この世界の定め
夏央は逡巡している間に間に出遅れた。
レバック王とロキシーは、通路が交差したところで曲がっていく。
一瞬、青い髪をした小さな女の子が横切ったような気がした。
あれ? 今の何?
交差するところまで来たが子供は見当たらず、先のほうでロキシーが夏央を待っていた。
夏央は用意しておいたという別室に通された。
レバック王だけではなく、医者とか検査技師のような雰囲気の、白衣を着た数名の男女が待っていた。
そしてそこにあったのは、元の世界で見たことのある、MRIによく似た装置。
MRIは去年車に撥ねられた時に入ったことがある。あの時はミツオに怒られたっけなぁ。
「では、この装置であなたのログを確認します」
たしか前にそんなことを言っていた。ログを確認して元の世界に戻すのだとかなんとか。
なんか魔法みたいになので調べるのだとばかり思っていたから夏央は面食らった。
夏央は機器と検査の内容について色々と説明され、危険がないことも説明され、体調の問診を受け、着替えさせられてそのMRI風の装置に寝かされた。
手馴れた雰囲気に、これはこの世界では当たり前なんだな、と感じる。
夏央は、MRIとは違う低周波の作動音になんだかウトウトしてきた。
◇◇◇
一方その頃スープラは。
当然諦めてはいなかった。
「よし、夏央を探そう」
「あ、やっぱり諦めた訳じゃなかったのか」
「あの状況で抵抗してもロキシーがいいって言うわけないでしょ?」
リュリーがふふーっと笑う。
「よかったー。スープラはなおを見捨てるような子じゃないってわかってたよー!」
「そんなことしないよ!」
「そうだね。勝手知ったるこの城で私たちを除け者にしようなんて無理だってことを教えてあげようか」
リップがニヤリと笑った。
◇◇◇
MRIっぽい装置では、ログとやらは取れなかったらしい。
「やはりログはとれなかったか」
さして落胆した様子もなくレバック王がつぶやく。
既に技師たちは撤収し、部屋には、夏央とロキシー、それからレバック王。
「え? ということは俺はこれからどうなるんですか?」
あまりにもあっさりと普通に帰れる可能性が消えていた。
「いえ、ここまでは想定内です。一応調べてみた、という程度ですよ」
「そういうことじゃな」
レバック王が奥の部屋に声をかけると、間もなく王の前に一抱えもある水晶玉が運び込まれた。
うん、こっちの方が異世界っぽい。
ついでのようにお茶も運び込まれ、一旦仕切り直し、といった雰囲気になる。
「わしは、少し特殊な法術を使って、過去と現在の断片的だが膨大な映像を見ることが出来る。この力を使って、お主がどのようにしてこの世界に来たのかを調べる。あ、害はないから安心して良いぞ」
改めて言われると逆に不安になる。とはいえ、今更逃げることも出来なそうだ。
「場合によっては、現在から推測されるいくつかの未来の映像まで見えることもある。未来の映像については、千里眼だの預言だの言われるがあくまで今この瞬間の予測値じゃ。万能なものではないことをあらかじめ理解しておいてくれ」
そんな説明を含めた、しばしの雑談の後、レバック王が術式を開始した。
レバック王は目を閉じ、前に置かれた水晶に意識を集中させ始めた。低く呟くような声が聞こえて来る。
夏央は、急に室内の空気の密度が上がったような気がした。
水晶の上で微かな光が瞬きはじめる。
◇◇◇
ロキシーは夏央について考えている。
何かの予兆と思える様々な出来事のひとつか。否。彼は「予兆」ではない。彼自身、何か意味を持っている可能性が高い。
レバック王に示された、とある文献に書かれていた魔王の『種』との共通項。明らかなイレギュラー。
また何かが始まろうとしているのだろうか。ほんの少しだけ、過去に思いを馳せる。
命令されるまま、何の疑問も持たず戦いに赴いたあの日のことを。自分たちの出発の光景に、業火に包まれたゲシュペンシュタット王国の最後の光景がオーバーラップしてきて思わず顔をしかめた。
違っていてほしいとは思うが、スープラの変化も気にかかる。確証は無いが、推測が当たっているならば……。
◇◇◇
夏央は、レバック王に何を言われるのか固唾を呑んで見守っている。
ロキシーに言われた「魔王」という言葉が、ありえないと思いつつもやはり怖い。スープラの『むしろ救う側』という言葉にまさに救われた気持ちにもなりつつ、いやいや、自分はどちらでもないはずだと考える。
何かおかしなことに巻き込まれるようなことは正直ごめんだと思う。
同時に、まだ帰りたくないと相反することを願う自分がいる。
明らかに違う世界、ここは過酷。それは理解したつもりだ。でも、それでも。
何も決めたくないからと都合のいいことだけ願っているとは思う。
だけど、この世界で目的を持って生きているスープラとリップが眩しい。どうしたらあんなふうに生きられるのか。
「……むう」
見開いたレバック王の目が、水晶の光を受けたのか、一瞬紫色に輝く。
水晶玉に手をかざしたまま、レバック王は言う。
「お前は世が世ならひとかどの剣士になったであろう。が、あの世界ではその力は決して生かされることはない。……しかし、ここに来た時点でその因果はほぼ途切れた」
「えっ?」
夏央は混乱する。この人は一体何を言っているんだ?
レバック王は静かに言葉を続ける。
「種に魅入られたお主はやはり善悪いずれにも転がる危うさがあるな……。お主の力とこの世界が引きあったのか。いやむしろお主自身がこちらに影響を及ぼした故なのか……いや、それは穿ちすぎか。通常の動作でないなら、ログが無いのも当然の帰結じゃな」
「……王、それは一体?」
独り言のような途切れ途切れの言葉に、ロキシーが怪訝そうに尋ねる。
夏央には、さっぱり話が見えない。
王様は黙って首を横に振った。ひどく老け込んだようにも見えた。
「夏央とやら。覚悟せい。お前は望まないであろう、相当な力を秘めてしまった」
「……王、まさか?」
「『魔王の種』。お主はこの世界に現れた際にこれと結合してしまったのじゃ。種は計り知れない力を与えるだろう。種は発芽し、お主を養分として成長をつづける。……お主は将来的にほぼ確実に魔王化する」
「えっ?」
夏央は思考がついていかない。
魔王化? 冗談じゃなくて? スープラの住んでいた国を滅ぼしたっていうアレ?
「お主は最もありえない組み合わせ足りえた。心の準備はしておったが、まさか一番低い可能性を引き当てるとは」
「しかしそれでは」
「うむ。魔王が現れるなら、それを討ち果たすのがこの世界の定め」
王の声が翳る。
「討ち果たす?」
何かとんでもない事になった。
異世界に来て勇者扱いならまだしも魔王認定だって? 討ち果たすって? これで終わりってこと?
ああ、やっぱり人生ってそんなものなのかなあ。
ここまでの旅は楽しかったなぁ。……でも、スープラ、さっきはなんであんな険しい顔してたのかな?
心残りはそれくらいだけど……ああ、ミツオは心配してるかな?……うーん、どうかなぁ。
夏央の気持ちはゆらゆらと揺れながら沈んでいく。
「すまぬな」
本当にすまなそうではある王様の声。
言うだけならなんとでも言える、と夏央の気持ちが淀む。じゃあ勝手に殺そうとするなよ。
「そんなことはさせません」
優しくも強い意志を感じさせる声に、夏央はハッとなって顔を上げた。
スープラがいる。
リップもリュリーも。
「王様に相談して帰る方法を探すって話だったよね。どうしてそういう展開になってるの?」
「ロキシーひどいよー!」
「私たちは夏央をそんな目にあわせるために連れてきたんじゃありません。納得できません」
「納得するとかしないとかの状況でもないのですが。いや、そういうことじゃ無いですね……。しかし、一体どこから?」
呆れたような、でもどこか穏やかな表情でロキシーが問いかける。
「私たちがこの城で今までどれだけ遊んだと思ってるの? 王様が知らないような抜け道だって知ってるんだから」
「城内のセキュリティはどうしたんです?」
「そんなの、昔王様にもらったコレがあるでしょ?」
リップはカードをヒラヒラとさせた。
「しかし一応夏央の引渡しは終わっているでしょう? いまさら首を突っ込まなくても」
「私たちはこれでも一応GTです。ミッション完了のサインはもらっていませんし、私たちが夏央から引き受けたミッションが終わったとは考えていません」
「王様もロキシーも、私たちのGT初ミッションを失敗で終わらせるつもり?」
「……そう来たか。しかしまあ、そのカード、まだ持っとったのか。自分で渡したとはいえ、セキュリティの意味が無いのう」
王が困ったように笑った。
「分かってたんですか、王?」
「いや、何となくそんな気がしとった。ここぞというときのスープラは別人のように頑固じゃからのう」
スープラとリップが夏央を守るように両側に立ち、リュリーが肩の定位置に戻る。
「遅くなってごめんね」
「あんた、本当に魔王だったの?」
「いや、ありがとう…。うん、なんかいずれ当確、ってことらしいんだけど…いいの?」
来てくれたという素直な喜びと、巻き込んでしまうという不安が交錯する。
「無事に送り届ける、って約束したでしょ?」
「後のことは後で考えればいいんだって」
「やっぱりー、なおはー、もてもてだねー!」
「えっ?」
「なっ? 違っ!」
夏央は思わず笑ってしまう。
リュリーの発言がときどき二人の動きをおかしくするなー。
落ち込んだ気持ちが消えていく。
「ここまでするとは思いませんでした。となると私も腹をくくらないといけませんね」
ロキシーは深くため息をついた。顔を上げると開き直ったような表情。
「師匠には申し訳ないですが、私はスープラとリップの側に回らざるをえません」
「お、ロキシーさすが」
「ありがとう、ロキシー」
夏央は展開の早さについていけない。
「なんじゃ、わしを悪者みたいに。ひとの気苦労も知らずに」
「仕事もあるし本当はさっさと帰りたいのですけどね……。一人で帰るわけにも行かないでしょう?」
「お主は気楽でよいの……。そんなことより、話はまだ途中だったじゃろうが。傷つくのう。スープラもリップも話を最後まで聞いてからにせい」
「まあ、それはそうですが。まさか無策ということもないのですよね? 夏央の種を取り除いたり、成長を止める方法はあるのでしょう?」
「方法はないことも無い。しかし前例が少なく情報が足りぬ。だが、夏央が力を貸してくれると言うならばまだ余地はある」
「協力するかさもなければ、って言ってるように聞こえるんだけど?」
「そうではないぞ、リップ。わしをなんじゃと思っておる」
「え、王様。」
「王様だね」
「おうさまー!」
「普段は温厚そうな好々爺ですが、いざと言う時は身内も切って捨てる判断ができる冷徹な絶対君主ですよね?」
「ロキシーは身も蓋もないのう。そうでなければ国王など務まらんわい」
レバック王は力無く笑う。
スープラとリップの乱入により、場の圧力も雰囲気も吹き飛んでしまった。
いったん休憩ということでみんなでお茶をすることになった。
◇◇◇
夏央はちょっと一人になりたかったので、トイレに行くふりをしてその場を離れた。
話の流れ的に、強面の衛兵とかついてくるのかなと思ったけど、トイレの場所を親切に教えてもらっただけだった。
王様に魔王になると断定されたことにはさすがに動揺した。
でも実感はない。そんなのはこの世界の問題だ。
そう思いたい。そう思おうとした。とはいえ。
……はぁ。考えるだけ無駄か。
夏央は小さくため息をついて、みんなのいる場所に戻った。




