それぐらい想像しなさいよ
翌朝、目が覚めたら元の世界でした!
……なんてことはあるはずも無かった。
夏央はロキシーの家で目覚め、スープラとリップが合流し、王都への旅が始まった。
まずはまさかの異世界なのにバス移動。
バス乗り場は、ロキシーの家からそう遠くない、駅っぽい建物の前の広場にあった。
駅は、異世界物で良くあるような、何やら立派なレンガ造りっぽい大きな建物。ツボを押さえてくるなー、やっぱりラノベの作者はみんな本当に異世界に行っているのかもしれない。
ただ、ヨーロッパと言うよりはどことなく明治っぽいあたりが街並みと調和している。古い建物を今も使ってます、という歴史を感じる風情。
そしてやってきたバス。
バスはバスだが、夏央が普段目にしていたような四角いものではなく、前が突き出したボンネットバスと言われる形をしている。しかし、ごつい。
車高が高く、オフロード車のような大きくてパターンがはっきりしたごついタイヤが付いている。フロントにはアニマルガード。ルーフの上には追加のライト。
なんなのこれ、軍用? ポストアポカリプス?
「どうしたの、夏央?」
「いや、なんかごついバスだなと思って」
「これは長距離用だからね」
長距離バスも元の世界で見たことはあるが、こんなのではなかった。どこを走るのか。
「あっちが市内用。かわいいでしょ?」
スープラが指さした先には、基本形は同じだけど、あんまりごつくないバスが止まっていた。車高も普通だしちょっと小ぶり。
「え? うーん」
わからん。
「あの可愛さがわからないなんて。これだから異世界人は」
リップに怒られた。
運転手にお金を払ってぞろぞろと乗り込む。前払い式だ。ここだけなのかこの世界の共通なのか。きっとこの世界もバラバラに違いない。バスは基本的に初見殺しのはずだ。
車内は比較的空いていて、乗客はまばらだ。
間もなく動き出したバスは、至って普通のエンジン音がする。エアコンも効いているようで快適だ。見た目とずいぶん違う。
ロキシーが教えてくれたのだが、乗り物の仕組みや構造の概念は夏央の世界とほとんど変わらないらしい。
「石炭とか魔法とかで動いている訳では無いし、馬も引きませんよ」とドヤ顔でロキシーが言った。何故だ。逆異世界テンプレでもあるのか。
乗り物以外にも、思いのほか普通だったのは荷物。
ロキシー以外は、軽い登山にでも行きそうな、大きめのリュックを背負っている。
岡もちとか武器とかを格納している謎空間を使って手ぶらで行くものだと思っていたので夏央は面食らった。リュックはちゃんと夏央の分も用意してもらった。見た目よりも軽いのが救いだ。
その話をバスの中でしたら、リップにまた怒られた。
「はあ? そんな便利な方法あるが訳無いでしょうが。あれは、手に持てる程度の荷物を一時的にファイル化して格納する術式。大きすぎれば格納できないし、数が多くても駄目。それぐらい想像しなさいよ」
当たり前のようにファイル化とか想像しろって言われても……。とにかくたくさんはしまえないことはわかった。
「でもリュックも軽量化の術式が付与されてるものを選んでるから軽いでしょ?」
スープラが対照的なほどに優しく微笑む。いわゆるエンチャントだ。確かに軽い。
そんな会話をしながら、バスに揺られること数時間。とりあえず目的地に着いた。
うん。山の中。
遠くに富士山に似た感じの山が見える。すごくでかい。冠雪はしてない。
自分たちのほかに降りる人はいなかった。
延々と続く道とバス停以外には見事に何にもない。
一応、仮説の標識のようなものがあって、ゴッデスフルスはこっちだとわき道のほうを指している。距離が書いてあるがあいかわらず単位は不明。
そうだよね、途中歩くって言ってたよね。
鉄道の復旧を待っても良かったのでは? と思わなくもないがまあ今更だよねと諦めた。
バスを見送り、脇道へと入る。
天気はよく、アスファルトのようなもので舗装された道がどこまでも続いている。幅はそれほど広くない。車一台分程度か。
道の両側には草原が広がっていて、所々に背の低い木がまばらに生えている。
今日はあまり風はない。少し暑いが空気が乾いているようで、汗ばむほどではない。
歩きながら、ロキシーが戦闘時のフォーメーションについて説明してくれた。
基本的に戦闘は二人から三人でひと組になる。二人ならフォワードとバックアップに分かれ、三人ならこれに遊撃手が加わる。そしてお互いの役割を意識しながら戦闘を遂行するそうだ。メンバーや装備、状況によって更に細かく分かれるが、とりあえずはこのレベルで理解しておけばいいと言われた。
今は四人いるので、二人ずつ二組に分かれている。リップとロキシー、夏央とスープラの組み合わせだ。
ロキシーは昨日話した通りバックアップ担当。
リップは攻撃系の法術と、ロッドによる槍術をメインに使うのでフォワード担当。
夏央は刀が使えるというか、刀しか使えないのでフォワード。
スープラは法術だけでなくレイピアも使えるらしいが、夏央との攻撃力の差と支援系の法術活用のためにバックアップ担当。
基本的には前方から魔物が現れることを想定してフォワードの二人が前を歩くのだが、旅なれないメンバーでは一定のペースで歩くのも意外と難しいということで、ひとまずはロキシーとスープラが前を歩き、歩くペースを作ることになっていた。
それぞれが歩く位置も、どこを警戒するのかによって変わるらしい。今の配置はいうなればバックアタックを警戒した配置になる。
ちなみにこれは初歩的な知識なので、スープラとリップは知っている。ロキシーが丁寧に説明してくれたのは知識のない夏央のためだ。
夏央はリップと並んで歩いている。
なんか見慣れない植物とか生えてはいるものの、魔物が出るとかちょっと想像出来ない雰囲気。
夏央は歩きながらロキシーの説明を反芻している。こういう場合だったらどんなフォーメーションがいいのか、どのように連携して戦闘するのかとか、頭の中でシミュレーションをしていた。
とはいえ、魔物ねえ。イメージが出来ない。攻撃に方向指定とかあったら嫌だ。あとタンクは嫌。え? 待って。このパーティーにタンク役が居なくない? フォワードとバックアップという考え方だし、タンクはいらないのか。
「ねえ、ひとつ聞いていい?」
リップが歩きながら夏央の顔を覗き込んできた。意思の強そうな瞳。綺麗に整ったまつ毛が長い。
「え、何?」
どきりとしつつ。夏央は急に現実に引き戻される。どうしてこんなに整っているんだろうとかどうでもいいことが頭に浮かぶ。
「あんたさあ、本当に魔王じゃないの?」
「はい?」
「だってロキシーはだいぶ疑ってるみたいじゃない」
「それな。普通の人間以外の何だってんだよ。どうしてそんなに怪しまれるのか、こっちが知りたいくらいだ」
「普通の人間って根拠がねー」
「そういうお前こそ何者だよ」
リップはきょとんとした。それから、少し慌てたように答える。
「あたし? あたしは普通のどこにでもいる女の子だよ?」
「なんだそれ? 逆に怪しいぞ」
「空から降ってきた奴には言われたくないわ!」
また怒られた。
「じゃあ魔王ではないとして、帰れなかったらどうするの?」
夏央は思わず言葉を失う。
「……デリケートなこと聞くなあ」
「だって気になるじゃない。あんたってなんか何も考えていなそうだし」
「考えてるよ?」
からかうようなリップの表情に、夏央はちょっとむっとしつつ答える。
「ホントに?」
「お、おう」
「何を?」
「……本当に夢じゃないみたいだけどどうしようかな? とか」
「なんだ、それ。帰れなかった場合の検討になってないじゃん」
「だよね……」
「異世界人、普通だな」
リップは露骨にがっかりした。
「普通だよ。さすがにこんなことになったら途方にくれるよ。普通に学校行くのは幸せなことだったのかとか思えてくるわ」
「そうか、夏央も学校行ってたのか」
「まあね」
「卒業したらどうするの?」
リップの質問攻めが続く。
「……多分進学するんだろうけど、具体的に何をするかはまだ決めてなかった」
帰れないという気持ちは薄い。なんとなく戻って、また元の生活に戻るんだろうな、と思う。
「やっぱり何も考えてないじゃん」
リップはそう言い切ってニヤリと笑う。
夏央は痛いところをつかれた気分になる。
「いや、そうじゃなくて。進路ってなんか難しくて」
「でも決めないと話が進まないじゃん」
「まあそれはそうなんだけど」
リップの視線が冷たい。
「ふーん」
「……えっと、こっちの世界はどうなってるの?」
「来年あと一年学校通って卒業、ってとこまではたぶん同じかな。そのあとはもっと専門的な技術を学ぶか、働くか。まあ私達みたいな庶民なら一旦はGTになって経験をつむ道もあるね」
「専門的な技術、っていうと、やっぱり法術を極める的な?」
リップは呆れたように夏央を見る。
「はぁ? そんなわけないじゃん」
「え? 違うの?」
「まあ法術はすべての基本だからそういうのもあるけどさ、経済とか工学とか……まあ色々あるよ」
どうやらこの世界の教育は夏央の世界と似たようなカテゴリがあることがわかった。リップがそのあたりにあまり興味がないということも十分に。
「リップはどうするの?」
「あたしはまあ……とりあえずGTだな」
リップは少し黙ってからそう答えた。
「この道でプロになる、って素直に言えばいいのに」
いつの間にかスープラがリップのとなりを歩いていた。
「ちょっ……やだ恥ずかしいじゃん!」
リップの顔に血が上る。
「リップの法術は凄いんだよ。操れる術式もかなり高度で、学校でもトップクラスなの」
「そんなことないよ、上には上でもっと凄い人いるし!」
「本当にすごいのになぁ」
スープラは残念そうな顔をしている。
「う、うるさい!」
リップは短く言い捨てると逃げるようにロキシーのところまで行ってしまった。




