あっという間だったね
三日めの夕方に、夏央たちはゴッデスフルスへとたどり着いた。
夏なのでまだ明るいがもう夜が近い。日は西に傾きつつある。
昼間の暑さがようやく和らいできている。
夏央たちの前にあるのは、そびえ立つ石造りの城壁とあけ放たれた巨大な門。
門の両脇で盛大に焚かれている篝火が作る影が、これらの大きさをさらに強調している。
門には緻密な彫刻が所狭しと彫りこまれ、揺らめく篝火に重厚かつ幻想的な美しさを浮かび上がらせている。夜になればなお凄いだろう。
石積みの城壁は左右にどこまでも続いている。門の向こうには、灯りに照らされた様々な建物がいくつも見える。
最初にたどり着いたシュティレンヒューゲルの街に似ているが、大きさの桁が違う。
夏央は息を飲んで見とれていた。
次第に気持ちが落ち着いてくると、ついにたどり着いたという感慨がようやく胸にこみ上げてきた。
スープラとリップと目があった。二人が頷く。
夏央は思わず叫んだ。
「王都到着だー!」
「着いたー!」
「やったー!」
「おめでとう!」
三人で手を取り合って喜ぶ。リュリーも嬉しそうに飛び回っている。
開け放たれた巨大な正門の前に立っている、西洋風の鎧に身を固めた衛兵の一人が騒ぎに気付き、そこにいたロキシーに気付いて声をかけてきた。
「ロキシー様! お久しぶりです」
「やあ、サーフじゃないですか」
ロキシーにサーフと呼ばれた衛兵は、日焼けした精悍な顔になつかしそうな笑みを浮かべる。鎧を着ているとはいえ、夏央よりも二周り以上くらい体格が良さそう。要するにでかくて強そう。
年はロキシーの実年齢と同じくらいだろうか。
その態度からすると、やはりロキシーはそれなりの大物らしい。まあ王様に学園長やらされるくらいだしな。
「お元気そうで何よりです。この度はいかがなされました?」
「サーフも元気そうですね。今回は所用で王に会いに来たんですよ」
ロキシーも彼との再会をなつかしんでいるようだ。
「ちょうど良かった。城に上がるのはは明日にしようと思うのですが、後で城に私の到着を伝えてもらえないでしょうか? 一応事前に王に連絡は入れています」
「わかりました」
ロキシーは他の衛兵たちともいくつか言葉を交わすと、夏央たちを促した。
「さあ、行きましょう」
城門をくぐると、そこには夏央が自分の世界を含めて、これまでに見てきたものとはまったく規模の違う街並みが広がった。
はるか先に見える城へと続く、かなり幅の広い大通りをはさんで、街灯が煌々と輝き、大きな建物が並び、様々な店が軒を連ねている。相変わらずの和洋折衷。
仕事帰りらしい職人風の一団がにぎやかに居酒屋っぽい店の中へと消えていく。買い物帰りで家路を急ぐおばさんがいる。はしゃいでいる女の子達の集団が、笑顔で路地へと消えていく。ベビーカーらしきものを押している仲のよさそうな夫婦。様々は髪色、肌の色、体格を持つ種族。見ているだけでなんだか心が浮き立ってくるようなそんな雰囲気。
そのずっと先には街の明かりに浮かび上がるように、城の天守閣らしきものの姿が見えている。
門は洋風だったのに天守閣。
奇妙な和洋折衷が徹底している。それはさておき、巨大な建物がいくつも連なり、荘厳とも言える雰囲気を感じる。
「すごいな……」
見とれている夏央に、肩に止まっていたリュリーが楽しそうに笑う。
「なおはー、田舎者だねー?」
リュリーはすっかり夏央の肩が気に入ったようで、ロキシーよりも夏央の肩にいる率が高い。
「田舎者って…」
確かにきょろきょろしているのは夏央だけだ。
ロキシーは言うまでもなく、スープラとリップも何度かここまで来たことはあると言っていたのを思い出す。
「どうします? 先に食事を済ませますか? それとも宿に?」
先頭を歩いていたロキシーが振り返った。
「宿にしよう! お風呂入りたいし!」
真っ先にそう言ったのはリップだった。
スープラが真顔で首をぶんぶん縦に振って頷く。
前日は野営だったので、女の子にとっては切実だろうと夏央は思う。水で身体を清めることはしているが、やはり風呂に入るのとは違う。
「いいですか、夏央?」
ロキシーは夏央にも一応確認をとった。
「いいよ! 汗もかいたし」
夏央たちは先を争うようにして公共浴場に入った。女の子たちの長風呂に夏央がたっぷり待たされたことは言うまでもない。ロキシーは宿を確保すると言って中には入らずに別れた。
「あっという間だったねー、夏央ー」
歩いていると、リュリーが夏央にだけ聞こえる声で、ぽそっと言った。
「ん?」
「だってほら、うまくいけば明日にでも元の世界に戻れるかもしれないでしょー」
「んー、まあそうだな」
なんとなく帰れるつもりではいるけれど、なんだかもったいない気がした。
「帰るの嫌になったー?」
「そうじゃないけどさ」
「んー?」
「なんかもったいないなって思って」
「なおはおもしろいねー! わたしだったら仲間のところに帰りたいけどなー!」
まあ、普通そうだよねえ、とは思った。仲間のところ、という何気ない言葉に妙な違和感を覚えた。自分の仲間。友達?
「あー! でも魔王だったら帰れないよー! ねーねー、スープラ聞いてー」
リュリーは笑いながら飛んでいった。いや魔王はないでしょ。
夏央はリュリーの飛んでいく方向を目で追う。その先にはスープラがリップと並んで歩いている。
もし、明日帰れることになれば、彼女たちともここでお別れだ。ここまで自分を連れてくるために仲間になってもらった二人。偶然出会って助けてくれた、というだけの、別の世界の住人たち。
旅というにはささやかなものだったのだろうが、夏央にとっては驚きの連続だった。しなくてはいけないこと、してはいけないこと、そのひとつひとつが未知の体験。法術というものを知り、実際に見た。魔物との戦闘も幾度となく経験した。
たった数日だけど、夏央はたくさんのことを学んだ。いろんな人に出会った。なんかもうひたすらワクワクした。
こんなにワクワクしたのは久しぶりのような気がする。
これがあっさり終わってしまうとはちょっと信じられない。
そして感じる、この世界に対する妙なフィット感。確かに異世界もののラノベとか好きだったけど、ここまで自分が馴染むとは思わなかった。むしろ馴染みすぎてない?
帰ったらまたいろんなことに向き合わないといけない。それはとても億劫だ。
「どうしたの?」
隣で首をかしげている怪訝そうなスープラと目が合い、夏央は思考を中断した。
目の前には、たくさんの料理が湯気を立てて並んでいる。おいしそうな匂いが満ちている。
いつの間にか夕食のテーブルについていた。
みんなが、不思議そうな顔で夏央を見ている。
「えっ? ああ」
夏央は曖昧に笑ってごまかす。
「大丈夫? 疲れた?」
「いや、久しぶりに風呂に入ったら眠くなっちゃって」
「では、冷めないうちにいただきましょうか」
ロキシーは何事もなかったように言った。
◇◇◇
夕食を終え宿に戻ると、ロキシーはひとりで城へと出かけてしまった。
城からの使者が待っていたのだ。
夏央は明日のことをロキシーに聞くつもりでいたので、肩透かしを食らった様な、はぐらかされたような、そんな気分になった。
結局夕食の時にも明日の話題は出なかった。明日はどうなるのか。何が起きるのか。 今更気になり始めた。
もやもやしながらベッドにひっくりかえっていると、部屋のドアがノックされた。
開けるとそこにはスープラとリップとリュリー。
「なおー、いっくよー!」
「夜は長いぞ、夏央!」
「これから打ち上げもかねて街に出るけど、夏央も行くよね?」
スープラとリップは、見るからに楽しそうだ。リュリーもテンションが高いのかいつもよりキラキラした効果音が多めだ。
「打ち上げ?」
自分が感じ始めた不安な気持ちと、彼女たちのテンションのギャップが大きすぎてついていけない。
「GTは、ミッションをクリアしたら成功を祝って乾杯をするんだよ」
「ぼけっとしてないでさっさと行くよ!」
「はやくー!」
ドアから三人が身を乗り出すようにして言う。考えるよりも体が先に動いて、あわてて腰をあげる。
「お、おう」
「ありがとう」
スープラがほっとしたようにやわらかく微笑む。
引っぱり出されるようにして、夏央は部屋を後にした。
夕食の時に通った大通りを再び歩く。夕食の時は考えごとに気を取られていてほとんどわからなかったが、この街並みはとにかくスケールが違う。
どこまでも明るく、にぎやかで、人波が絶えない。




