お前の責任ではない
今まで知らなかったスープラの一面に触れたからなのか、夏央はもう一つの自分の気持ちに気付いた。
俺は誰かに必要とされたかったんだ。
自分をお客さんだと思ってるくせに、この世界に自分の居場所があるんじゃないか、そんな妄想に取り憑かれてたのか。自分が気付いていない、何かすごい力をこの世界で発揮して必要とされるような。
馬鹿な話だと思った。
スープラの過去を知っただけになおさらそう思う。自分がひどく子供に感じた。
平和な世界でのうのうと暮らしてきた自分が、なんだか腹立たしかった。
夏央は自嘲気味に答える。
「いや、いいんだ」
「それに」
スープラは言う。
顔を赤らめ、わずかにはにかみながら。
「それに……わたしはまだ夏央とさよならはしたくないの」
夏央は何を言われたのかわからずぽかんとした。
「スープラ、酔ったな?」
リップがやれやれといった様子で突っ込む。
「よ、酔ってないよ? 全然大丈夫! まだまだ飲めるよ!」
ようやく夏央はスープラが言ったことを理解する。自分が考えていたことに後ろめたさを感じつつ、素直に嬉しいとも思った。
「ありがとう」
夏央がそう言うと、スープラは照れたようにえへへと笑った。
「あ、あたしもまだ一緒に戦ってあげてもいいよ!」
リップが慌てたように同意する。
「おう」
「良かったねー、なおはー、もてもてだねー!」
リュリーがニコニコと笑う。
「ええ?」
「は?」
「何言ってんだよリュリー?」
「んー?」
何か言おうとしたリュリーの言葉を身振り手振りで遮りながら、スープラとリップがちょっとぎこちなく笑う。
ノンアルコール? な宴はそれからもしばらく続いた。
◇◇◇
「ロキシー・バニエール、まいりました」
ロキシーはドアをノックし、中に向かって声をかける。
「おお、入れ」
頑丈そうな重いドアが音もなく開く。
そこにいたのは、メルキュレイ・レバック王そのひとだった。
ここは、城の最も奥にある王の居住区。その中でも特に限られた者しか入れない特別な場所だ。
抑えられた照明の中、比較的こじんまりとした部屋の隅にしつらえた、四畳半ほどの畳敷の一段高くなったスペース。
レバック王はそこに胡座をかいて座っている。
一人になりたいとき、考え事をしたいとき、王はこの部屋を好んで使っていたなとロキシーは思い出す。
小柄な体に長い白髪。蓄えた白い髭。山吹色の瞳が懐かしそうにロキシーを見ている。
「久しいな、ロキシー」
「ご無沙汰しております」
ロキシーは頭を下げた。
レバック王は、ロキシーに上がるように手振りで促し、言った。
「急に呼び出してすまなかったな」
「いえ、お気になさらずに」
ロキシーは畳に上がった。
「一年ぶりとは思えんな。例の件もおぬしが手伝ってくれているおかげで助かっておるよ」
「ええ、いい迷惑でしたがね。ゆいのおかげでどうにか、という状況です」
「はっはっは。言いよる。まあ事実だから言い訳のしようがないがな。ゆいはよくやってくれておる。……ま、その話はさておき。まずはみな息災か?」
「はい、スープラもリップも元気です。今回彼女達がグランドトレーラーのデビューをすることになったのは想定外でしたが、なかなか得るものが多かったようです」
「そうかそうか」
「やはり実戦が一番の勉強ですね。日々成長しているのが見て取れますよ」
「それは良かった。お前のよき指導のたまものであろう」
レバック王は遠い目をした。
「あの幼かった二人が今や十七歳か。早いものだな。今は亡き父上たちもさぞ喜ぶだろうて。しかしロキシー、お前はまだあの時のことを悔やんでいるのか?」
レバック王は穏やかな表情を崩さないまま、ロキシーを見つめる。
ロキシーは無言で俯く。
「あれからもう十年。あの結果はお前の責任ではないのだ。そもそもお前一人に背負える荷物ではないし、誰も背負わそうとも思ってはおらぬ」
ロキシーは首を僅かに横に振り、苦しそうに答える。
「しかし、私は今も私自身を許せないのです……」
レバック王はロキシーの言葉に、今も消えない深い傷を見たようだった。
「そうか……。そろそろわしの跡をつぐ覚悟をして欲しいのだがな。重臣どもがうるさくてかなわん」
ロキシーはそれに対しても僅かに首を横に振る。
「その件はお断りしたはずです。縁起でもない」
「しかし跡継ぎがいないのは事実。わしが急死したらこの国はどうなる? お前はこの国が崩壊する様を傍観するつもりか? ん?」
言葉とは裏腹に、レバック王は穏やかな笑みを絶やさない。
「またそのような世迷い事を……」
名君と謳われたレバック王だが、もはや若くはない。跡を継ぐべき子はもうおらず、名だたる弟子の中でもロキシーを押す声は少なくないらしいことは聞いていた。だが、ロキシーはそれを受けられない理由があった。
「まあ、まだ死ぬ予定は無いからの。ゆっくり考えてくれれば良いわ」
ロキシーにこれ以上断られてはたまらないと思ったのか、レバック王は話題を変えた。
「さて、例の『魔王の種』について、お前の意見を聞かせてくれるか」
「ええ。彼が実際にそのような存在なのかどうかはまだなんとも言えませんが、私自身、可能性はあるとは考えています」
ロキシーは夏央について話した。
事前の見立てからその後の展開、ロキシーから見た夏央。スープラ、リップ、リュリーとの様子や、戦闘。
「面白い男じゃの」
レバック王はくすりと笑った。
「昔のお前を見ているようだ」
「そうですか?」
ロキシーはレバック王の反応が意外だったらしく、奇妙そうな顔をした。
「うむ。素直で真面目だがどこか危うい。そう考えるとお前も歳をとったのだと実感するのう。ま、わしも同じ事じゃがの」
「確かにそうだったかもしれませんね、あまり変わってないような気もしますが」
ロキシーは静かに笑う。
「しかし、な」
王の表情が険しくなる。
「いくつかの可能性はあるが、万が一この世界に害をなす存在ならば、手は打たねばならぬ。とはいえ、スープラとリップが関わってきたというのも因果かもしれんな……」
「王?」
「いや、何でもない。いずれにせよ、まずは明日確認してみて、じゃ」
「しかし大丈夫でしょうか? 衆目に晒すリスクは高いのではないでしょうか」
「人払いはするが、情報が漏れるのは避けられんだろうな。しかしそれも想定の範囲内じゃ。万が一の場合の手配はしておく」
レバック王はこともなげに答える。
「なにはともあれ、久しぶりにお前に会えて嬉しいぞ。もう少し老人の相手をしてゆけ」
ロキシーは無言で頷く。
レバック王は人を呼び、酒の用意をさせた。
こちらの静かな酒宴もしばらく続いていった。




