最初に説明してくれるパターン
フラグが立たなかったのか、まだ夢は醒めなかった。
「あとは私が何者か、ですかね。とりあえず名刺をお渡しします。おそらく、あなたの世界ではこういうものを使うのでしょう?」
ロキシーが両手で差し出してきた名刺を夏央は受け取った。
うん? 今ちょっとドヤってたか?
ドラマか何かで見たことがあるような気がするが実際に受け取るのはもちろん夏央は初めてだ。
今「あなたの世界」って言ったよな、この人? さっきも異世界って言った? やっぱり世界が違う設定なのか。
受けとった名刺には、日本語で『ゴッデスフルス国王補佐官 王立法術士協会常任理事 シュティレンヒューゲル王立学園学園長 ロキシー・バニエール』と印刷されていた。左上には紋章のような絵柄が描かれている。
裏を見ると同じような内容が英語で書かれているっぽい。夏央は英語はイマイチなのでよく分からないけど。何やら偉いらしいというのは伝わった。
若いのにすごい。いや、読める? ん? いいのか、これで?
夏央が顔を上げると、ロキシーが少し不思議そうにこちらを見ている。
「あなたの名刺は?」
「いや、コレは会社に行ってる大人しか持ってないものだと思うので……」
「ああ、学生さんですか。確かにお若いですしね。では、ひとまずお名前をうかがってもいいですか?」
「あ、樹崎夏央です。夏央でいいです」
なぜか物分りの良いロキシーにつられて言葉遣いが無意識に丁寧になる。
いや、そうじゃなくて。なんだこの中途半端に通じる感じは。
「いやいや。そうじゃなくて。えーっと、あれ、何から聞けばいいんだ?」
改めて夏央は混乱する。聞きたいことがありすぎる。
「まあ、そうでしょうね。ここがどんな世界なのか、あなたに何が起こったのか、私にわかる範囲で説明しますよ。この世界があなたの世界とどう繋がっているのかについても併せて」
良かった。最初に説明してくれるパターンか。しかしよく出来た夢だ。
「あ、ちなみに、誤解のないように言っておきますが、これは現実ですよ?」
ロキシーは夏央の思考を読んだように、穏やかに否定した。
リュリーが頷く。
「そうだよー」
「うんうん、なるほど。っていやいやいや」
すっかりツッコミ役が板についてきた。ノリツッコミまでできた。意外な才能だと夏央は自分でも感心する。なかなかよくできたチュートリアルだ。あんまり長いと苦痛だから一時間程度でお願いします、ってゲーでは無いか。
「まあ、そう思うのも無理はないですし、意識が曖昧ならそう誤解していてもらえる方が話が早いんですけどね」
「いいんじゃない別にー。こっちは困らないしー。術式で拘束してるんでしょー?」
「まあ、それもそうですね」
夏央を置き去りにして、二人? で納得している。
ロキシーは夏央の前に椅子を持ってきて座った。
「さて、そもそも、人の住む世界は一つだけではありません。無数の世界が、相互に影響しあい、並行して存在しています」
うん、よくある話だね。夏央は頷く。
「比較的似かよった世界は、パラレルワールドのような、似て異なる可能性の世界でもあります。
私たちのこの世界とあなたの世界は、存在の近さ故に次元の距離的な近さも発生しているため、時折何かのきっかけでポートと呼ばれる穴が生じます。その生じたポートに引き込まれる形で、こちら側に迷い込んでくる方がまれにいます。あなたもおそらくこのケースに近いのだと思います。
この現象は、広く一般に知られている、という程ではありませんが、過去の事例もあり、この世界では、ある程度認識されていることです」
ロキシーの話は、よくあるラノベのようでもあり、夏央は比較的すんなり理解出来た。
似て異なる異世界で、夏央は何らかの理由でこちらの世界に来た、と。夢ではないと否定してくるあたりがそれっぽい。
とりあえず「死んで転生」系ではないらしい。ロキシーは異世界の神にしては庶民的な感じがするし。
しかも、ロキシーが出してくれた飲み物は名前も味も紛れもなくコーヒーだった。ちゃんと砂糖とミルクも付いてきた。
目の前のコーヒーが妙なリアリティを与えているな。そんなことに感心しながら、夏央は話を聞いている。
「まあ、受け入れがたい話だとは思いますがね。そうそう、だから異なる世界なのに言葉が通じ、文字が読めるのですよ」
「おお、なるほど。便利」
ロキシーの言う通りだ。この別の世界の住人たちと、夏央は当たり前のように言葉を交わしている。名刺も普通に読めた。
「といっても、私自身、実際にこうして話をするのは初めてなのですが」
まるで初めて話しているようには見えないほどロキシーが落ち着いているのは不思議だな。基本的にこういうキャラなのかな。
ロキシーの話では、この世界に夏央のように迷い込む人間はいるが、普通は意識を失ったままか、もしくは半分寝ているような意識がもうろうとした状態になっている。夏央のようにきちんと会話ができるケースはかなり稀なのだそうだ。
伝聞と状況からの推測だと前置きしつつ、ロキシーは夏央が現れた状況を説明してくれた。
夏央は、早朝、ロキシーが理事長を務めるこの学園に併設されている女子寮の大浴場の屋根を突き破って現れたらしい。幸い落下地点に人はおらず夏央以外にけが人はなし。学生の通報を受けて学園の警備部が出動、状況等を鑑みて異世界人と判断してロキシーの指示を仰ぎ、いまこうして夏央はここ理事長室にて治療のうえで事情を聴かれている、ということだった。
「そうか、異世界人かー。はじめましてー。私が第一発見者だよー」
「さっきリュリーにはその説明しましたよね?」
「そうだっけー?」
「確かにいたような気がするな、妖精さんが」
怒ってた妖精と同一人物らしい。まあ 下敷きになりそうだったんだから怒ってもしょうがないか。
あの可愛い子も無事だったのかな? 夏央はすこし心配になる。
ロキシーが続ける。
「十数年前に現れたというあなたと同一タイプの異世界人、まあこの方もイレギュラーだったようですが、その方とのやりとりを記録した文献を読んだことがあります。言葉は同じでも、文明や文化、国家体制など我々の世界とはだいぶ隔たりがあるようですね」
夏央の世界について、ロキシーはある程度が知識があるようだ。
「でも名刺の件がちょっとおかしいよ」
「文献では、そういう手続きがあるとあなたの世界の方、あなたよりは年上だったようですが、その方から説明をうけたそうですよ」
絶対サラリーマンだろその人。名刺出すとか錯乱してるな。夏央は自分のことを棚に上げて思わず笑ってしまう。
「その人はどうなったの?」
「……異世界と異文化について書かれた文献で、その人がどうなったのかについてはわからないですね」
ロキシーは少し遠い目をした。
わからない、ってのがよくよく考えてみると怖い。未開の世界という感じではないから何かとんでもない目に合わされるとかはなさそうではあるんだけど。
「だいぶ隔たりがあるって言ったよね? どう違うの?」
「ええと……そうですね。私たちの社会の仕組みは、文献に書かれたあなたの世界の言葉だと『立憲君主制』というものに近いそうです。
国家の支配は王が行っています。以前は国家の統一を行ったゲシュペンシュタット王家による支配体制が確立されていましたが、十年前の魔王との戦争でこのゲシュペンシュタット王家が滅ぼされたため、現在はその配下にあった有力な五王による合議制によって中央政府が運営されています。
国土は大小様々な王家に分割して統治を委ねており、各領国の運営は中央政府の定めた法に従いつつも、それぞれの王家が行っています。だいぶ違うでしょう?」
夏央は唸る。本当に全然違う。しかしまあよくできてる。
戦国末期とか中世ヨーロッパに近いイメージなのか? 日本史は得意だけど世界史って苦手なんだよな……というよりも、一番気になったおかしな単語。魔王。
「……魔王との戦争って何?」
「この世界では数百年に一度、魔王が現れて世界を焼き尽くします」
ロキシーはさらりと答えた。
「やきつくす?」
夏央は馬鹿みたいに言われた言葉を繰り返す。
「二百年ほど前に魔王が現れた際には、大地震と火山の噴火、大津波などが引き起こされたのち、海から出現した巨大な魔物に国土を蹂躙され、壊滅的な被害を受けたそうです。十年前にも魔王は現れていますが……その際には勇者と呼ばれる人々の功績により被害は最小限に食い止められました」
「魔王にはやっぱり勇者システムで対応するのか……」
魔王の破壊力も桁外れだがやっぱり勇者がセットだった。魔王と勇者。
古典のイメージだと、じゃがいもで農村にテコ入れしたり経済システムとかどうにかしたり。ファーストフードでバイトしたり。その後は多種多様。「魔王イコール悪」でもないし、勇者が悪だったりするし、ブラック労働者だったりする。いずれにせよ誰もが知ってる意外と身近なセットではある。
しかし、この世界には本当に「魔王」と呼ばれる災いをもたらす何者かが実在するらしい。
まさか自分が戦うわけではないだろうが、それでもなんだかぞっとする。
まるで災害のようだ、そう思うと妙に現実的に感じられて、夏央は身震いした。
ロキシーがコーヒーのおかわりを注いでくれた。




