異世界モノとか間に合ってますけど?
木崎夏央、十七歳。高校二年生。
うん、大丈夫。『ここ病院ですよー? わかりますかー? お名前言えますかー?』と聞かれても答えられるくらいには意識はある。
えーと、夏休み初日から容赦なく実施される剣道部の朝練に向かってたはずなんだけど。なんか変なものを見た。
夢か? どこから夢だったんだ?
まあ、たまにそういう夢ってあるよね。
うつらうつらとしながら、夏央はそんなことを考えていた。
「……ええ、分かりました。ではそのように手配します。……いえ、私は。しかしそれはさすがに……」
誰かが話している。
ああ、ほらやっぱりさっきのは夢だったよ。変な夢だったなぁ。
夏央はぼんやりとしたまま、少し安心する。あんなに痛かった頭も体も痛くないし。
夏央は目を開いた。
なんか小さい人間みたいなのが宙に浮いている後ろ姿が視界に飛び込んできた。
え?
レオタードのような服が、形のいい小さなお尻にきゅっとくい込んでいる。
その上には半透明の羽が四枚。小さく羽ばたいている。淡い紫色の長い髪がフワフワとたなびいている。
さっき見たのと同じくらいのサイズの……妖精のようなモノ。
いやいや、そんな馬鹿な。
夏央が目を覚ましたことには気付いていないのか、妖精さん(仮)は夏央に背中を向けたままふよふよーっと動いた。
思わずビクッと反応しつつも、夏央は声を出すのをなんとかこらえて目をつぶる。
なにかが飛んでいるようないないような気配がする。
まあ、実際飛んでいたんだから気配はするか。 キラキラ~っとした効果音みたいなのも聞こえる気がするがたぶん幻覚だ。
さっきの話し声はいつの間にか聞こえなくなっていた。
何かの気配は感じるが、たぶんさっき見たアレだろう。なにか花のような甘い香りが微かにする。何だろう? こんな香りは自分の部屋には無かったはずだ。
不意に、横になっている自分の胸の上にふわっと何かが載った。それなりに重い。子猫よりは明らかに重い。
……視線を感じる。すごく見られている気がする。
気のせいでは無さそうだ。明らかに見られている。
どうする? 息が苦しくなってきた。いや待て、息を止める必要は無かったんじゃないのか?
混乱に耐えきれず夏央が薄目を開けると。
視界に飛び込んで来たのはどアップの妖精(仮)。
「うおっ?!」
夏央の胸のあたりに載って、赤い瞳が夏央の顔をのぞき込んでいた。
「やっぱり起きてたー! あなた何者ー?」
「いや、お前の方が何者だ? 違う、この場合は……えーっと『食べないでください!』」
「はあ? 食べないよー! 私はリュリー・ルージュ! 可愛らしい妖精さんだよー!」
ぷるぷるしながら自称妖精さんは怒っているようだ。
どこかで聞いたような的確な反応。わけのわからない状況にもかかわらず夏央はちょっとほっこりした。
しかし自分で『可愛らしい』って言ったぞ、この自称妖精さんは。まあ確かに可愛らしいけど。
リュリーと名乗った妖精さんは警戒したかのように、ふわりと飛び上がった。夏央の手が届くか届かないかの距離に浮かんでいる。
非現実的な存在なのに、目の前に確かにいるという存在感。えらく生々しい夢だ。
とりあえず話しかけてみた。
「ここはどこ?」
「ロキシーの部屋だよー? それよりもあなたは誰ー?」
「俺は……」
言いかけて言葉を失う。
自称妖精さんになんと答えればいいのか。名前を名乗ればいいのか。人だと言えばいいのか。
それよりもなんだロキシーって
いやそもそもここはどこだ?
まわりを確認するために体を起こそうとした夏央だったが、体中を襲うビリビリとした痛みに仰け反る。
「痛っ!! な、なんだ??」
痛い。なんかすげえ痛い。どこが痛いのかよく分からないレベルで体中が痛い。
起き上がるのは諦めて、そろそろと首だけを動かして自分の体を確認してみる。
ソファーのようなものに横になっている。なんかオシャレな形といい、体の下に感じる柔らかさといい、明らかに高そうな感じ。
学校の制服を着ているけどあちこち生地が傷んでいる。自転車で転けた? いやそれなら病院にいるはずだ。
視界に入る違和感。
体の数か所に服の上から呪符のようなものが貼られているのが目に入る。
短冊のような白い紙に漢字のような文字が書かれている、まさに呪符としかいいようのない物体。貼ってあるところがなんだか温かい。
「なんだこれ?」
じわじわと手を伸ばそうとすると、
「それはがしちゃだめー!ロキシーが治療のために貼った呪符なんだからー」
またしても妖精さんに怒られた。
「ロキシー? パッケージ?」
「ロキシーは…あれー? さっきまでいたんだけどなー? パッケージはあなたが触ろうとしてるそれー」
全然わからん。
「さっきの声がロキシーという人? 妖精?」
「そうだよー。たぶん人だよー? 法術士とか賢者とか学園長とかなんかいろいろ肩書があるよー」
ほうじゅつし……砲術士? いや法術士? 賢者? なにそのファンタジー。でも学園長でたぶん人? 聞き間違えじゃなければおかしな単語が並んでいたような気がする。
「もちろん人ですよ?」
「ふおっ?!」
不意に息がかかりそうなほどすぐ近くで声が聞こえ、夏央は変な声が出た。
びくっとしたので体が痛む。またしても襲い来る激痛。
「うぐぐ……痛ててて……」
声の方向にゆっくりと首を動かすと、なんかとんでもないのがソファーの夏央をのぞき込んでいた。
深みのあるエメラルドの瞳。整った細面の顔。
輝くようなエメラルドグリーンの髪をポニーテールにした、目の前の妖精さんに負けるとも劣らない、インパクトの塊。ただし、サイズは普通の人間。
ゆったりとしたローブを纏った、人っぽいのがそこにいた。
「えっ? 男? 女?」
混乱の中、とりあえず思ったことが口から出る。顔や全体的な印象は女性的なんだけど、服装とか声は男とも女ともつかない感じで謎。
まだ夢を見てる? 明晰夢ってやつ? いや、しかし他に言う事あるだろう俺。
「ええ、よく言われます」
ロキシーと呼ばれた相手は穏やかに答えた。
いや、質問の答えになっていないんだけど。
夏央はますます混乱する。
「ロキシー、こいつは一体何者なのー? はぐらかすばっかりで全然話にならないよー?」
「いやはぐらかすも何も……。ここはどこで俺は一体誰?」
言ってることがおかしいが、夏央は混乱しているので自分でも気づかない。
辺りを見回す。
何やら立派な広い部屋。日常生活ではまずお目にかかることのなさそうな、重厚長大な執務机。毛足の長い、暗緑色の絨毯。
夏央の位置からでは窓の向こうには青空しか見えない。なんか偉い人の執務室っぽい感じ。
「リュリー、彼はだいぶ混乱してるようですよ」
ロキシーと呼ばれた性別不詳の人物は苦笑する。
「ここは王立学園の理事長室です。あなたは、女子寮にある大浴場の屋根を突き破って現れた不審者ですね。怪我をして昏倒したので治療中。ただし術式で拘束してますけどね。逃げられませんよ?」
穏やかにロキシーは話す。内容は穏やかではないのだが。
女子寮の大浴場?!
夏央はまずそこに反応した。男の子なので。
しかしあの子達はなぜ水着? いや、違う、そこじゃないか。それに不審者って……。しかも拘束???
あまりのわけのわからなさに混乱を通り越して呆れてくる。
「屋根を突き破る目的も理由もないんだけど……。いきなりラッキースケベとかファンタジーか……。どんなラノベだよ……。異世界とかもう聞き飽きたわ……」
ロキシーはふむ、と言った。
「ここが異世界だとわかるとは。やはりあなたはイレギュラーのようですね」
「ああ、やっぱり異世界なんだ」
変な夢。もうその感想しかない。
「本来、異なる世界から紛れ込む方はプロトコルの違いによるものなのか、意識が無い場合がほとんどです。にも関わらず、あなたは意識を取り戻し、会話までしている」
「確かに話してるのー。やっぱり変だよねー」
「しかも、あれだけ建物が壊れるということは、必然的に相応の高さから落ちてきたはずです。それなのにこの程度の怪我で済んでいる。普通死にます。術式で破壊して侵入したのであれば、逆に怪我をしている方がおかしいです。法術の痕跡はありませんでしたし、あっさり捕まってしまうあたりも中途半端すぎます」
「すごかったよー。天井がばーんって壊れて、どーんって落ちてきて。血もだらだらーって流れてたしー」
妖精さんは身振り手振りで一生懸命説明してくれる。
夏央は、ちゃんと話が繋がっていることに感心した。
まあ妖精さん出てきてるしな。
しかし俺は空から降ってきたのか?『親方! 空から女の子が降ってきた!』ってセリフなら昔どっかで聞いたことあるけど。いや、俺、女の子じゃないし、受け止めてももらえなかったみたいだな…。そもそもふんわりと落ちてくるよりもドカーンと落ちてきたみたいだし、受け止められないか……。怪我もしたのか。そういやあ血が……。あれ?
「あれ、血は? 怪我って?」
頭をそっと触ってみるがそれらしい怪我はない。かさっとした感触はなんか紙が貼ってあるような。体と同じものなのか。
「だからー、ロキシーが治療したっていってるでしょー」
妖精さんがぷんすこしている。
「やはり法術の無い世界の方ですか……。ということはやはり……」
ロキシーは目を伏せ、物憂げな表情でつぶやいた。
わずかな沈黙の後、ロキシーは何事も無かったのように続ける。
「その呪符は、治療の術式の補助として貼ったものです。外傷の他、骨へのダメージも見られたようですが。まだ痛みますか?」
今更だけど、そう話すロキシーはなんだか知的な感じがする。医者というか、リュリーが言っていたように、賢者と言われれば確かにそれらしい。
言葉は分かるが単語の意味がよくわからない。パッケージ? スクリプト?
「骨?? とりあえず痛いのは痛いな……」
骨折なら痛みはこんなものではないはず。あとすごい腫れるはず。とはいえ、痛みは引いているような気はする。
ロキシーは夏央を頭から足の先までまんべんなく見た。
「うーん、もう少しみたいですね。体は起こせます?」
そういえばさっき治療とか言っていた。そんな簡単に直るものなのか? ファンタジーといえばまあ納得。そのへんが夢っぽいなあ。
さっきはかなり痛かったけど、慎重に動いたせいか体を起こして座ることが出来た。
鋭い痛みは無かったけど、鈍痛というかだるい感じがする。
怪我が治るとか異世界の夢すごい。夏央はなんだか面白くなってきた。
今目が覚めたらもったいない。
あ、まって。意識した時点で目が覚めるフラグ? いやー、やめてー。




