ミッションは達成です
次の朝、夏央が寝ぼけた顔で起きていくと、ロキシーが一人、食堂のテーブルで朝食を取っていた。
「おや、遅いですね、夏央」
「ロキシーが早すぎるの」
後ろから眠そうな声がした。リップだ。
「あ、おはよう」
「おはよー。スープラはまだ寝てるよ」
「めずらしいな」
「昨日はちょっとおかしかったからね。たぶんはしゃぎすぎ」
「お腹すいたー」
リュリーも起きてきた。ふよふよと二階から飛んでくる。
「さあ、早く着替えてご飯を済ませてください。王がお待ちですよ」
「えっ?」
「朝早くに王からの使いの方が来たのですよ」
「そんな急なの?」
「ええ、忙しい方ですからね。空いている時間にねじ込んでもらえました。これを逃すとだいぶ先になってしまうのですよ」
「早すぎるよね」
リップがぼやく。
確かにいくらなんでも早い。何か理由があるのだろうか。昨日の話以来、どうしても夏央は深読みしてしまう。
「さあ、急いで急いで。早くスープラを起こしてください」
言いながらロキシーはのんびりと朝食をほおばっている。
本当に急がなくてはいけないのか、それほどでもないのか。ロキシーの様子からはちっともわからないが、夏央たちの分もすでに朝食は用意されていた。
テーブルの上には典型的な「旅館の朝の和食」が並んでいる。ほかほかのごはんからはまだ湯気が上がっている。
焼いた鮭に温泉卵、海苔、味噌汁、玉子焼き。ここは本当に異世界かと思うくらいに完璧な和定食。
ぐうっ。 夏央のおなかが鳴った。
◇◇◇
朝食を済ませ、王の待つゴッデスフルス城に夏央たちは向かった。
夏央はそのスケールの大きさに改めて驚く。
日本の城と西洋の城が融合したような城郭の周りは複数の濠に囲まれているようで、どこを歩いているのかよく分からない作りになっている。重厚な門を何度も潜り抜け、ようやく王がいるという建物へと到着した。この建物のつくりは洋風よりだ。
建物の中は土足だった。
長い長い廊下を歩き、ロキシーを先頭にして夏央たちは王の謁見の間に通される。
城の中は何もかも広くて巨大で圧倒されたが、ここはさらに大きい。高い天井は、石造りの無数の太い柱に支えられ、天井いっぱいに壁画が描かれている。
派手ではないが、やはり王の間らしい、気品の漂う空間がそこには広がっていた。
西洋風の鎧に身を包んだ騎士が入り口を守るように立っている。
入り口から奥に向かって、複雑な模様が描かれた赤い絨毯が長く長く伸びていている。
その先の奥の数段高くなったところには玉座があり、小柄な老人が一人、座っているのが見える。
少しはなれたところに壮年の男達が並んでいる。服装からして、重臣的立場の人たちなのかもしれない。
王というからには厳しい表情をしたとっつきにくそうな人を夏央は想像していたが、老人の表情は穏やかだ。白髪に白い髭。王というよりはどこぞのご隠居、といった感じだ。
その姿を認め、ロキシーはひざまずき、頭を垂れた。スープラとリップもそれにならう。
戸惑う夏央に、肩にとまったリュリーがささやいた。
「なおー、王様の前ではこうするのよ?」
夏央は慌ててそれにならった。
「はっはっはっ。よいよい」
レバック王は笑ってそれを止めた。
「そんなところで頭を下げていないで、もっとこっちに来い。そんなに遠くては話しづらくてかなわんわい」
予想外に気さくなその物言いに、夏央はあっけにとられた。
ロキシーはしれっとした感じで顔を上げ、すたすたと玉座の近くへと歩み寄る。リップとスープラが後に続く。
夏央も出遅れつつ、リュリーを乗せて後を追う。
「朝早くから呼び出してすまんな。いやいや、年寄りは朝が早くていかんわい」
レバック王は別にすまなそうな様子も無く、笑みを浮かべつつ言った。ロキシーの後ろに声をかける。
「おお、リップにスープラか」
レバック王は目を細め、懐かしそうにふたりを見た。
「お久しぶりです、王様」
「お久しぶりです」
「元気そうじゃの」
レバック王は玉座に歩み寄ったふたりの手を取る。
王の鮮やかな紫色の目が、まる実の孫を見ているかのような優しさに満ちている。
うん? 知り合い? っていうレベルじゃないな。もっとこう、家族のような。……二人は何者なんだろう。
戦災孤児がどうしてこんなに親しげに王様に接してもらえるんだ? ロキシーが引き取ったからなのか?
リュリーが夏央の肩から飛び上がり、玉座の肘掛けに舞い降りる。
「おお。リュリーか」
リュリーはありもしないスカートの裾をつまむような仕草をして、いかにも宮廷風なお辞儀をした。
「お元気そうで何よりですー」
「そちも相変わらず元気そうじゃの」
その仕草に眼を細めつつ、レバック王は夏央に視線を向けた。
穏やかなその表情が一瞬だけ引き締まり、また元に戻る。
「おまえさんが夏央じゃな」
「はい」
夏央は頭を下げた。
「この二人が世話になったようじゃの。わしからも礼を言わせてもらおう」
「いえ、お世話になったのは僕の方です。むしろ助けてもらってばかりです」
慌てて答えたが、これは本音以外の何ものでも無い。しかし、なぜわかったのだろう。
「なぜ知ってるのか、と思っているようじゃな」
レバック王は夏央の考えを見通したように渋く笑った。
「別に特別な力ではないぞ。この年になれば、表情や仕草でたいていのことはわかるようになるものなんじゃ。要は観察力じゃな」
素直に感心している夏央たちをよそに、ロキシーがあきれたように付け足した。
「王、私が昨日話したからではないのですか?」
「そうじゃったかのう」
とぼけたようにレバック王は笑う。どうやらからかわれたらしい。
「まあよい。それより、さっそくわしが視てやろう。本人も早く知りたいだろうしな」 そこにいる全員が夏央を見る。
夏央は無言で一人一人の顔を見渡し、それからレバック王を見た。レバック王は大きく頷く。
「別室を用意している。そこで話をしよう」
王は身軽に立ち上がり、先に立って歩き出した。
王に従って移動しかけたスープラとリップをロキシーが遮る。
「さて、スープラとリップはここまでです。控えの間で待っていてもらえますか。リュリーもですね」
王は話が聞こえないかのように、先に進んでいく。
「えっ? どうして?」
「はあ? ここまできてそれはないんじゃない?」
「ロキシーずるいー!」
「大丈夫なの、俺?」
それぞれからもれなく不満が上がる。
「あなた方のミッションは夏央をここまで送り届けること。ミッションは達成です。ここから先の会話には、色んな意味で巻き込めませんからね。別に取って食ったりはしませんよ」
「えー、じゃあわたしは関係ないよねー?」
リュリーが夏央の頭にしがみつく。
「ここまで来てそれは無くない?」
「後でちゃんと説明はしますから。どんなケースであれ、異世界人の移送ミッションは引渡しをもって完了です」
「……リップ、リュリー。行こう」
やり取りをじっと聞いていたスープラが硬い表情で言った。
「え? いいのそれで?」
「いい。だから、行こう」
スープラの雰囲気に気圧されるようにして、リップとリュリーは別れた。
夏央と目を合わせるでもなく、スープラは踵を返した。
え? スープラ、昨日となんか違うんだけど……俺何かしたかな?
しかも大丈夫なのか俺は? コレ絶対やばい流れだよね?
夏央はこの世界に来て最大の不安にかられた。




