十年前2
◇◇◇
ファランクスの話は続く。
話を聞いている夏央の周りに様々な光景が浮かび始める。
たくさんのディスプレイに囲まれ、それぞれに違う映像が浮かび上がっている。
その中のひとつの映像が夏央を包み込むようにディスプレイから溢れ出してきた。
◆
どこかの建物の中。
広い部屋の天井は高い。辺りは薄暗く、静かだ。
荒い息遣いだけが聞こえる。
なんだか酷く血生臭い。
目の前に誰かいる。誰だ?
ロキシー?
幾分若く感じるその顔は、酷く焦燥し、苦痛に歪んでいる。傷だらけの身体で、力尽きたように跪いている。
その腕には、グランツヴェルト・ブラウドラッハが収まっている。
自分がここにいるとしか思えない臨場感。しかし現実とも思えない。これはファランクスが見せている過去の映像なのか? と夏央は考える。
それから、ロキシーはグランツヴェルトを実際に使ったのだと遅れて気づく。
グランツヴェルトのエーテルブーストアップ機能、だったか。
「わたしは……自分の友人まで殺してしまった……」
振り絞るような言葉が聞こえる。
思わず耳を疑う。ロキシーは今なんと言った?
周りを見渡すと、そこは一面血の海が広がっていた。
考えたくもない何かがゴロゴロと転がっている。二桁にはとても収まらない数の何か。
夏央はこらえようのないほどの吐き気を催し、涙目になりながら両手で口を覆い、足元から目を逸らして何とか耐える。
その場には何人かが同じように立ち尽くしている。
年の頃も同じぐらいだ。みな返り血を浴びているようだが、ロキシーは特に酷い。
「まだだ。まだやるべきことがある」
青い西洋風の鎧を装備した銀髪の男が言う。食いしばる歯の音が聞こえそうなほどに、怒りを湛えた鉄槌のような言葉。
この男は夏央が今持っているのと同じ刀を持っている。琥珀色の瞳を持つその顔は夏央が知っている誰かに似て……不意にスープラの面影が重なる。
この人がゼータ?
「行きましょう、ゼータ。跳躍の術式ならまだ使える」
輝くような長い金髪の少女が答えるように言う。
「……絶対許さない」
眼の端に涙を滲ませ、その美しい顔に似合わないほどに憎悪のこもった声で呟く。
その声。顔立ち。アクアブルーの瞳。雰囲気や口調はまるで違うが、リップにそっくりだ。
この人がエリアル?
「奴らを殲滅する。立て、ロキシー。レギオン、手伝え」
若く髪の短いファランクスが言う。
巨大な剣を握っていないほうの手でロキシーの腕を掴む。
レギオン、と呼ばれた赤い髪の幼い顔立ちをした仲間がロキシーを抱き起こすようにして立たせる。その灰色の瞳はロキシー以上に虚ろに見える。
「ここには誰もいなかったんだよ、ロキシー……。誰も『ひと』はいなかったんだ」
ロキシーに言うというよりも自分に言い聞かすようなどこか幼さの残る声がつぶやく。
術式を展開し始めた少女の周りにみんなが集まり、間もなく眩い光に包まれ始めた。
眩しさに夏央は思わず目を閉じる。
◆
周りの気配が変わる。
熱風。
たくさんの悲鳴と怒号。
得体のしれない何かの、轟くような雄叫び。
それらが入り混じる混沌。
目を開くとそこは別の場所になっていた。
そびえ立つ巨大な西洋風の城。あちこちが崩れ、焼け焦げている。
遠くにある高い塔を踏み崩すようにして立っているのは……異形のドラゴン?
3つの頭を持つその黒い巨体は、いびつで禍々しい。
ここはかつてのゲシュペンシュタット王国……?
見渡す限り、城も街も炎に包まれていた。黒煙に覆われた空は赤く染まっている。
至る所で建物が崩れ、燻り、爆撃にでもあったような凄まじい光景が広がっている。
様々な物が燃える嫌な臭いが辺り一面に立ち込めている。
あちこちで人が倒れ、逃げ惑い、異形の魔物と騎士団らしき人達が戦っている。
まさに地獄絵図。
どう見ても全ての人を救うことは無理だ。
吹き付ける熱風は、喉が焼けるのではないかと思えるほど熱い。
それなのに、夏央は震えが止まらない。足が竦んで力が入らない。
何かがガチガチと鳴っている。それが自分の歯だと気づくのにしばらくかかった。
足元に子供が倒れている。
思わず抱き起こそうと屈みこんで手を伸ばしたが触れることが出来ない。
涙が止まらない。
落ち着け、これは幻覚だ、と夏央は何度も何度も自分に言い聞かせる。
◆
ふと顔を上げると、夏央は別の光景を見ていた。
ロキシー達は、謁見の間とおぼしき場所にいる。
ロキシーたちの前で慟哭している黒髪の女性。
その後ろの玉座には息絶えた血まみれの王らしき人物。
黒髪の女性の腕には、ドレスを血に染めた、シルバーブロンドの髪を持つ高貴そうな女性が抱かれている。彼女にはゼータ同様にスープラの面影があった。
「お前たちがディアスを殺し、セリカにも手をかけたのか……! 私を召喚したというただそれだけの理由で……。セリカに何の罪があった! 前の召喚者だけでは飽き足らず、セリカの命まで奪おうとするとは……!」
漆黒の闇のような瞳。一見普通の女性なのに、にじみ出る威圧感。見ているだけで力が抜けていく。
今この場にいないはずの夏央でさえ、ああ殺される、そう思うほどの圧倒的な迫力。
「やめろマキナ! だまされるな! 王と王妃に手をかけたのはゼータ様達ではなくこいつらのほうだ!」
「黙れ! 卿は何を錯乱されている?! 魔王様、戯れ言に耳を貸してはなりませぬ!」
意外にも取り巻きの男たちが言い争っている。
マキナと呼ばれた魔王が息をのむ。腕の中の女性が息を引き取ったのだ。
「あああああああああああああ!!!!」
血の涙を流す魔王。
雰囲気だけでなく見た目までもが変化する。
紅く輝く瞳。頭には禍々しい角が生え、背中には巨大な黒い翼。黒い霧のようなものが薄く体の周りに漂い始める。
絶叫とともにほとばしる黒い光が天井を貫き、降り注ぐがれきを吹き飛ばし、謁見の間を崩壊させる。
魔王とロキシー達との戦闘が始まった。
ロキシーたちは苦戦を強いられている。
これまでの戦闘で体力も魔力も著しく消耗していたのだろうか。動きが悪い。
攻撃の術式を撃ち合い、剣で切り結び、謁見の間をさらに廃墟に変えながら戦闘が続いていく。
そんな中、ゼータをかばったエリアルが魔王の剣を受けて倒れた。
己の剣に刺し貫かれたエリアルの姿を見て、魔王の攻撃は唐突に止んだ。
静寂の中、我に返り、滂沱する魔王。
角や翼が霧になって消え、マキナと呼ばれていた姿に戻る。
がっくりと膝をついたマキナは、あろうことか、自らの体に剣を突き立てようとした。
しかし、その刃は彼女を貫くことは無かった。
マキナを静止しようとしていた壮年の男が自らの手を血に染めて刃を止め、マキナを連れ去った。
一方、ゼータはエリアルを失い、絶叫していた。
「オレはバカだ! 一番大切な人さえ守れなかったなんて! 俺はいったい何のために……戦ってきたんだ……」
ロキシーを振り返ることなく、ゼータはエリアルを抱えて炎の中に消えていく。
◆
目の前の光景が切り替わる。
ファランクスとレギオンが城の外で激しい戦闘を繰り広げている。
恐らく術式なのだろう。レギオンはまるで見えないキーボードを叩くようにして空中に両手で何か青く光る文字列のようなものを描いていく。
あたりを包む黒煙の中、レギオンの背後に十メートル近い、巨大な人型の物体が現れる。煙に霞んでいるが、体の周囲に銃器のような無数の突起物が出現する。
エンターキーを叩くような動作が合図であったように、それらが同時に発砲され、轟音とともに前方に展開していた魔物の一群を跡形もなく吹き飛ばす。生じた衝撃波に地面が揺れる。
一瞬訪れた静寂に、虚ろな目で レギオンがポツリと呟く。
「ねえ、ファランクス。僕達は何のために戦っているんだろう……?」
「ああ」
ファランクスは答えつつ、巨大な黒い剣を振りかざして、自分の目の前にいた巨大な魔物を一刀両断する。
長さも厚みも尋常ではないこの剣を軽々と扱えるファランクスの力も凄いが、その刃はすでにボロボロで、今までどうしてこれで魔物を斬っていたのだろうと思うような状態であることが海には不思議に思えた。
ファランクスは無表情に言葉をつなぐ。
「守るべきものはもう無い」
二人は辺りの魔物を一掃し、姿を消した。
◆
切り替わる映像。
城の中を捜索していたロキシーは、とある部屋で二人の女の子を発見する。
「スープラ! リップ! 無事だったのですね!」
幼いが面影のある子供たちが、ベッドの下で、フードの付いたローブを頭から被り、身を寄せあって真っ青な顔で震えていた。
二人は放心したようにしばらくロキシーを見つめたあと、泣きじゃくりながらしがみついて来る。
思わず夏央もホッとしたその瞬間、ロキシーの背後から魔物が迫る。
「ロキシー!」
夏央の叫ぶ声はもちろん届かない。
ロキシーは背後の気配に術式で防壁を展開するが、僅かに遅い。
スープラとリップを庇い、背中に一撃を喰らう。
背中を焼かれ、苦痛に呻きながらも、ロキシーは振り返りざま術式を使って魔物を吹き飛ばす。
城内にそれ以上は生き残った人は見つからなかったようだ。
ロキシーは襲いかかってくる魔物を蹴散らし、度々傷を負いながらも、燃えさかる城を後にした。
二人を助けたという事実を、師であるレバック王にだけは告げ、ロキシーは手に入れたグランツヴェルトを含め、後の一切を託して去った。
「この子たちを育てなければなりませんので……」
それがロキシーの別れの言葉だった。
◆
見えていた光景が突然かき消えた。
ファランクスの話が終わったのだ。




