先代は生きておる
◇◇◇
「王、一体何を視たのです?」
レバック王と二人きりになるなりロキシーは聞いた。
レバック王は険しい表情を隠そうとはしなかった。
「とかくたくさんのものが視えてはいたが、グランツヴェルト・ブラウドラッハを身につけた夏央の姿が浮かんだ。種の存在も確かに感じた。魔王召喚は抑制したつもりだったが甘かったのう」
「そうでしたか……」
視えたからだろうな、とはロキシーも考えていた。
「って抑制? 王が? いつの間に?」
「う、うむ、ディアスが王妃に渡していたものの改良版を作ってな」
「王は気づいていたのですね……」
「伊達に王などやってはおらんよ。ディアスとは仲も良かったしの。しかし、ちょっとやそっとで封じられるようなものでは無かったようじゃな」
「グランツヴェルトで魔王の制御が出来るというのは一体?」
「それも例の施設とゲシュペンシュタットから僅かに掴んだ情報じゃ。断片的な情報を繋ぎ合わせ、朧気ながらわかったという程度でしかない」
「しかし……新たな魔王が現れたのならば、先代が封印された、もしくは死んだということでは……」
「いや、先代は生きておる。夏央はいずれ彼女と対峙することになろう」
ロキシーの表情がこわばる。
「それも視えたのですか……?」
視えたのだろうな、とは思っていた。しかし、レバック王の次の言葉はロキシーの予想を完全に超えていた。
「これから起ころうとしているのは十年前の再現だ。いや、むしろ十年前より深刻じゃ。最悪の場合、我々はふたりの魔王を相手にせねばならん」
王の言葉は無慈悲なほど淡々としている。
ロキシーは絶句する。辺りが薄暗くなり、すぐ近くで雷鳴が轟くような強い衝撃を受ける。幻覚の筈なのに、轟音に震える大気をロキシーは確かに感じた。
一人でも世界を蹂躙できる力を持った魔王が二人になる。十年前の魔王が行方不明となった理由は不明のままだ。十年前ならともかく今の自分には……。
ロキシーは思考が止まるのを避けようとするかのように言葉を絞り出す。
「そんなことがありえますか?」
「でなければ魔王やグランツヴェルトなど出てくるはずも無かろう。あれほど秘匿された魔具、関わりがあるとすれば十年前の奴らしかおるまい。魔王を崇拝するあ奴らは大きな打撃を受けはしたが死に絶えたわけではない。様々な出来事がそこに集約されるならいろいろ説明はつく」
「……夏央は一体何者なのですか?」
「……分からぬ。悪い者ではない。しかし、種に魅入られる闇を抱えているのも確かだ」
「しかし、本当に……あれを使わせるおつもりですか?」
「うむ、魔王の制御という意味ではこれ以上のテストはあるまい。いずれにせよ、これからのこの世界のためには必要な事じゃ」
「しかし」
「しかししかしとうるさいの。そもそもお主はどちらの味方なんじゃ。この裏切り者め」
ロキシーはぐっと言葉につまり、それからしれっと言い返す。
「……スープラとリップを見守ることは私が自分に課した、生きる唯一の意味です。そちらを優先しただけの事です」
「……まあよいわ。抑えることは出来なくとも、力を引き出して元の世界に戻ってくれれば、役に立ってはくれずとも害になることもなくなるのじゃ。夏央にとってもそれほど悪い話でも無かろうよ」
「グランツヴェルトは本当にあの場所にあるのですか?」
「ロキシーよ。『グランツヴェルトはノインドラッハ山の神殿にある』のじゃ」
ロキシーの問いかけに王は不敵な笑みを浮かべ、噛んで含めるように言う。
「それでよいのだ。ゲシュペンシュタットが滅ぼされたのだ。この城にも奴らの手は以前から伸びている可能性は高い。戦後のどさくさに紛れて人を送り込んでおいたならば今となっては調べることは不可能じゃ。この餌に必ず食いつくはずだ」
それでは夏央は囮ですか、という言葉をロキシーは飲み込む。
レバック王はロキシーの心を見透かすように言った。
「そうではない。夏央にとって必要なのも確かじゃ。彼が今後どのような道を選ぶのかまではわからんがな。わしはそれに乗じる、ということじゃ」
ロキシーは黙って頭を垂れた。
◇◇◇
ロキシーが、立ち去った後。
「ゆい、かさね。おるか?」
呟くような王の声に答えるように、王の背後に二人分の気配が生じる。ともに無言。
「話は聞いておったな。これより策を授ける。ロキシーと協力して事に当たれ」
◇◇◇
風呂から戻った夏央がベッドでウトウトしていると、いきなりドアが開いた。
リュリーを肩にのせたスープラとリップがスッと入ってきてドアを閉める。
「え?何?」
二人は一呼吸置いてドアをあけ、廊下を確かめるとまた閉めた。
「誰もいないね」
「まあ、城の中だし大丈夫でしょ」
「何がどうなった?」
「さては夏央、昼間に後ろをつけられてるの気づいてなかったな?」
「いや、全然」
「事情が事情だからね。まあ、本物なら私たちにも気づけない気はするけど」
なんか尾行されてたらしい。
二人はなんかさっぱりとした部屋着に着替えて、ほのかに湯上りのいい匂いがする。
スープラとリップに自分がいたベッドを譲り、夏央は床に腰を下ろした。リュリーは夏央の頭上に載る。
ふたり部屋らしくベッドはもう一つあるが、一人で二つ使うのもな、と遠慮してそちらはそのままにしておいた。
誰が聞いてるかわからないから外では話すのは控えてたんだけど、と前置きをしてスープラは話し始めた。
昼間はそんな会話が一切無かったのは避けてたのか。
「なんだか訳の分からないことばかりだね」
「やっぱり夏央は普通の人間じゃなかったのか」
「いや、一応……たぶん……まだ普通の人間だから。魔王とか秘めた力とか言われても実感がないっつーか」
本当に実感がわかない。
「こっちも実感ないわ」
「まおー!」
リュリーは楽しそうに夏央の頭に乗っている
「でも、絶対あの二人は何かもっと大事なことを隠してると思うよ。聞いても言わないだろうけどさ」
「うーん、言わないだろうね……」
「一体何を隠しているんだ?」
「言えないことなのかなー?」
「いや、それはそうでしょ。むしろ何で言えないのか、ってことが問題なんだよ」
リップは眉をひそめる。そう、なぜ言えないのか。そこにこの謎を解く鍵があるように思えた。言えないということは、その内容に何らかのマイナス要因があるはずだ。
「王様がさ、グランツヴェルトの話をしたとき、なんかおかしかったよね?」
確かめるように、スープラが言う。
「ロキシー、大声出してたな」
「確かに」
リュリーは夏央が頷いた勢いで頭の上から転げ落ちる。
「ちょーっ」
考えることに夢中で、夏央は気付いていない。リュリーは口をとがらせ、ふわっと飛んで元の位置に戻った。
「大声なんか出さない人だよな?」
「うん。私たちは小さい頃からずっと見て来てるけど、大声を出したところなんて見たことないよ。今回が初めてかも」
「だねー」
「落ち着いてるもんな」
「先の戦争で活躍した英雄だからね。多少のことじゃ動じないよ」
夏央はその言葉に何か閃くものを感じた。
「十年前の戦争……?」
四人は顔を見合わせる。ただ、夏央は二人の心の傷に無遠慮に触れてしまったような気がして、少しだけ気が咎めた。
夏央のその表情に気付いたらしく、目が合うとスープラは穏やかな表情で首を横に振ってくれた。
「何か関係があるのかな?」
「あると思う。他に原因になりそうなものはない。たぶんそれだ」
きっぱりとしたリップの言葉に、みんなは顔を見合わせて黙った。何か開けてはいけない扉を開いたような後ろめたさを感じた。
「……でもこの話題って今までロキシーと話したこと無いんだよね」
スープラはぽつりと言って、続けた。
「ロキシーが英雄だったことは知ってる。戦争のことも学校の授業で習った。でも、ロキシー自身の口からこの話ってほとんど聞いたことが無いんだよ。私たちを助けた、ってことぐらいで」
リップは腕を組んで少し考え込んだ。
「そうだね。ロキシーがどこでどんな活躍をした、とか、そういうのはなかった。むしろ何となく避けてる感じがして、自然と話題にして来なかったな」
「それが当たり前になってたからもう気にもしてなかったよね。辛いことがあったんだろうなとは何となく思ったけど」
夏央はもう少し十年前の戦争について聞いてみたかった。そこにはグランツヴェルトをめぐる何かがあったはず。あのロキシーに声を張り上げさせるほどの何かが。
ただ、彼女たちの気持ちが気になって、夏央はこれ以上この話を続けることが出来なかった。
辛いことがあったのはロキシーだけじゃない。昨日のスープラ達の姿を見ると、気軽に触れてはいけない話題だと思ったからだ。
話は一旦終わってしまった。




