私とリップはそこに住んでいた
どこに行くのかわからないが、スープラたちははしゃぎながら散策を楽しんでいる。
またまたリップとリュリーが口論になりそうになって、慌ててスープラが仲裁している。
わずかに距離を置いてそんな彼女たちの姿を眺めながら、夏央は思う。
まだ帰りたくない。
この世界で、彼女達と旅がしたい。
自分の世界よりも危険かもしれないけど、目の前にこれでもかと広がる未知の世界。
もう少し、ここにいたい。選ぶことが怖いはずなのに、なぜか自然とそう思えた。
スープラとリップは前々から来てみたかったという一軒の店へと入った。
ロキシーは急な呼び出しで行けなくなったのでお詫びにと資金を提供してくれたらしい。
リップに今回は大丈夫なのかと聞いたら『あれは飲みすぎた! 今日はノンアルコールだから大丈夫! ノンアルコールだから』と言われた。なんかフラグっぽいのがちょっとだけ気になる。
「かんぱーい!」
グラスを合わせる。思い出話も何もなく、リップが唐突に聞いてきた。
「ねえ、何で夕食の時あんなにぼーっとしてたの?」
「なんだ、気付いてたのか」
「誰だって分かるよ、あれじゃあ。ねえ、どうして?」
こういう時のリップは、ただ気になっただけ、という感じの聞き方をする。そして引かない。何か答えない限り、延々と質問を続ける。
対処としては答えるか逃げるしかないということを、夏央は初日の夜に思い知らされた。あれ、逃げる選択肢も結局意味がなかったような…。
リップの隣ではスープラがうんうんと頷く。
「いや、なんか帰るのもったいないなって思って」
「元気だせー、なおー! あはは!」
リュリーは夏央のテンションの低さを完全無視で楽しそうだ。みんなノンアルコールなのに雰囲気だけで酔ってるのか?
「要するにあたしたちのいるこの世界が気に入ったってわけね!」
リップは得意げな顔をして、それからふと真顔に戻った。
「そうは言っても難しいよねぇ。異世界人はちゃんと帰さないといけない決まりだし。ん? まてよ……」
顎に手を当て、しばし考え込む。
「リップ?」
「夏央、おそらくあんたはそう簡単には元の世界には戻れないよ」
リップはさらりと言ってのける。
「えっ?」
夏央は目を見張る。
軽く頷いて、リップは続けた。
「理由はロキシーよ。あいつは夕食の時、一言もその話題に触れなかった。もし、夏央が帰れる見込みがあるなら、きっと、お疲れさまとか、みんながんばりましたね、とかそういうことを言ったはずよ。でも何も言わなかった。言えなかったのよ」
こじつけのようにも感じるが、言われてみればそんな気もする。
「まあ、おれ魔王かもしれないしな」
初日のロキシーとのやり取りを思い出す。
「そうだー、なおはー、何者だー?」
「いやそれにしてはだいぶ普通じゃない? 魔王らしさというか凄そうな感じは全くないし?」
「なんかその言い方微妙に傷つくな……」
「なんだよ魔王扱いされたいのか夏央? あ。むしろ魔王じゃなくてまおー? まおー様?」
「うっわ、それ弱そう。俺の世界の異世界ラノベにあるやつだわ」
急に可愛く言われたのでちょっとドキドキしつつ突っ込む。
「ロキシーが急にお城に呼び出されたのも怪しいよねー」
「そうだよ!!」
スープラが突然大声を上げたので、みんながぎょっとする。
むしろ店中のお客さんがいっせいにスープラを見た。それほどの大声。
夏央は立ち上がって店内の皆さんに、すみません、というジェスチャーをする。他の団体さんに『うんうん、まあしゃあないな、よくあるよな』という顔をされたり。お姉さんに笑顔で小さく手を振られたり。ウィンクされたり。て今の男だったよな? ちょっとぞわっとしつつ夏央は座る。
「……どうしたの?」
スープラさん、それノンアルコールですよね?? 酒? 酒乱?? という思いが頭の中を掠めつつ、夏央は続きを促す。リップをチラリと見ると『あー、うん』という顔で頷かれた。何が「うん」なのか。二人とも酒乱なのか。
スープラはそんな夏央の動揺には気付かない様子で続ける。
「初めて魔物と戦ったときがあるでしょ」
「フレイムタイガーね」
リップの表情が険しくなる。
「そう。あの時、ロキシーはフレイムタイガーはこんなところにいるものではない、と言った。だけど、理由を聞いたら、言葉を濁した。でも、ロキシーは何か知っていたんじゃないかと思うの」
「だから『そもそもこんなところをうろうろしているような魔物ではない』と言ったわけか」
「うん。リップの問いかけも軽くはぐらかしてたよね?」
夏央はリップと顔を見合わせる。
これまで旅をすることに夢中になって、そもそものところを忘れていたことを思い出す。
「確かに最初にロキシーに言われたな。俺のことも含めて『最近この世界では何かの予兆とも思える奇妙な出来事があちこちで発生している』って」
スープラは頷く。
「そう。初めて会った日、『ヘブンアンドヘル』で話してくれたよね。ロキシーとのやり取り」
夏央はロキシーのセリフを思い出す。
『近年稀に見るかなりのイレギュラーです』
『即拘束、もしくは即時攻撃してもいいレベルですね』
『魔王は十年前にも現れました』
『十年前の異世界人は行方不明です』
「即時攻撃してもいいレベルのイレギュラー……か」
リップは頬杖をついて目を細めた。
「ロキシーの言うとおり、この世界に何かが起ころうとしているのかもしれない。でも夏央が世界を破壊する魔王だなんて信じられないよ。初戦闘でのあの力…。むしろ救う側の……」
夏央は慌てるようにスープラの言葉を遮った。
「まさか。考えすぎだよ」
話が飛躍しすぎている。それこそただの高校生だ。
スープラは目を伏せた。
「夏央には、話してなかったよね。私の子どもの頃の話」
「子供の頃……?」
リップが弾かれたようにスープラを見る。
「ちょっ……スープラ、あんた?」
スープラはリップを見て、黙って頷く。
リップはそれでもまだ何か言いかけたが、諦めたように目を閉じる。やれやれ、といった雰囲気で椅子の背もたれに寄り掛かる。
何故か張り詰めた二人の雰囲気。リュリーも黙り込む。さっきまでのスープラとはまるで別人のようだ。一体何を話そうとしているんだ?
「……私は、子どもの頃からあの街に住んでいたんじゃないの。……十年前、戦争があった話は知ってるよね。人間と魔物の戦争。そのとき、魔王によってゲシュペンシュタットという国が滅ぼされた。私は、いえ、私とリップはそこに住んでいた」
スープラは顔を上げた。顔は夏央を見ているが、その目は夏央ではなく他の何かをみているようだ。
住んでいた? 夏央は耳を疑う。
「たくさんの人が死んだ。すごい数の魔物の攻撃を受けて、王都は潰滅。国は滅びてしまった。両親は……その時に殺された。兄弟は兄が一人いたけど、あれ以来行方はしれない。私たちは奇跡的にロキシーに助けられたの。でも、私は……私は本当は……」
スープラは何かを言いかけてためらう。
喉元で言葉が引っかかっているように、言葉が続かない。息が詰まったように喘ぎ、苦しげに顔を歪める。
「スープラ、その話はしなくていいんだよ」
リップが優しくスープラの言葉を遮り、手を握った。
スープラは沈黙し、夏央が今までに見たことのないような表情を浮かべている。厳しく、悲しく、儚げで、触れてあげたいけど触れてはいけないような、そんな表情。
いくらなんでもそんな過去があるとは思いもしなかった。戦争で両親が殺され、兄は行方不明。ここはやはり違う世界なのだと改めて痛感した。少なくとも、夏央のこれまでの生活とはかけ離れたものだ。
「……それからいろいろあって、ロキシーが私たちを引き取って育ててくれたの。つい数年前まではあの家で一緒に暮らしてたんだ。高等部に入ったのをきっかけに、私たちは自立するためにロキシーの家を出て、今はデュパープのところで住み込みで働かせてもらってるの」
それっきり、スープラは再び黙り込んだ。
リップも俯いている。
夏央は何を言えばいいのかわからず黙っていたが、沈黙に耐えかねて口を開く。
「どうしてそんな話を……?」
「その時、魔王の本拠地に乗り込んで戦ったのは、ロキシーと兄……を含めた、たった数人の仲間たちだった……」
スープラの瞳がためらうように一瞬揺れ、それからひたと夏央を見据える。
「だから、夏央、あなたにその可能性が絶対ないとはいえないの。それに……あなたには力がある」
「まさか」
「ううん、あるよ。力はあるの」
スープラの言葉には、逆らうことのできない、威厳のような、不思議な説得力があった。
確かに、初回の戦闘での夏央の活躍は凄かったのだろう。でもそれきりだ。あとは至って平凡としか言えなかった。
この世界に来たいきさつには何かあるのかもしれないが、だからといって自分が世界を救うなんて。
夏央はいつもと違うスープラの雰囲気に圧倒されている。眼をそらすこともできない。
スープラはようやく夏央が自分に圧倒されていることに気付いた。
「あっ、ごめんなさい。わたし、どうかしてたね……」
まるで憑き物でも落ちたかのように、スープラは瞬きをし、いつものように微笑んだ。




