生きていたのですか
閃光とともに、ビリビリと空気を震わす爆発音が連続し、鎧武者近くの壁が崩壊した。
もうもうと上がる土埃が、壁の向こうから吹き込んできた風に散らされる。
既に鎧武者は破壊されていた。
地に膝を突き、目の光は消え、うっすらと煙を上げている。
壁の奥から、一組の男女が姿を現す。
男は、身につけている西洋風の鎧などから騎士関連だとわかる。
サーフよりも一回り大きい体格で背も高い。抜き身の巨大な漆黒の剣を無造作に右手に握り、鎧はことごとく黒系統でまとめ上げられている。
漆黒の剣は西洋風というよりもむしろゲームでしか見れないような刃渡りと長さ。身長くらいある。
その顔は意志の強さを示すように引き締まっていて、ただ者でないことが一目でわかる。総髪にした金髪を風に靡かせ、燃えるように真っ赤な瞳でこちらを見ていた。
女の方は、対象的に軽装で白基調。長身の肢体にライダースーツのようにピッタリとした白い革の鎧を纏い、シルバーブロンドと言うよりもやや白っぽい色の髪をアップしてまとめている。
銀縁の眼鏡に隠れた双眸は知的だが、どこか肉食獣を思わせる冷徹さを秘めている。
女は男に一礼すると、その体は白い光の粒子となって散った。男の手が白く輝く。
「ヴァイスか」
静まり返った雰囲気の中、ブラウドラッハが男に言った。
「旧交を温めるつもりはないそうだ」
男は表情を変えることなく答える。
ブラウドラッハがふん、と鼻で笑う。
「ファランクス……。やはり生きていたのですか」
ロキシーは驚きを露わにして立ち尽くしている。
夏央達は状況が分からない。
なんかどんどんやばそうな状況になってきてないか?
「……この襲撃はあなたの仕業ですか?」
「十年。人を耄碌させるには十分過ぎる時間だったようだな。『あなたの仕業ですか』だと? 自分は何も情報を持っていないと白状しているようなものだ」
ファランクスと呼ばれた男の声にあるのは嘲りではなく怒り。
「一体何者?」
リップがいぶかしげにファランクスと呼ばれた相手を見てつぶやく。
どうやら鎧武者を瞬殺したのはこの男らしい。しかしどうやら味方という訳でもなさそうだ。
「その少年が魔王候補か。グランツヴェルトとの相性も良さそうだな」
ロキシーは呻くように訊き返す。
「何故です? 何故それを知っているのです?」
「少年を利用しようとするな。グランツヴェルトは私に渡して立ち去れ。この件には関わらず、今まで通り、田舎でおとなしくしていろ」
ファランクスはロキシーの問いかけには答えずそう言い、自分の左手の甲をロキシーに示した。
中指には、細かい装飾を施された白銀の指輪が輝いている。
「彼女もグランツヴェルトですか」
「グランツヴェルト・ヴァイスティガーだ」
「夏央の時は見れませんでしたが、そんな風になるんですね」
ロキシーが呟く。
グランツヴェルト・ヴァイスティガー。確か全部で五つあるというグランツヴェルトの一つ。
この男はそれを身に着けている。何者なのか?
「ロキシー?」
リップが怪訝な顔でロキシーに説明を求めた。
「覚えていませんか、リップ。あなた達は会っているはずです。このファランクスに」
リップはスープラと顔を見合わせ、改めてファランクスを見る。
「リップだと? 生きていたのか」
ファランクスはほんの少しだけ驚いたように見えた。
「もう一人はスープラか?」
「ええ……あなたは一体?」
「わかった! 思い出した!」
リップが大声を上げた。
「スープラ、ほら、覚えてないかな、ロキシーと、スープラのお兄ちゃんと、うちのおねえちゃんと、一緒にいたじゃない? ツヴァイハンダー持ってる人!」
「……ナイト・オブ・クローム! 白銀の法術騎士!」
スープラも思い出したらしい。
夏央は首をひねっていた。ロキシー達と一緒にいた?
「十年前の英雄の一人?」
夏央は確かめるようにつぶやく。
でも、何かおかしい。なぜ英雄同士が敵対しているような状況になっているんだ?
ファランクスは夏央の言葉を聞きとめて、ぞっとするような冷たい眼を向けた。
「英雄か。そう呼ばれたこともあった。しかし、あのくだらない戦争で英雄呼ばわりされるのはごめんこうむる」
「くだらない、戦争……?」
夏央は思わず聞き返していた。
わからない。ここ数日、どうしてか十年前の戦争の疑問ばかりが出てくる。人間と魔物が戦った戦争。なにやらグランツヴェルトと関係がありそうなのだが、そのあたりがちっともわからない。そして現れた十年前の「英雄」。
彼は、夏央に必要なグランツヴェルトを渡せと迫っている。既にひとつを手に入れているのに?
「ファランクス、レバック王が私にこう言いました。『今起ころうとしている出来事は十年前の再現だ』と。あなたは何をしようとしているのですか?」
静かにそう言って、ロキシーはファランクスを見据える。
なんの話だ? と夏央は思った。少なくとも夏央はそんな話は聞いていない。
黙っているファランクスに、ロキシーはもう一度聞いた。
「あなたはグランツヴェルトを使って一体何をするつもりなんですか?」
ファランクスの表情は変わらない。
「さすが王だといいたいところだが、情報不足だな。お前がそんなありさまだから事態は進む一方だ。俺が何故グランツヴェルトを求めるか、だと? そんなことをあえて聞くのか?」
ロキシーはすうっと目を細めていた。
「ええ。耄碌してしまった私にもわかるように教えてくれませんか?」
夏央はロキシーが強烈な殺気を放出していることに気付く。
ファランクスが十年前の戦争を再現するとロキシーは言っているのか? ……それともまさか俺が?
きっとレバック王は夏央達に話したよりも もっとたくさんのものを観ていて、ロキシーにだけに話した何かがあるに違いない。
「お前にも分かっているはずだ。魔王はこの世界に対するリミッターなのだ。人が欲望に塗れ、どうにもならなくなった時に現れるのだと。それを阻止することは出来ないし、誰かに利用もさせてもいけない」
ロキシーは答えない。
「私はこの十年間、あの出来事の後始末を考えて生きてきた。にも関わらず、お前はあの戦争から何も学ばなかったというのか?」
苦しそうに、ロキシーは顔を歪める。
「誰にも魔王は利用させない。やつらはもちろん、お前や王にもだ。だからグランツヴェルトは俺に任せればいい。少年は俺がグランツヴェルトで元の世界に還してやる」
スープラとリップが訝しげに二人を見ている。
英雄達が魔王と戦った。魔王を倒し、人が勝利したのではなかったのか。よくある勇者と魔王の戦いではなかったのか。
ファランクスとロキシーのやり取りは、そんな定番の話には明らかにそぐわない。
どこまで本気かわからないが夏央を討ち果たすというレバック王。夏央を利用するなというファランクス。
どちらが夏央にとっての敵なのか。いや、王は元の世界に帰る可能性を否定したわけではなかったか?
誰をどこまで信じていいのか。夏央は分からなくなってきた。




