お前たちは哀れなモルモットに過ぎん
「ちょっと待ってよ。王様はグランツヴェルトを使って俺が元の世界に戻る方法を探す、って言ってた。俺を帰せと言いながらグランツヴェルトは寄越せっていうあんたは何なんだ?」
ファランクスは意外にも穏やかな視線を夏央に向ける。
「勇ましいな、少年。まずは刀を納めろ」
それもそうかと夏央は刀を鞘に戻す。危ないからね。
「ほう、その刀はゼータのものだな」
「ゼータって誰?」
「お前は何も知らされていないのが良くわかるな。その刀はお前の言う『十年前の英雄』であり、スープラの兄でもあるゼータの愛刀だ」
スープラが今にも泣き出しそうな表情で夏央の刀を見ていた。
おにいちゃんの刀? と小さくつぶやく声が聞こえた。
ロキシーを見ると無言で頷いた。
この刀に最初に抱いた印象は間違いじゃなかった。とんでもない刀だったらしい。
「俺はお前の味方だ、などというつもりはない。そこのロキシーがしたように、味方のふりをするつもりもない」
ファランクスは冷たい目でロキシーを一瞥する。
「王の狙いはグランツヴェルトの実験をすることだ。魔王制御機能が使い物になるのかどうかをな」
「実験?」
「実際の魔王候補を使っての制御実験だ。 効果が確認できれば、魔王の再稼動に対する対処が大きく変化するからな。まあグランツヴェルト自身が行動を起こしてしまうとはさすがに想定していなかったようだが」
『おぬしはわらわの声に耳を貸さなかったではないか』というブラウドラッハとロキシーのやり取りが蘇る。
「……俺が声を聞いたから?」
「そうじゃ。おぬしはわらわの声を聞いてくれた。だから実体化することができたのじゃ」
ブラウドラッハが小さく答えた。
「声を聞いていなければ、ブラウドラッハとの対話はならず、お前たちは哀れなモルモットに過ぎなかった。王は、あわよくばお前を制御し、先の魔王と闘わせようと考えている。『戻る方法を探す』だけであって戻すとは言っていないはずだ」
「……え、それって」
夏央は息を呑む。
「ああ、お前は利用されている」
「そんなことは私がさせません」
ロキシーが割って入る。
「出来ることがあるのか、今のお前に?」
心底不思議そうな口調でファランクスは言う。
「さっきの質問に答えてやろう。……近いうちに魔王様の再稼働が成る。俺はこの時をずっと待っていた。零れた種がもたらした新たな魔王候補など必要ないのだ。だから少年は利用させず、俺が送り返す。十年前の戦いはやり直しだ。邪魔をするものは全て排除する。お前の出る幕はない」
「あなたに夏央を送り返すことができますか? 方法も分からないのに」
「語るに落ちたとはこのことだな。それをどうにかするとお前が今言ったのだぞ? お前には無理だが、グランツヴェルトを使える俺にはさほどの問題ではない」
「……十年前をやり直すとはどういうことですか。あなたは私たちが守ったものを、今のこの平和を壊すというのですか?」
「俺たちは何を守ったのだ? 俺たちは何も守れなかった。今更守るものなど何もない。偽りの平和に意味など無い」
断定するその口調に、堪りかねたような声が上がった。
「なんで? ロキシーとあんたたちがこの世界を守ったんじゃないの?」
「ロキシーが守ってくれたから、私とリップはこうして平和な世界で生きています。それの何がいけないの?」
「お前たちにとってはそうだろうな」
ファランクスはロキシーに向き直った。
表情は一変していた。そこにあるのは憤怒。
「踊らされていただけの我々が、あの時の血まみれのディアス王とセリカ王妃に対して、地を覆うほどの犠牲者に対して『守った』などと言えるのか! 勝手なものだな、ロキシー!」
ファランクスの怒りの咆哮。
直接その矛先を向けられていない夏央が青ざめるほど、その怒りはすさまじい。
ロキシーはその罵声に耐えるように目を閉じる。
「ましてやスープラとリップの二人をお前が育てていたとは! 罪滅ぼしのつもりか? あの無意味な戦いの結果、国は滅び、ゲシュペンシュタット家も滅んだ。エリアルも死んだ。俺が刃を研いでいたこの十年、お前は一体何をしていた! 己の記憶まで改ざんするのか!」
リップが怒ったように顔を強ばらせ、スープラは俯く。
エリアルって、たぶんさっきリップが言ってたお姉ちゃんだよな。亡くなってたのか……。
「無意味なんかじゃない。私たちは正義のために……」
ロキシーは絞り出すような声で反論した。
「そう、正義のために。しかし結果的に無意味だった。俺たちは何もかもを失い、俺たちが守ったというおとぎ話がねつ造されただけだ」
ファランクスは一転して淡々と言った。
事実を事実として告げた、そんな響きがあった。
「俺は目を逸らしたお前とは違う。王の無念は俺が晴らす」
ロキシーは無言。そのほほを、一筋の涙が伝う。
「さあ、グランツヴェルトを渡せ、少年。お前は俺が元の世界に送り返してやる」
どうやら、十年前の戦争には何か秘密があるらしい。
リップやスープラが知っている、授業で習うような話はねつ造されたもの。
魔王を制御するというグランツヴェルトがそこにどうかかわっているのかはよくわからないままだ。
どちらを信じればいい? 本当に渡していいのか??
夏央はブラウドラッハを見る。
「ブラウドラッハ、」
言いかけた夏央の声がさえぎられる。
「その前に、教えて。十年前、本当は何があったのかを」
スープラがファランクスの前に立っていた。
「私は、本当のことが知りたい」
ファランクスとスープラ、二人の視線が交錯する。
怖くないのか、スープラ?
夏央はそんなことを考える。
すっ、とリップがスープラの前に出た。
何かあればファランクスであろうとも躊躇いなく手を出そうとしている。
「ふむ」
ファランクスはスープラをまじまじと見た。
「やはり血は争えんな。良かろう。話してやろう」
「ファランクス、止めてください!」
ロキシーが弾かれたように顔を上げ、なりふり構わず、懇願するように叫んだ。
「この子たちにあの事実はあまりにも過酷すぎます……!」
ファランクスは無視。
リップとスープラを見る。
「あの戦いは魔王が引き起こしたかのように言われているが、もちろん真実は違う。あれは人間の手によって引き起こされたものだ」
ロキシーは唇をかみしめ、俯く。
「魔王はどこから現れたか知っているか?」
「……ちゃんとした魔王なら夏央なんかと違って魔界とかから来たんでしょ」
開き直ったようにリップが堂々と答えると、ファランクスは冷ややかな声で答えた。
「魔王は人間によってこの世界に召喚された、ただの異世界人だった。そこの少年と何ら変わらん」
「……っ」
スープラが息をのんだ。
ファランクスは話し始めた。




