあちこちで燻っていた、かつて人であったおびただしい数のモノたち。
血の涙を流す魔王。
血にまみれ、青ざめたエリアルの顔。
喪失感に打ちひしがれたゼータ。
たくさんの絶望と死。
それをもたらすおぞましいまでの人の悪意。
夏央はブラウドラッハを見た。
「お前は一体何なんだ……? なぜロキシーを、あいつらを止めなかった……?」
ブラウドラッハが止めていれば、たくさんの悲劇は避けられたはずだ。
何に対してなのか変わらない憎悪が、連鎖するようにして夏央の中でザワザワと膨れ上がっていく。怒りで視界が真っ赤に染まる。
……ブラウドラッハもあいつらと同類なんだよ。
親しげに寄ってきて、振り回して、楽しんでる。
俺も騙されてるんだ。
ゲシュペンシュタットの血塗れの王宮で、血まみれの王と王妃の前で、ロキシーとレバック王が嗤っている。
自分もあの魔王みたいな目にあうんだ。
自分で自分の命を奪おうとした魔王みたいになるんだ。
夏央の心を悲しみと絶望が覆っていく。
ロキシーたちの隣でケタケタと嗤う、ブラウドラッハ。
「違う、聞いてくれ、妾は……」
目の前のブラウドラッハが、今までに見せたことのない、心細げな表情で、言葉を紡ごうとする。
しかし、夏央に触れようとしたブラウドラッハの手は、夏央の心の拒絶を現すように、パァン! と弾かれた。
「あああああああああああああ!!!!」
夏央は叫んでいた。ただただ悲しかった。
ブラウドラッハが絶望に満ちた表情を浮かべた。
◇◇◇
ロキシーは呆然とそんな夏央を見つめていた。
これはまさに十年前の再現だ。
黒い霧が夏央の周りに漂い始める。
瞳の色が蒼から紫を経て、紅く変わっていく。
室内の照明が、夏央に反応したかのように明滅する。
「暴走か……」
静まり返ったその場に、ファランクスの冷静な声が響く。
「外観の変化は無い。今ならまだ止めることは可能だ。やるぞ、ヴァイス」
「イエス、マスター」
白い光とともにヴァイスティーガーが再び実体化した。
夏央の周りの黒い霧が、伸ばした手を中心に渦を巻き始める。
腕は迷う事無くロキシーに向けられる。
「夏央! やめて!」
スープラの叫びに夏央の腕が、ほんの一瞬ぴくりと止まる。
一瞬の隙に、ヴァイスティーガーが攻撃を放つ。
ドドドン!!!ガァン!!!
轟音。
ヴァイスティーガーの手のひらから、爆炎と煙が立ち上る。空気が衝撃に歪む。
鎧武者を壁の向こうからでさえ沈黙させたその攻撃は、夏央の寸前で不可視の障壁に弾かれ、濛々と白煙を上げる。
攻撃に反応して、夏央がヴァイスティーガーに向きなおる。
速い。ファランクスは何ら衰えていない。
夏央の死角から現れたファランクスが漆黒の大剣を上段から切り下す。
ガキィン!!
ドゴン!!
障壁ごと、夏央は地面に叩きつけられる。衝撃で足元が蜘蛛の巣状にひび割れ、陥没する。
立ち上がろうとした夏央の前には巨大な白い虎。
咆哮。
凄まじいまでの音圧。
咆哮で夏央にスタンが入ったのか、再び動きが止まる。
ファランクスが四方から障壁に大剣を叩きつける。障壁にヒビが入った。なおも容赦なく剣技による様々なエフェクトを纏う剣が叩きつけられる。障壁が割れ、虹色の欠片となって消える。
反撃する間も与えず、虎が夏央の頭に噛みつく。夏央を咥え、虎は引きちぎろうとするかのように首を左右に振り回した。
ゴキッ
いやな音と共に、夏央は壁にたたきつけられた。
夏央はそのままべたりと床に倒れ伏す。
白い虎は、冷ややかなまなざしで夏央を見下ろし、立ち上がらないことをを確認して、白い粒子となって女性の姿に戻った。
ロキシーは見ていることしかできなかった。
まるで十年前の再現を見ているかのような夏央の暴走に思考が停止してしまった。
「ファンランクスの言う通りですね。……今の私には何もできない」
己の不甲斐なさにただ悔しさが募る。
「夏央……!」
スープラが迷わず夏央に駆け寄った。わずかに遅れてリップも動く。
倒れた夏央は、傷だらけだが、目立った出血もなく、首もつながっている。意識はないが呼吸もしている。致命傷はなさそうだ。
「死んではいない。魔王の種による暴走を止めるには、意識を奪うか、暴走時に匹敵する精神的ダメージを与えるか、殺すしかない。今回は、意識を奪う方法で対処した」
ヴァイスティーガーが感情のこもらない声で説明した。
「ブラウドラッハはマスターが預かる。止めたければ力ずくで。私に敵うならば」
ロキシーを含め、誰も動けない。さっきの戦いに圧倒されていた。
リュリーでさえ、さすがに何も言えなかった。
「少年には、一週間後にノインドラッハ山頂に来るように伝えろ。それまでに帰還の術式を用意しておく」
ファランクスは誰に言うとでもなく宣言した。
そのまま、踵を返し、ヴァイスティーガーを従えて去っていく。
何か言いたげにブラウドラッハが顔を歪めたが、何も言うことなく、とぼとぼとファランクスに従って消えた。




