十年前1
◇◇◇
十年より少し前。
ゲシュペンシュタット王国では、ディアス王の指示により、魔王についての研究に一定の予算を割いていた。
いつ頃だろう、グランツヴェルトという魔具の存在が明らかになったのは。
「魔王は『魔王の種』といわれる存在より生ずる」
ゲシュペンシュタットには、そんな言い伝えがあった。
魔王の種が実体を伴う何かなのか、霊的な存在かどうかは不明だったが、 研究の中で、 高度な術式の組み合わせによってその存在を検知することができることが判明した。
そしてその魔王の種を制御できる魔具がかつて存在した、ということも徐々にわかってきた。
魔具の名は『グランツヴェルト』。古の賢者が作ったという、装身具の形をした五つの魔具。
そして古代の遺跡よりそのグランツヴェルトが実際に発掘された。
調査の結果、このグランツヴェルトは、現存するどのような魔具とも異なる力を秘めていることがわかった。
グランツヴェルトが持つ力は、大きく二つ。
一つは魔王制御機能。
かなり複雑な術式が必要だが、それと組み合わせることで、魔王の力を抑え、制御することを可能とする。魔具は魔王の種に直接影響を及ぼすことができるのだと考えられた。
これは種を持つ魔王にのみ有効な機能であり、実証実験はできなかったが、将来的な魔王の出現に対して、これまでとは抜本的に異なる対処の可能性が見出された。
魔王に蹂躙されるだけの世界を変える、強大な力。それはこの世界にとっての大いなる希望の力になると考えられた。
もう一つは、マナリミッター解除機能。
使いすぎによる体や精神への負荷を抑える為、 マナのエーテルへの変換は人の無意識下で制御されている。しかし、グランツヴェルトはこの無意識のリミッターを外し、エーテル変換の上限を開放することができる。エーテルブーストアップ機能とも呼ばれた。
この機能を利用することでこれまでの法術に関する常識を覆すような、様々な術式の発動が確認できた。
しかし、このマナリミッター解除機能は諸刃の剣でもあった。
安易に利用すると、エーテル変換ができなくなったり、記憶を失ったり、精神に異常をきたすなどの副作用が確認されたのだ。
多くの研究者たちはこの調査結果に概ね恐怖し、魔王制御の利便性よりも副作用による危険性を主張し、一度はグランツヴェルトを封印するという話も出たほどだった。
しかし、ディアス王はこのグランツヴェルトを必要としていた。
だから、調査とさらなる探索を継続させた。
なぜなら、ディアス王の妻、王妃セリカは、代々女性が魔王を召喚するという異能者の家系だったからだ。
これはファランクスたちがゼータから秘密裏に共有された話だ。
召喚するタイミングは一切不明。一生召喚しないという場合も多い。
しかし、突如として、本人の意思とは関係なく、本人の近くに異世界人を召喚する。
そして、その異世界人には例外なく魔王の種が入り込み、魔王化に至る。
魔王化した異世界人は荒ぶる神と化し、魔物を召喚し、天変地異を引き起こし、人を滅ぼす。
セリカの家では密かにそう言い伝えられていたのだという。
できれば魔王召喚などして欲しくない、そんな王の願いもむなしく、セリカは異世界人を召喚してしまったという。
だが、召喚された魔王候補に対して、グランツヴェルトによる魔王制御を試すことはできなかった。
極秘事項であったはずの、グランツヴェルトの存在と、魔王が召喚されたという情報が外部に流出したのだ。
研究所や遺跡の発掘現場など、複数の拠点との連絡が一斉に途絶えた。
王国首都にも不穏な空気が満ちる。
ディアス王の指示の元、速やかな情報収集が行われた。大規模な調査団が組織され、数多くの調査隊が各地に散った。
ロキシー達もその中の一隊だった。
ゲシュペンシュタット王国の王位継承権を持ち、剣士でもある王子ゼータ。
法術騎士ファランクスとレギオン。
賢者認定された高位の法術士であるロキシーとエリアル。
若手による編成だったが、いずれも将来を期待された一流の使い手達だった。
◆
ゼータの調査隊は、グランツヴェルトの一つを研究していた孤島にある研究施設へと向かった。
そこで彼らが遭遇したのは、グランツヴェルトを利用して兵器化された、かつては魔物や人であったモノ。
人間さえも実験台にした禁忌の研究の数々。そのおぞましさ。犠牲になった人たちは、生きていても救うことは出来なかった。ただ、楽にしてやることしか出来なかった。
王の指示なのか、研究者の暴走なのか、襲撃者たちの凶行なのか。
あまりの惨状に愕然とする彼らの前に、人の形をした「魔物」が立ち塞がった。
グランツヴェルトの乱用により、自らの欲望が果てしなく増大した、まるで創造主にでもなったつもりの者たち。
凶行を行った張本人たちが目の前にいるという状況。
ロキシー達の怒りは頂点に達した。
彼らは、グランツヴェルト使用者による猛攻撃を凌ぎ、奪い取り、圧倒的多数であった敵、そこにいた人々を殲滅した。
家族を人質に取られるなどしてやむなく研究を続けさせられていた人達もいたのだが、極限の戦いのさなかにおいて、ロキシー達にそれを知る由は無かった。
だから殲滅した。殲滅してから気づいた。
そして、絶望した。
絶望の中、死にゆく者の一人が意外なことを口走った。
仲間の手引きにより、ゲシュペンシュタット王国に、開発した魔物軍を送り込んだというのだ。
狙いは、ゲシュペンシュタット王国の壊滅と、王国内で「監禁」されている魔王の確保。
◆
ロキシーたちには「魔王」と呼ばれた存在と面識があった。
異世界から現れたという若い女性。
しかし彼女はあくまで「わずかだが魔王になりうる可能性がある」だけであり、危険度は低いという話だったはず。
彼女は普通に王宮内を出入りしていたし、王や王妃とも親しげな接触を許されていた。
彼らも何度か会話したこともある。
監禁などされていなかったはずだ。
そんな彼女が魔王?
いずれにしろ、速やかに王国に戻る必要があった。




