待ちくたびれたわ
話はひと段落したのだが、誰も夏央の部屋から出ていく気配がない。
なんとなくダラダラと話していたが、夜も更けてきて、ちょっと妙な雰囲気。
リュリーはスープラが持ってきたタオルっぽいものを敷いた籠で早々に寝た。ペットか。
「えっと……そろそろ寝たいんだけど」
「えっ? あ、電気消そうか?」
「そ、そうだね。もう遅いし!」
何だこの状況。どうしてこうなった。
「いや、おかしいだろこのやり取り……。二人とも自分の部屋で寝ないと」
「私たちもこの部屋だよ?」
「ほら、荷物だってあるし」
リップが指さした先には、いつの間にか二人分のリュック。
「え? あれ? さっき別の部屋に行ったよね?」
一体この荷物はいつの間に。お風呂の前には確かに別の部屋に入ったはず。
「あっちの部屋は着替え用に借りただけなの。もう返しちゃった」
「王様がすんなりこのままにしていてくれるとは限らないからね。今日はここで備えることにした!」
なんか楽しそう。いや、二人ともなぜ。イベント感満載なのか。魔王防衛イベント?
「いや、そうは言ってもさ」
「はあ? スープラに変な気を起こしたらマジで魔王討伐開始するから!」
むしろ魔王討伐イベントになるらしい。
「え? 私? リップは?」
「えっと……夏央は私より弱いから手は出せないでしょ? 無理無理」
「手を出す前提で話を進めるのはどうかと……」
「だって男の子はいろいろアレだってロキシーが言ってた」
「アレってなんだよ……」
「ほらー、こう言ってるし、夏央は大丈夫だよ」
「それが甘いんだって。ただでさえスープラは隙があるんだから」
「そうかなぁ」
自分の発言というか存在自体さえ流されてるような気もするが、さっきまでのちょっと妙な雰囲気はだいぶ薄くなったので夏央はよしとした。
どうやらこのふたりが別の部屋で寝てくれる可能性は無さそうだな……。
夏央はおとなしくもうひとつのベッドに移動した。
「じゃあ俺はこっちで寝るからほどほどにねー」
「え?」
「あれ?」
とはいえ。
大して広くも無いひとつの部屋に、お風呂上がりでなんだかいい匂いがする美少女が二人。しっとりと濡れた髪が妙に色っぽく見えてしまう。
こんなの寝れるはずが無い。訳もなく緊張してしまう。
野営は大丈夫だったのに、と思うがあれはそもそも状況が違う。散々歩いて戦闘もこなして、あのときはそんなこと考える余裕も無かった。お風呂に入れてないから一定の距離感もあったし。
うーん、これはつらい。
命の危険も感じたしすごく疲れたから、さっきまではとても眠かったのに、今はもう全く寝れる気がしない。むしろ目が冴えてきたような。
それは、なんとか眠ろうと努力していた夏央がほんのちょっとウトウトした瞬間だった。
突然、寝ていたはずのリュリーがキラキラーっと音を立てて飛び上がった。
「なおー!大変だー!」
リュリーが言い終えた瞬間、近くで雷が落ちたかのような、すごい爆発音と衝撃が同時にきた。
ズン、と城がかすかに揺れ、窓ガラスがビリビリと振動する。
夏央は飛び起きた。
「何が起きた? というか何でリュリーはわかった??」
「妖精はねー危険がわかるんだよー」
「何が起きてるの?」
「んー、よくわかんないー」
「なんだよわかんないんじゃん」
リップが機嫌悪そうに突っ込む。
「でもぴりぴりするよー」
「さっきのは何だったんだろうね?」
スープラが首を傾げると、リップは急に真顔に戻った。
「いや、待って。なんかあったのは間違いないんだ。スープラ、夏央、着替えて戦闘準備。夏央はあっち向いてて!」
「了解。魔王防衛戦の可能性大だね」
おもむろに着替え始めた二人に夏央はあわてて顔を背ける。
ちらっと見えた? いや、何も見えてないよ!
あ、そうか。俺も着替えないと。
後ろを意識しないようにしつつ着替える。えっと何を装備すればいいんだっけ? 完全に気が緩んでいたので何をすればいいか混乱する。
「あの肩甲骨のラインがいいよね……」
「何気にしっかり筋肉ついてるよね……」
妙な気配というか言葉が聞こえて振り返ると、身支度を整えた二人と目があった。
「え?」
「あっ? い、いや、遅いぞ夏央」
「うーん?」
「なおー、早く服を着ないとふたりに食べられちゃうよー」
「「たべないよ!」」
食べられたら困るので夏央は手早く服を着て身支度を整えた。
ドアを開けて辺りの様子をうかがう。城の中も外もざわついている。どうやら城の外で複数の爆発があったらしい。
「外ってことは直接夏央とは関係無いのかな?」
「でも侵入者が、とかなんか物騒な言葉が聞こえたよ? それって普通にあることなの?」
「そんなわけないでしょ! とりあえず状況把握は必要ね、行くか」
「わたしが偵察してこようかー?」
「いや、リュリーは飛ぶとキラキラーって音するから目立ってダメだろ」
「音はねー、消せるよー。息止めると静かになるのー。しかも私が触れてる人も一緒に見えなくなるんだよー」
なんとミュート+透明化機能があるらしい。でも本人の油断であっさり解除されそう。
「ううん、みんなで行こう。万が一バラバラになったらそっちの方がまずい気がするし」
スープラの提案で全員で外の様子を見に行くことになった。
城の中はざわついていて、情報が錯綜しているようだった。同時多発的な何がが起きたのでは、という話も聞こえてきた。
ふと、夏央の視界を青いものが横切った。
今朝見かけた青い髪の少女。
この出来事に関わる存在なのかもしれない。
こっちだよ……
「今なんか言った?」
呼ばれたような気がして、夏央は振り返る。
スープラもリップも首を横に振る。
「リュリーは?」
「私じゃないよー」
だとすると今の少女なのだろうか。
夏央は何か引っかかる気がして、少女の消えた方に足を向けた。
「夏央どこいくの?」
「いや、なんか小さい女の子が走って行った気がして」
「迷子かな?」
こっちだよ……
そっちじゃないよ……
声の方に向かうが、夏央にしか聞こえないらしい。
「なんかの罠じゃないの……?」
「あんまりこっちの方は来たことないな。ここどこだろ?」
何かまずいかも、と思いつつも、好奇心を抑えきれず、夏央は先に進む。
急に開けた場所に出た。
しん、と静まり返った空間。
天井はドーム状になっていて、かなり広い場所だ。
「ここは?」
「……夏央、ここダメなとこだよ。お墓だ。」
「城の中なのに?」
「うん、お城の地下に歴代王族のお墓があるって聞いたことがあるよ。たぶんここじゃないかな?」
「は? そしたら夏央が見たって女の子は幽霊ってこと?」
リップが目に見えてオタオタし始める。
「リップはオバケ苦手だからねー」
「ううううるさい! 出よう。今すぐ出よう!」
リップの大声に反応したかのように、部屋の中央にぽっと青白い光がともる。続いて聞こえる声。
「遅かったの、待ちくたびれたわ」
光は大きくなりじわじわと人型をなしていく。
「ででで出たー!!」
「ううん、違うみたい」
慌てるリップと対象的にスープラは落ち着いている。
「その言い方はおうさまー?」
リュリーはいつも通り。
「なんでじゃ! この可愛らしい妾を捕まえてじいさんと一緒にするとは何事じゃ」
全力でつっこみつつ現れたのは、夏央が何度か目撃していた、青い髪の少女。
小学生位だろうか? その小柄な容姿に反して、登場の仕方と話している内容からして普通の幼女ではないのは間違いない。
目が覚めるような青い髪は、腰よりも長く、無造作に伸びている。身に纏うのは青いワンピースで、足元は裸足。
勝気な表情で、興味深そうにこちらを見ている。
「ほう、お主が魔王の種の苗床か。確かに……お主の心にはなんとも虚ろな闇があるな。これなら種に入り込まれるのもやむをえんかのう」
「......闇? 俺に?」
「そうじゃ。気づいておらぬのかえ?」
「いや、うーん」
闇、と言われてもなんともイメージがわかない。厨二病とかラノベとかでしかお目にかからない単語だ。
「おぬしは生きることに価値を見出しておらぬだろう? まだ見ぬ未来に喜びを見いだせぬのではないか?」
未来は怖い。きっと何かが失われるから。
でも、突然現れた幼女に自分の内心を言語化される理由が分からない。
「なんでそんなことが……」
「ふふ。妾にはわかるのじゃ。時を止めておく事はできぬ。全てのものは移ろい、変わりゆく。しかしお主はそれを恐れ、悲しむ。悲しみは闇へとつながり、種はお主のその闇を好み、育てる。支配はもう始まっておるわ」
幼女が笑う。いや、幼女の形をしたまったく別の何か。
「支配……?」
「そうじゃ。まずはお主をこの世界に適応させるためのチューニングといったところかの。おかしいと思ったことはないか? この世界に自分はなじみすぎているのではないか、と。理由もなくこの世界は好ましいと思ったことは?」
それは確かに思っていた。この世界にまだいたいと。理由はわからないけど何故か馴染むと。
何か致命的なことを指摘されている気がする。
「確かにそれは……でもなぜそれを」
夏央の問いかけをさえぎるように声が聞こえてくる。
「夏央? どうしたの?」
「なんかーかわいいー!」
「あんた誰?」
今の会話、三人には聞こえてなかった? どうなってるんだ?
「やれやれ。なんともさわがしい連中じゃのう。今良いところじゃったのに」
幼女はふわりと浮かび上がり、夏央に近づいた。
夏央の目線より少し上まで浮かび、見下ろす。
「う、浮いた?! ややややっぱり幽霊?!」
リップが腰を抜かしたようにへたり込む。なんかもう真っ青になってる。泡吹きそう。
「失礼じゃな! 人のことをバケモノみたいに言うでないわ」
幼女はリップに向けた目線を夏央に戻す。
「わしはグランツヴェルト、ブラウドラッハじゃ。おぬしの求めに応じて姿を現してやったのだぞ。感謝するのじゃ。親しみを込めて『ブラーシェ』と呼んでよいぞ」
その目が緑がかった蒼に輝いた。




