自分で招いた結果です
夏央は改めて右下のウインドウを見る。
(武技と剣技の一覧じゃな。説明するまで待たぬか)
「え? ブラウドラッハ? 頭の中から聞こえる?」
(当たり前じゃ。自分の腕を見よ)
そこには、蒼く輝くバングル。変わった形をしている。
片側は滑らかに湾曲しており、もう半分は複雑な形をした鎖のようになっている。湾曲部には細かな装飾が施され、ひときわ大きな蒼く輝く宝石のようなものが埋め込まれている。宝石には、まるで爬虫類の目のように、中心に紡錘形の黒い玉のようなものが入っていた。
黒い玉がぎょろりと動く。
ああ、そうか。グランツヴェルト装備、ってことか。
夏央はすんなり理解する。今なら何でもわかるような気がする。
「夏央?」
スープラが怪訝な表情で声をかける。スープラの目に映る夏央は、表情も所作もまるで別人のような雰囲気なのだが、当の本人にはわからない。
「大丈夫」
「大丈夫に見えないよ……」
「夏央! やるじゃん! 連撃するよ!」
夏央の変化にはまだ気づいていないリップから声がかかる。
「了解」
リップの術式で、起き上がろうとする鎧武者に多数の火の玉が着弾する。
いつの間にか意識を取り戻していたロキシーの攻撃。鎧武者に上から拳の形をした岩石がハンマーのように落ちる。
ロキシーが膝を付き、肩で息をしているのが視界の端に見えた。
まるで自分がダメージを受けたように、数値がさらに低下している。
スープラが回復系の術式でロキシーの治療をはじめた。
そんなことを知覚しながら、夏央は鎧武者に向けて剣技による斬撃を放つ。
(槍と鎧の弱そうなところを狙え)
斬撃が当たり、槍、鎧にひびが入ったのが見えた。
本体のパラメーターも大きく低下。一気に削った感じだ。
「夏央! なにその目?!」
一息ついたリップが夏央の変化に気づいて声を上げる。
「そんなことよりもこいつを仕留めないと」
「いや普通じゃないよ?!」
鎧武者はみしみしと鎧をきしませて立ち上がり、腰の陣太刀を抜いた。刃渡りは二メートル近くありそうだ。
が、そこまでだった。
鎧武者の背後に黒い影が現れ、ドスッと音がした。
かさねが鎧武者の首に、刀のようなものを根元まで押し込んでいた。
「時間をかけすぎだ」
チラリと夏央に目を向け、かさねは責めるように言う。
鎧武者は音を立てて倒れた。
かさねが刺したものを引き抜いても鎧武者から血は出なかった。
「ありがとう」
その言い方に腹を立てるよりも、助けられたという感謝がまずあった。
「……別に」
かさねは礼を言われるとは思わなかったらしく、そう言ってそっぽを向いた。
サーフが戦闘を終え戻ってきた。鎧武者に向かい、動かないことを確認している。
「なかなかいい連携だったな。かさねの助力があったとはいえ、まさか俺抜きでこいつを倒すとは。急に動きが良くなったあたり、さすがは魔王候補というところか」
「いや、これはブラウドラッハの……」
あの鎧武者を一人で倒すのだからサーフは人並み以上に強いはずだ。この状況でもロキシーより動じていなかった。そんな相手にほめられて夏央は戸惑う。
(……妾はただ主に従うのみの存在じゃ。誇ってよいぞ)
「いや、そうは言ってもさ」
「なおはー、誰と話してるのー? ひとりごとおじさんなのー?」
誰もいないほうをむいてぶつぶつ言っている夏央の前にリュリーが飛んでくる。
「いや、ブラウドラッハが頭の中でさ……」
(ちなみに、おぬしが考えていることはこの状態だと妾には筒抜けじゃからな。エロいこととか考えたら即バレじゃぞ)
「なー?!」
「……なおー、大丈夫ー?」
リュリーが微妙に気持ち悪そうな顔をしたので、夏央はちょっと傷ついた。
ブラウドラッハが再び実体化したことで、ようやく夏央は状況を説明できて誤解も解けた。
眼の色は元に戻った。
「ブラーシェちゃんはー、なおにべったりだねー?」
リュリーの指摘通り、ブラウドラッハはうれしそうに夏央にひっついている。
「なにせ妾と契約した主じゃからのう。まいますたーじゃ」
夏央はされるがままになっている。
とにかく疲れた。よく生きてたなと自分でも思う。全身が痛い。額は切ったしあちこち擦りむいてるし満身創痍だ。スープラとリップもボロボロだ。
「さすがブラウドラッハというべきか、それとも適応する夏央がすごいのか……色々想定を超えすぎてちょっと手に負えませんね」
座り込んだままのロキシーがややあきれたような声音で言う。
この人が一番状態が悪い。顔も真っ青だ。
ロキシーと言えば。
夏央はひっついているブラウドラッハに尋ねる。
「ブラウドラッハ。さっき言ってたロキシーのバッドステータスって何?」
「……言ったであろう。こやつはもう戦えるような体ではないのじゃ。あとは本人に聞くがよい。あと妾のことは親しげに『ブラーシェ』と呼ぶのじゃ」
ブラウドッラハはロキシーに厳しい視線を送る。
ずっと回復の術式を使っていたスープラが怪訝そうにたずねる。
「うん。おかしいよ、ロキシー。どれだけ術式で回復しようとしても手ごたえがないの。底の抜けたビンに水を入れてるみたいな感じがするの。私が未熟なのかと思ったけど違うの?」
夏央は戦慄と共に理解した。
ロキシーは今まであえて戦わなかったのではない。戦いたくても戦えなかったのだ。だからこそ、王はサーフを護衛としたに違いない。
夏央が振り返ると、サーフが難しい表情を浮かべていた。
さっき何かを言いかけたサーフの姿を思い出す。
「……サーフは知っていたんだね?」
「……ああ、いや、私も先日レバック王より伺ったばかりで半信半疑だったのですが」
チラリとロキシーを見てからサーフの口調は元に戻った。あの口調では話さないらしい。
ロキシーがしれっとした顔で口を開く。
「……ばれてしまっては仕方ありませんね。私は既に」
「いや、つまんないことは言わなくていいから」
リップが険しい顔で口を挟む。
冗談でごまかすとかゆるさない、という態度。ロキシーがしょぼんとして表情を改めた。
「……スープラの術式は何も問題ありませんよ。私は十年前の大戦の影響で、エーテル利用に関わる身体の仕組みが壊れてしまったようなのです」
「私たちを助けたから……?」
痛ましそうな、すまなそうな表情でスープラが尋ねる。
「違いますよ。これは自分で招いた結果です。それよりも、今は目の前のことを優先しましょう。これで終わりとも思えません」
ロキシーはさらりとそう言ってサーフの隣を見る。
「助かりました、かさね」
そこにはさっきの黒装束の少女が立っていた。
「任務だ」
かさねは短くそう答える。
「つーか、あんた誰? 味方?」
リップが苛立ったように訊く。助けられたというよりも獲物を横から掻っ攫われたとか思ってそう。
「私は王に命じられてロキシー様の影供をしていた」
「影供?」
「表に出ない護衛、ですよ。王の特殊部隊……隠密の役割の一つです。陰ながら王や対象者を守り、何事もなければ姿さえ見れないと言われています」
かさねは無言で頷く。
「影供をつけられるほど心配されていたとは。確かに反論の余地もないですけど」
ロキシーはがっかりしたような顔で肩を落とした。
かさねは不機嫌そうに再び無言で頷く。
「ロキシー様、我が妹、かさねの非礼をお詫びします」
サーフがすまなそうに言った一言に夏央、スープラ、リップ、リュリーは唖然とした。
「「「「妹ー?!」」」」
「はあ? 全然似てないじゃん!」
「私は十年前に孤児となり、セルティフィカート殿の父上に拾っていただいたのだ」
かさねは煩そうにそう答え、それで充分わかるだろうという表情を浮かべる。
「かさね……そのような物言いはやめるように言っているはずだぞ。我々は兄妹だ。それだけだ。あと、その呼び方も、だ」
サーフが咎めるように言い、それから、最後にぼそっと「見られてるぞ」と呟いた。
かさねはしまったという顔をして、きょろきょろと辺りをうかがった。さっきまでのクールなかさねとはまるで別人としか思えないほど狼狽え、上目遣いにサーフの様子をちらちらと伺い、それから赤くなって俯いた。
「う……ご……ごめんなさい、お……お兄ちゃん」
あきらめたように小さな声でそう言うかさねの姿は幼い顔立ちが際立ち、驚くほど可愛らしくなっている。完全に別人。
サーフがうむと頷く。
「「「「ええーっ?!」」」」
再び、夏央、スープラ、リップ、リュリーが驚愕したのは言うまでもない。珍しくロキシーも驚いている。
しかし、まだ終わってはいなかった。
「申し訳ありません、セルティフィカート様……」
サーフと共に戦っていた三人目の衛兵が、ばたりと倒れた。
「まさかお前もか……」
サーフが驚きの表情を浮かべる。
そして再び空間が歪み、波紋のようなエフェクトが広がり始めた。
今度は、戦国期の黒田長政の大水牛桃形兜を模したような南蛮風の鎧武者が姿を現す。
先ほどの二体よりも一回り大きく、槍、野太刀だけでなく、鉄砲の様なものまで装備している。サイズが大きいからむしろ大砲。
面頬の奥の目の辺りが緑色に光る。
感覚が麻痺してきたのか、緊張感がやや途切れた雰囲気が場を支配する。
「ロキシー、これさっきのより強いの?」
「強いですね」
「えー、あたし疲れちゃったんだけど」
「私も槍が折れました。ショートソードだけではやや歩が悪いですな」
「……ブラウドラッハ、もう一戦いけるかな?」
「いや、もう終わったわ」
「え?」
ブラウドラッハの硬い声に思わず聞き返す。
ほぼ同時に鼓膜を直接叩かれたような衝撃と轟音。
戦車砲のような音が連続し、石造りの壁が崩れた。




