妾に全力で懇願せよ
「来おったぞ」
ブラウドラッハの言葉に反応したように、目の前の何も無い空間が歪む。
波紋のようなエフェクトが二つ、縦に円形に広がっていく。
「この場所に直接転移?! どうやってマーカーを?」
動揺したロキシーの声。
パッと見は綺麗な光景だが異常事態らしい。
波紋の中から、身の丈三メートルはある、巨大な鎧武者が二体、ズシンと重そうな音を立てて踏み出してきた。
西洋の鎧ではなく、源平期を髣髴とさせる緋威の大鎧のようなものを纏い、その手にはギラギラと光る巨大な十文字槍。顔は面頬のようなものをつけており表情は分からない。
しかし、大きさからして人ではなさそうだ。何より、この鎧武者には気配が無い。むしろまるで武者なんとか。いや、アレはもっと大きいか。
鎧武者の面頬の奥、目のあたりが怪しく光る。
衛兵二人がガシャリと鎧を鳴らして立て続けに倒れた。
駆け寄ったサーフが険しい表情で首を横に振る。
「代理召喚ですな……。目立たぬが真面目な者たちでしたが……」
「こういった場合のために、はるか以前から忍ばされていたのでしょうね。王の言った通りか……」
ロキシーが呻くように言う。
このやりとりからすると自分の命と引き換えに鎧武者を召喚したってことか? そんなあっさりと人が死ぬ?
人の死を目の前にしてもまるで実感が無い。落ち着いている自分に違和感は感じるが、考えている余裕はない。
「そんなことって……ううん、これはよくないね」
「オートマトンだと思うけどコレはやばい」
スープラとリップが小さく会話する。夏央も参加。
「どれ位やばい?」
「こないだのフレイムタイガーよりやばい。コレはきっと軍用だから。軍用オートマトンは一体で優れた騎士五人に匹敵する」
いやそれ無茶苦茶やばいだろ。
「ここは引きたいところですが簡単には見逃してはくれないでしょうね……」
ようやくロキシーが立ち上がる。
フレイムタイガーの時と同じように、夏央たちの前に白く輝く支援法術が展開。効果は良くわからないままだな。
「スープラ、支援をお願いします。リップはサーフと共に攻撃」
ロキシーが言い終わる前に、何の前触れもなく、二体の鎧武者がロキシーに向け槍を振るった。
何が起きたのか夏央には分からないほどの一瞬の攻撃。
一方の槍はサーフが弾いたが、もう片方は間に合わず、何かが砕けるエフェクトと共にロキシーの体が後ろに吹っ飛ぶ。
「ダメっ!」
「ロキシーっ!」
スープラとリップが悲鳴をあげる。
だが、弾き飛ばされたはずのロキシーは、何かに支えられるように衝撃が緩和されつつ床に倒れた。
「やはり控えていたか、かさね」
サーフが鎧武者から目を離さないまま、慌てるでもなく言った。
「これで大戦の英雄とは」
吐き捨てるように言って、倒れたロキシーの体から黒装束に身を包んだ、細身の小柄な女が立ち上がった。
ちらりと見えた表情は冷たく、目もとはきついが幼い顔立ちをしている。地面に付きそうなほど長い黒髪のツインテールが印象的な少女。
ロキシーは気を失っているようで、倒れたまま低く呻いている。
「違う。ロキシー様は……」
サーフは何かを言いかけて、やめた。
目は鎧武者から離していない。
「やれやれ。こうなったらお行儀良くしてるわけにもいかねえか」
サーフの口調が急に荒々しく変わり、表情が開き直ったように生き生きとしてくる。
いままでの紳士的な騎士がガラの悪い兄貴に取って代わったようだ。
「こいつらを二体まとめるのは厳しい。二手に別れるぞ! 俺たちが一体を倒している間にもう一体を三人でなんとか足止めしてくれ。かさねは適当に両方を援護な」
「え? あたしもそっちに加勢したほうが」
その変わり様にびっくりしつつもリップが不満を口にしかけたがサーフが遮る。
「これでも一応騎士だ。見くびるな」
サーフは夏央をちらりと見てにやりと笑う。
「夏央とやら。最低でも女の子二人は守れよ。それぐらいの力はあると聞いている。あとついでに自分もな」
きっとサーフはこれが本来の姿なのだ。
王の側に控えるような立場と、ロキシーに敬意を払っているからこそ、普段の丁寧な口調だったのだろう。
夏央はサーフの変わりようとその言葉で緊張が幾分ほぐれた。
とはいえ、やはりここでもお客さん扱いはしてもらえないらしい。
サーフは鎧武者一体を巧みに誘導して、衛兵と共に戦闘を開始している。
「とにかく目の前のこいつを足止めしよう」
「わかった! いくよ!」
スープラとリップが戦闘を開始した。ドン、という衝撃と共にリップの爆炎が鎧武者を襲う。
夏央の視界に見えるウインドウでは数値は僅かしか減っていない。
スープラが支援の術式を発動させる。それぞれの周囲が支援を受けてきらめき、リップが物理攻撃。
鎧の隙間を狙うが、あっさりと弾かれた。
「なんか今までの相手と全然違う……」
「夏央! 早く!」
戸惑いから戦闘に参加し遅れた夏央に、リップが苛立ったように叫ぶ。
「パラメーターが見えるか。不安定だが種の発芽が始まっておるな。しかも、無意識に味方に支援をかけているとは……。
さて、どうする、夏央とやら? このままでは死人が出るぞ。こやつらはお前達には強すぎる」
夏央の後ろに立つ他人事のようにブラウドラッハが言う。
「死ぬ……?」
リップに気を取られている鎧武者に夏央が打ち込むが、鎧に弾かれた。文字通り返す刀で来る鎧武者の反撃を辛うじて受けるが重い。たたらを踏む。
「っ!」
ふわりと浮いてついてくるブラウドラッハが続ける。
「そこで提案じゃが、妾に手助けを頼んでみてはどうじゃ? お主の力を引き出す支援をしてやろう」
「手助け?」
リップの爆炎が続けざまに炸裂。
吹き上がる爆炎の向こうには仁王立ちの巨体。
煙にまぎれて仕掛けた夏央の攻撃ははじかれ、巨大な左手の一振りをまともに食らって硬い大理石のような床に叩きつけられる。
息が止まる。
倒れた夏央に追撃をしようとした鎧武者を、スープラの放った竜巻状の攻撃が切り刻む。しかしダメージはほとんど与えられていない。
状況は良くない。むしろ悪い。
持ちこたえられる気がしない。
「うむ。お主のマナと引き換えの支援じゃ。妾は自分では動けぬからの。それ以外は何も奪わぬ。気軽に頼むが良いぞ?」
夏央は必死で起き上がる。
ブラウドラッハが今までにないほどの真剣な表情でこちらを見ていることに気づく。
軽い言葉とはまったく釣り合わない、その目。
エネルギー的なものが欲しいのは本当だろう。でもきっとそれだけじゃ無い。
これは間違いなく助けてもらわなければいけない状況だ。選択から逃げれば誰かが死ぬ。
夏央は内心おびえつつも覚悟を決める。
それに、こんな目をされて断れるわけがない。
「どうすればいい?!」
スープラに迫る槍。夏央は走りこんで勢いと共に弾き返す。
槍に触れた瞬間、攻撃に反応して現れた防御力強化? の支援法術が砕け散った。両手が痺れる。
目の前でリップが弾き飛ばされる。いや、後ろに飛んで衝撃を殺したのか?
リップの前に駆け込み、追撃してきた槍を体当たりするようにして弾く。
受け身も取れず無様に転がるがそんなことを気にしている暇はない。
「ようやくその気になったか。ならば妾に全力で懇願せよ。必要なのは妾を使おうとする強い意思。その想いが正しく伝われば妾はお主の助けとなろう」
ブラウドラッハの声が聞こえる。振り向く余裕はない。
額を切ったのか流れてきた血が左目に流れ込む。視界が奪われる。
夏央は二人を背に庇いながら答える。
「俺には叶えたい夢もないし、未来に期待もしてない。でも二人が死ぬのだけは嫌だ! 絶対に嫌だ! 何を引き換えにしてもいいから! 二人を助けさせてくれ!!」
叫びながら鎧武者に突っ込む。剣を叩きつけ、注意を引き、鎧武者の注意を二人から離す。
「やれやれ、実に不格好な懇願じゃな。何も奪わぬと言っておろうが。しかし……お主らしくてよい」
目の前にブラウドラッハが現れて、夏央に抱きつくようにして密着してくる。
温かくてやわらかいのが意外だった。
そのまま、青い光を放ってブラウドラッハは消えていく。
パシン、とあたりの空気が小さく弾けた。
何をしたのか問いかける間もなく、視界が歪む。
身体が重くなり血の気が引く。ふらつく身体を何とか堪えると、一瞬間を置いて、ゾクゾクした感触が背筋を駆け登る。これは……快感だ。
血の気が満ちてくる。身体中がムズムズする。
「うっはあああ」
思わず変な声が出た。
「夏央、大丈夫?!」
スープラの声に顔を上げると、視界が一変していた。
ウインドウが増えてる!
なんか見える数値の項目も増えてる!
鎧武者だけでなく、スープラたちにもウインドウが出た。項目も増えている。
パラメーターも今度は意味が分かる。
良くあるパラメータが出てるな。え? ロキシーが紫?
倒れているロキシーのウインドウだけ紫色の表示。MAXの数値はいずれも桁違いなのに、現在の数値が何もかも驚くほど少ない。
(バッドステータスじゃ。あやつは戦える状態では無いからのう。しかしさっきはちとやりすぎたか。……まあよい。始めるぞ)
右下のウインドウが復活したのをちらりと一瞥する。
スープラに殺到する鎧武者に向かって夏央は半ば無意識のままダッシュ。
そのまま飛び蹴りをくれる。綺麗なドロップキック。
強い衝撃と共に壁際まで吹っ飛ぶ鎧武者。鉄の塊をひっくり返したような音と衝撃があたりに響き渡る。
「え?」
今、俺何したの?
スープラとリップは声もなく驚いているが、夏央自身も驚いている。
こんな重そうなのを一撃? ドロップキックとか初めてしたんだけど。
立ち上がりながら鎧武者のステータスを確認。
大して減ってないな。まあそれはそうだろうな。
思いもしなかった力を得て、なんだか気持ちが前向きになってきた。




