私だけじゃないのか
翌日は朝食を食べてすぐ出発した。
昨夜の件で、ようやく夏央はリップと仲良くなるきっかけをつかめた。
スープラとは初対面からすんなり仲良くなれていたが、リップは最初からあたりがきつく、何かある度にいちいち絡まれる感じでやりにくかったのだ。
多少問題はあったけど…。多少か? あれは多少の範疇に入るのか?
歩きながらスープラが言う。
「どうせなら誘って欲しかったよー」
「ごめんごめん、とっくに寝てると思って」
リップが謝る。
「え? ああ、うん、ドアが壊れるまでは寝てたよ?」
「夏央が逃げなければそんなことにはならなかったのにさー」
「いや、俺は寝ようとしただけだからな? ドア壊す必然性はまったくないからな?」
「逃げるのが悪い」
「そんなことに法術使っていいんだっけ?」
「すみませんでした」
「まあ、リップと夏央が仲良くしてくれるんなら、私もうれしいけどね」
仲が良いのか良くわからないやり取りなのだが、スープラは笑顔を浮かべる。
「?」
「だってほら、デュパープのところで夏央に会った時、リップ不機嫌そうだったから」
「あー」
夏央も心からそう思った。
「違う、違う。あれはそもそもリュリーのせいだよ。しかもこっちはデュパープにお説教されて大変なのに、スープラってば楽しそうになんか話を勝手に進めてるしさ?」
「あ……ごめん」
「いいよ。でも、なんか積極的だったよね。びっくりした」
びっくりしたというよりもむしろニヤつきながらリップが言う。
「あー、確かに積極的だった」
夏央はロキシーと話していた姿や自分から立候補してきた姿を思い出す。
「えっ? だって、ほらミッションの話だったし。デビュー戦にはぴったりじゃない、って思って。あとロキシー関連だったし、リュリーも懐いてたから悪い人じゃないんだなって思ったし」
どこか言い訳めいた口調でそう言って、スープラは赤くなる。
「なに照れてるの?」
リップは楽しそうだ。なんだかリュリーをからかうデュパープの姿が重なる。
「て、照れてないよ! 普通だよ! すごく普通!」
スープラはとても普通とは思えない様子で強く否定する。
あわあわと否定するスープラがなんだかやたら可愛らしいな、でもどうしたんだ? と夏央は二人を交互に見比べる。
「なに話してるのー?」
リュリーが飛んできた。
「げっ、来た!」
リップは露骨に嫌な顔を返す。
「なによー!」
結局、またいつも通りリップとリュリーは喚きあいながらロキシーのほうへと走っていってしまった。
「あーあ、またやってるよ」
「あれはあれで楽しんでるんだよ」
スープラの笑顔がふいに消える。
「それより、昨日はリップを助けてくれてありがとう」
「え、いや」
「……私、何にも出来なかった」
厳しい顔でスープラは呟く。
その横顔を見て、夏央は、スープラは昨日本当に眠れたんだろうか、と思った。
よく見ると目が少し赤いような気がする。スープラもあの戦闘には悔いがあったのか。
「俺は自分でもわけわかんないうちに体だけ動いて、何の覚悟もなく刀を抜いちゃったよ。リップは動揺して術式の選択ミスしたっていうし。スープラだけ何もできなかったわけじゃないよ」
昨日の戦闘の後、三人はロキシーから一通りの戦闘の振り返りと、長い長いお説教を受けていた。
「そう……かな?」
「そうだよ。みんな同じに後悔だらけの初陣ってことでいいんじゃない?」
「そっか、私だけじゃないのか……」
「ロキシーの魔法、じゃないや法術は凄かったね」
「うん、確かにロキシーの法術は凄かったね。無駄なく最適化して、夏央の方が速かったから二体分はキャンセルまでしてる。私なんかとは全然次元が違う」
「あれ何だったの? リップとはなんか根本的に違ったみたいだけど」
「あれはね、事前に自分の意識空間の中で術式を組み立ててファイル化しておくの。これをシェルスクリプトっていうんだけど、戦闘時はそれを呼び出すだけで実行できるんだよ。本来なら複雑になればなるほど術式の入力には時間がかかるんだけど」
スープラが何を言っているのか夏央はさっぱりわからない。すごいらしいというのだけはわかった。
「おお、よくわかんないけどなんか凄いんだな」
「そうだね。私とリップにはまだ全然出来ないぐらいの高度な技術なの」
「そっか。思い付きなんだけどさ、そんなロキシーだってきっと初めての戦闘は俺達みたいな感じだったんじゃないのかな」
スープラははっとしたような顔で夏央を見て立ち止まった。
それから、少しずつ張り詰めていた表情を緩める。
「ありがとう。少し気持ちが楽になったかも」
「それはよかった」
スープラと一緒に立ち止まっていた夏央は、何事もなかったかのような顔をして歩き出す。
小さな声で「夏央は優しいね」と言って、スープラは微笑んだ。
旅の行程は順調に消化されて行った。
幾度と無く、戦闘もあった。
定番のぶよぶよした半透明の魔物。二本足で歩く大きな鳥のような魔物。中身の無い鎧の魔物(なぜ動く?)。猪に似た獣のような魔物(夏央には違いがよくわからなかった)。様々な魔物に遭遇した。
初戦の振る舞いがウソのように、夏央は動揺し、戸惑った。なんなら自分の足の指を切り落としそうになったこともあったくらいだ。
左上のステータスウィンドウはあいかわらず表示されていたが、右下の方は目を凝らしても確認出来ず、剣が光るようなことも無かった。
スープラとリップは、実戦を通して確実に経験を積んでいるようだった。
特にリップは、術式の威力や詠唱時間、応用力など、夏央にはさっぱりわからないがロキシーが驚くほどの成長を遂げているという話を何度か聞いた。
そもそも、初戦の時は気づかなかったが、リップといえども、戦闘は法術のみで行うわけではなかった。
術式を使うには、スープラが「入力」と言った詠唱をするための時間と集中が必要になる。先手を取れれば術式の準備をすることが出来るが、一旦戦闘に入ってしまえば、そうはいかない。互いの連携で必要な時間を作りつつ、術式を発動する。その間は物理攻撃や防御が主な戦闘行為となる。
スープラとリップが初戦とはまるで違う連携を見せ、時々ロキシーが魔物の注意を引いて二人をフォローする。
三人の動きに夏央がびっくりしてたら、当たり前のことすぎて説明していませんでしたね、とどこからともなく出したカイトシールドで魔物を弾きながらロキシーに言われた。
ポジションとかよりそっちを先に説明してほしい。
リップのロッドは実は仕込み杖のようになっていて、細身の槍の穂が隠れていた。持ってみたら意外に重くて夏央は驚いた。
スープラはロッドではなくレイピアを使う。
法術を使う上で、ロッドが必須ではないとの事だった。自らが信頼のおける武器であれば、術式使用時にアンテナのような役割を果たすらしい。よくわからん。
リップとスープラは、暇をみつけてはロキシーから戦闘時における戦い方や使用する術式、武器の扱いについて改めて学んでいた。
ロキシーは夏央にもわかるような説明を心がけてくれていたので、そんなやりとりを聞きながら夏央もまた理解を深めていった。
魔物が弱いからなのか、スープラから攻撃強化などの法術支援を受けつつ、夏央はダメージが与えられるようになってきて、多少なりとも役には立てるようになって行った。
旅を始めてから数日経つ頃には、三人は連携して戦闘をこなせるようになっていた。
わずか数日の間に、初戦の混乱は過去になりつつあった。




