妾と契約せよ、魔王よ
「グランツヴェルトって朝聞いた例の魔具だよね?」
スープラが確かめるように言う。
「求めに応じて……? まあ求めてたのは確かなんだけど」
ロキシーは『賢者自身が神獣になぞらえて生成・召喚した式神を腕輪などに封印』とか言ってなかったか。目の前にいるのは神獣でもなさそうだし腕輪でもないんだけど。愛称まで提案してくるし。自称? むしろ詐称?
「自称でも詐称でもないぞ?」
ブラウドラッハと名乗った幼女がにやりと笑う。
「え?」
心の声がだだ漏れ……ではないらしい。心を読んだ??
「その通りじゃ。そもそも魔具が人の姿をなしてはいけないと誰が決めたのじゃ?」
やはり読まれたらしい。しかし王様から聞いた内容とイメージが違いすぎる。なぜ幼女?
「伝説の魔具なんだろ? あんたそんななりしてるが一体いくつなんだ?」
「デリカシーのないやつめ。乙女に年齢と身長とスリーサイズを聞くとは野暮の極みじゃ」
幼女がガウッと吠える。
「いや、そこまで聞いてないんだけど」
「このなりが気に入らぬか? 妾は悠久の時を生きるもの。姿かたちなどは符牒にすぎぬ。この姿で侮るというならば」
幼女の目が再び蒼く輝き、その小さな体を青とも緑ともつかぬ光の球体が包み込み、四方八方に向けて稲妻がバリバリとほとばしる。
リップだけでなくスープラも流石に青ざめ、リュリーは夏央の懐に潜り込んで器用に顔だけ出す。
「夏央ー、早く謝っちゃいないよー。あぶないよー!」
「えっ? ええっ?」
光の球体は膨れ上がり、閃光とともにはじけた。
「これならばどうじゃ?」
そこに現れたのは、同じように青い髪をした、全く同じでない妙齢の美女。
作り物としか思えないほど整った美貌。蠱惑的といっても控えめにさえ感じるなまめかしい肢体。ふんわりと鼻腔をくすぐり始める魅惑的な薫り。相貌の氷のような冷ややかさ。溢れるような威圧感。
何もかもが、これが人ではないことを明確に主張している。
その周囲では稲妻の残滓のようなものがピシピシと音を立てながら輝いている。
身に着けているものも姿かたちもまるで変ってしまっているが、髪と顔つき、表情から、さっきのブラウドッラハと同一人物だと辛うじて判別できる。
人とは違う次元でこの世に存在する、人外の魔物。そう表現するのがふさわしい。
「ふははは! どうじゃ、恐れ入れ!」
「わー! おねーさんにもなれるんだねー!」
リュリーは楽しそう。
足がすくむような恐怖を覚えた夏央だったが、むしろなんだか馬鹿にされたような気分になる。
ありきたりな発言が何もかもぶち壊しだ。
幼女ではなくなったブラウドラッハは、タイトなドレスの大胆なスリットから、美しい足を惜しげもなく披露し、ヒールの音を響かせて夏央に近づいてきた。
芝居がかった動作で、手の甲を上にして、ゆったりとその手を差し出す。
「さあ。妾と契約せよ、魔王よ」
「だが断る!」
夏央の即答に、呆気に取られたあとぷんすこし始める。
「なんでじゃ! 妾と契約しないとどんどん魔王化が進行するぞ? 徐々に記憶とか感情が蝕まれて抑えが効かなくなってこの城の連中に討伐されるぞ?」
「蝕まれる……? なにそれ怖い」
「じゃろ? さあ、契約せい!」
「やだよ! だってそんなよくわかんないものいきなり契約できないだろ。あんたがなんかすごいってのはよくわかったから、せめてもう少し詳しいことを説明してよ」
「ええい、面倒じゃな」
ブラウドラッハは腕組みをして夏央達を眺めた。
ため息をひとつついて、心底めんどくさそうな顔で語り出す。
「王から聞いとるじゃろが。妾は魔王を制御する為に作られたグランツヴェルトシリーズのひとつ、蒼帝のブラウドラッハじゃ」
腕組みをしたまま夏央達を睥睨するブラウドラッハ。
「妾と契約すれば、種の成長を抑制してコントロールすることが可能になるのじゃ。頭の中で種がスパンと弾けて殺意の塊になることも無い。
いうなればわしらグランツヴェルトは魔王に対するリミッターのようなものじゃな。外部からも制御出来るが、魔王本人にも使える便利なハイブリッド仕様じゃ。さて、他に何か質問はあるかの?」
夏央たちは顔を見合わせた。王様は魔王の制御についてはわからないことが多いと言っていたが、なんかあっさり簡潔に説明された。
確かに、彼女が本当にグランツヴェルトであるならば、王様よりはるかに詳しい情報を持っていることになる。しかも本人が「魔王のリミッター」とかわかりやすく言ってのけた。
「なんじゃ? おかしな顔をして」
「いや、そこまで知らなかったんで」
「オバケじゃなくて良かった……」
「魔王に対する能力だけじゃなく、力を引き出す能力もあるって聞いたんですけど違うの?」
スープラは見知らぬ相手だととりあえず敬語になるらしい。礼儀正しいな。
「うむ、そういう力もあるぞ。魔力ブーストアップ機能じゃな。使い手側もしっかり鍛えておかないとあっさりブローして使い物にならなくなることもあるから気をつけるのじゃぞ? あと、力を行使することと引き換えに、肉体もしくは精神の一部を対価として貰うことになっておる」
「何それ怖っ!」
「代償もなく安易に力を得られると思われても困るの」
美女は当然のような顔をして言い放つ。
「なんかむしろ今のでやばいアイテム感が増した気がするんだけど」
「なんでじゃ! せっかく説明してやったのに!」
リップの発言にさっきまでドヤ顔だった美女、ご立腹。
ぷしゅっ、と空気の抜けるような音がした。
あれ、ブラウドラッハの胸、小さくなってないか?
「む、やはりエーテルが足りぬか。長い間ここにおったからのう」
やれやれ、といった様子でブラウドラッハがぼやく。
ぽわっと煙が上がり、あっさりと元の幼女に戻ってしまった。
「あ、幼女にもどった……」
「こっちのほうがかわいいよねー」
「うるさいわ! この姿が一番効率が良いのじゃ! わしは腹ペコなのじゃ! さっさと誰か契約してエーテルもしくはエネルギーになる対価をよこすのだ!」
じたばたしている。子供が駄々をこねているようでなんだか微笑ましい。伝説のアイテムと言うよりもむしろリュリー寄りな感じが。
「ん? お主たちの潜在能力もなかなかのものじゃな。妾と契約するか?」
ブラウドラッハはスープラとリップをまじまじと見た。
「いや、待て。髪の長い方、お主……」
「あ! あたしすごいの? 何が出来るの?」
食い気味に声を張り上げたリップに、ブラウドラッハの言葉が遮られる。
「う……あくまで潜在能力じゃ。そこから先はお主の修練次第じゃが。試しに契約してみるか、娘? ん……来たか」
通路に人の足音。
ロキシーとサーフ、数名の城の衛兵っぽい男達が現れた。ロキシー以外はガタイも良くてみんな強そう。
「強い魔力を感じで来てみれば……そこの娘、何者ですか?」
明らかな警戒態勢のロキシー。
「久しぶりじゃな、ロキシー?」
誰何されたブラウドラッハが気やすげに声をかける。
「どこかで会いましたか?」
怪訝そうなロキシーにブラウドラッハがげんなりした。
「やはりな」
「この子はー、ブラウドラッハちゃんだよー」
「ちゃん付けするでない! 親しみと敬意を込めて『ブラーシェ様』と呼べ!」
「なっ?」
がうっと吠えるブラウドラッハをロキシーが驚きとも混乱ともつかない顔で見つめる。
「思い出せぬか? 人の体を好き勝手やってくれおったくせに」
「「「えー?」」」
綺麗に声が揃った。サーフも衛兵達も微妙な表情を浮かべている。ロキシー何をした?
「誤解を招くような言い方はやめてください」
「やれやれ、冷たい奴め。コレなら思い出すか?」
ブラウドラッハはとてとてと歩み寄り、小さな手でロキシーの手を無造作につかんだ。
あまりに無造作なその動きに、反応し遅れたらしく、あっさり手を握られるロキシー。
瞬間、握った手から青い光がほとばしる。
ロキシーは立ち尽くし、それから貧血でも起こしたかのように、眉間にシワを寄せ、ぐらりと倒れる様にしてうずくまった。その顔は青ざめ、全身がブルブルと震えている。
「そんな馬鹿な……こんな姿になれるなんて」
「お主は妾の声に耳も貸さなかったではないか。そんな奴の前に現れてやる義理はないわ」
「ロキシー、大丈夫?」
スープラが見かねて声をかけた。
「う……いえ、大丈夫です。くっ……少し時間を置けば何とか……」
うずくまったまま、苦しげに答える。
なんだかしどろもどろに弁解してる感じ。どう見ても問題ありそう。
「ロキシーに何をしたんだ?」
「妾を忘れておったから記憶を少し呼び戻してやっただけじゃ。害はない」
「忘れていた訳ではありませんが……。あなたがブラウドラッハだということは理解しました。強い力を放出するはずですね…」
ロキシーが認めたのでどうやら本物のブラウドラッハで間違いないようだ。
「ノインドラッハ山にあるんじゃなかったの?」
「いえ、あれはグランツヴェルトを狙う者たちへのブラフです。見事に引っかかって山頂は大騒ぎらしいですが」
ブラウドラッハは肩を竦めた。
「手の込んだことをしてご苦労じゃの。しかし結局城も襲われておるじゃろが。まあ、成り行きは感じておったから、お主なら妾の力に気づくだろうとは思ったわ。しかしまさか二人目が現れるとはの」
ロキシーは困惑したように額を抑えている。
「私にとってはあなたとコミュニケーションが取れることもそれと同じくらいの驚きなのですが」
「旧交でも温めるか? じゃが、その前に、呼んではおらぬものまで招いてしまったようじゃな。我ながら考えなさすぎたか」
「そのようですね」
ロキシーがサーフに目配せする。
「各自、周囲を警戒してください。スープラ達は壁際に下がって」
言いながら、ロキシーとブラウドラッハの視線が交差する。
「妾と契約するか?」
「いえ、遠慮します」
「即答か。ま、良いわ。お手並み拝見といこう。妾は戦力としては期待してはならんぞ」
ブラウドラッハはふわりと浮きながら、値踏みをするような視線をロキシーへと向けた。
夏央「術式って何言ってるのかよくわかんない」




