交渉成立ね
さて、意識を取り戻したリップに、スープラがこんこんと今の状況を説明し、ようやく状況は理解されたらしい。
改めてしばらく夏央をながめてから、リップはまあいいやという風に頷いた。目つきの険しさが多少和らぐ。
いやそのリアクションなんかおかしいだろ、なんだこの暴れん坊というかむしろ狂犬? これはこの世界では普通なのか?
「リップ、ごめんなさいは?」
デュパープの声にリップがびくっとする。
そうだよね。この世界がおかしいわけじゃないよね。おかしいのはやっぱりリップだ。
リップは気まずそうな顔をして目を泳がせた。
「なんか早とちりしたみたいでごめん……。詳しいことは後で聞くとして、とりあえずよろしく。ええと……」
夏央は大丈夫なのか? と思いつつも、差し出された手を握りながら答える。
「夏央、でいいよ。こっちこそよろしく」
「私はリップ・アルバローザ。リップって呼んで」
うわ、暴れん坊のクセにリップの手も細っ! すべすべ! 夏央は再びの衝撃を今回もどうにか心の中だけに留めた。
「えー、やだ! リップと一緒はやだー! 狂犬だしー! 素人だしー!」
リュリーが大声を上げて首を激しく左右に振る。
弾かれるようにリップがリュリーをにらみつける。
そうかリュリーもついてくるのか、というよりも、リュリーも「狂犬」と表現したことに夏央は共感を覚える気持ちが先行した。
「だったらあんたはついてこなければいいじゃない。あたしだって虫なんかと旅するのはお断りだし! それに虫ごときに素人なんて言われたくないよ!」
「あっ、また言ったー!」
「何度でも言ってやるよ、虫! あたしの術式喰らいたいか?」
「やってみなよー! 素人の術式なんか百回やられたってあたんないもん!」
「言わせておけば……!」
デュパープはわずかに立ち位置を変え、黙って眼を閉じる。
夏央は嫌な予感がした。スープラと目が合うと、彼女は小さくうなずいた。
その瞬間。デュパープの鉄拳が左右に炸裂。
昼のピークを過ぎたとはいえ、まだ客も残る店中がいつもの騒ぎに注目する中、デュパープの両側にいたリップとリュリーがまとめて吹っ飛んだ。リップはさっきよりも派手に吹っ飛び、テーブルと椅子をまとめてなぎ倒し、ダダン、と床にたたきつけられた。
ジャッキーかよ…
唖然としている夏央に、スープラが、デュパープは以前は近接戦闘を得手とするGTだったのだと教えてくれた。今でもこの市の自警団に非常勤兼講師として参加しているらしい。
あの細い腕の何処にあれだけの破壊力が……と夏央は思う。ただ、改めてよく見ると、デュパープはアスリートのような引き締まった体をしていることに気づく。
この世界はなんだかとにかく凄い。まさかスープラも実はそうなのだろうか?と改めて隣を見たがよくわからない。
スープラは夏央の視線には気づかなかったようだ。
何事もなかったようにデュパープは言った。
「良かったわね、スープラ。しっかり経験値稼いでくるといいわ」
「ありがとう!」
「夏央、スープラを選んでくれるなんてあなた人を見る目があるわね。この娘のことはわたしが保証するわ。よろしく頼むわね」
妹を可愛がる素敵な姉御、といった感じでデュパープがスープラの頭を優しく撫でる。
「もう、デュパープ。何言ってるのよ」
スープラは赤くなった。
「あっ、お店しばらく手伝えなくなっちゃうけど、平気?」
「余計な心配はしないの。残った面子にがんばってもらうから平気よ。GTは旅に出ないと成長出来ないんだから。帰ってきたらまた頼むわ」
「ありがとう、デュパープ」
一方、リップとリュリーは無惨にも床でのびていた。
怪我らしい怪我もなさそうで、まわりもそんな二人を放置。店内のリアクションも「またいつものやつだなー」という雰囲気。天井突き破ってけがをする夏央のほうがおかしいんじゃないのか、という気がしてきた。
さっきからこっちを見ていたウェイトレスの女の子たちが、代わる代わる夏央たちのいるテーブルにやってきて、スープラの手を握って「おめでとう!」「よかったねー」「あとはまかせて!」などと輪になってきゃいきゃいはしゃぎはじめる。
そういう話だと察したらしく、様子を見ていたらしい。
「でも、まだこの話に権限を持ってるロキシーの許可が……」と答えるスープラの少し戸惑った様子にも「絶対大丈夫だよー」とお構いなしに盛り上がっている。
夏央は輪の外からその様子を、なんだか学校で見慣れた女の子達の騒ぎと同じだな、まあ年も同じだから異世界とはいえそれもそうかと納得しつつ眺めていた。
きりのいいところで女の子達がデュパープに軽く叱られて仕事に戻り、伸びていたリップとリュリーがようやく目を覚ました頃、ロキシーがやって来た。
「どうでした、GTのアサインはしてもらえましたか?」
しれっとしたロキシーの前に、デュパープが仁王立ち、というか『ガイナ立ち』で立ちふさがる。かっこいい。
すっと伸びた背筋と組んだ腕がやたら力強い。どう見てもロキシーより強そうな立ち姿だ。
「ひどいじゃない、ロキシー。わたしの大事なスープラとリップを指名してくれないなんて」
「え? まさか?」
「ええ。スープラが自分で立候補したわ」
「……そこまで興味があったとは」
デュパープは困惑した様子のロキシーを、夏央たちから少し離れた、誰もいないところに半ば強引に引っ張って行った。
◇◇◇
デュパープは改めてロキシーに問いかけた。
「なにか問題があるの?」
「……ええ、とりあえず二点ほど」
言いにくそうに答えるロキシーをデュパープは目で促す。
「……一つ目は、彼が何者なのかはっきりしていないということです。調査中の一連の異変と関わりがありそうなので、彼は何らかのトラブルに巻き込まれる、もしくは彼自身がトラブルの原因となる可能性が高いと私は判断しています」
「異世界からの意識を持った侵入者、ね。わたしは悪い子には見えないけど。リュリーもそうだけど、あのスープラが懐いてるみたいだし」
「な、懐いてます? 興味本位だとばかり思っていましたが…」
「ええ。誰とでも仲良くできるのはスープラのいいところだけど、今回は距離感が違うみたいよ。自分で話を聞いてその場で請け負ったみたいね。短時間でなんか信頼してる顔になってたわ。リップはいきなり襲い掛かってたけど」
「リップかぁ。彼が現れた時も後ろから頭を蹴り飛ばして昏倒させたらしいんですよ」
「その時ちゃんと説明してあげてれば避けられたのよ、二回目は……。スープラ絡みだとあの娘は迷わず手を出すんだから」
「ええ、ここにリップがいることを失念してました」
「あなたって昔からそういううっかりなところあるわよねぇ……」
「派手に殴り倒すあなたも十分アレですけどね……」
「大丈夫よ、手加減してるし」
デュパープは笑顔でそう言い放ち、それから真顔に戻った。
「で、夏央の件だけど、何かを隠してそうなその様子からして、あなたは同行するんでしょ?」
「隠してというか……いやまだ推測なのでなんとも……」
「それを隠してるって言うのよ。あなたが同行するなら、このミッションで何かトラブルがあればあなたがどうにかするだろうし、あったらあったでそれは二人にとってはGTとしてのいい経験になるんじゃない?
冷たいかもしれないけど、これから先のことを考えるなら、ね。興味本位にせよ、信頼してしまったにせよ、その結果は自分に返ってくるということを」
「まあ、そう言ってしまえばそうなんですが」
「なあに、はっきりしないわね。それで二つ目は?」
「……二つ目は、まあ、スープラとリップの初めてのミッションが私と一緒というのはよくないかな、と」
デュパープはなにもかも見透かしたような顔をして鼻で笑う。
「やっぱりそれなのね。甘やかしたくないって気持ちはよくわかるわ。でもそれは結局あなた次第でしょう?」
「そうですね……」
ロキシーは困ったような表情で頷く。
「あの子たちなら大丈夫。あなたに甘えてやるべきことをやらないなんてことはないわ。それに……」
デュパープは一転、ロキシーを真顔で見つめる。
「あの子達への指導に、あなたの過去への思いは関係ないはずよ。まあ、そんなことわたしに言われなくても分かってるだろうけど」
「さすがにお見通しですか……」
ロキシーは少し苦しそうに言う。
「付き合いは長いのよ? むしろ、歴戦のGTと初心者との圧倒的な知識や経験の差は、あなたが教えてあげるのが一番じゃない。大変な経験になったとしてもフォローもしっかりしてくれるだろうし。
私は初めの一歩として、このミッションであの子たちの心にあなたの背中をしっかり刻んであげて欲しいの」
ロキシーはしばらく険しい顔で黙っていたが、根負けしたように答えた。
「わかりました。二人に頼むことにしましょう」
「よし、交渉成立ね。あと報酬もはずんであげてね」
「え……」
デュパープは魅力的な笑みを浮かべて、夏央たちに手を振って叫ぶ。
「交渉成立よ! 旅の準備をしなさーい!」
◇◇◇
スープラとリップにはデュパープの表情しか見えていなかったし、どんな話がされているのかもわからなかったけど、ふたりのやりとりをかたずを飲んで見守っていた。だから、そのデュパープの声に飛び上がって喜ぶ。
「デュパープありがとー! 大好きー!」
「やったー!」
「旅だー! デビュー戦だー!」
気づくと店中の人々が拍手をしてくれている。
「二人ともデビュー戦がんばれよー!」と叫ぶ人。
「道に迷うなよー!」と心配してくれる人。
「これ持ってけ!」と何やら回復系っぽい大量のアイテムをくれる人。
「怪我するようなことしちゃダメだよ!」と心配する人。
「かんぱーい!」となんかとりあえずグラス持ってくる人。
スープラとリップはこの店の常連さん達の人気者らしく、なんだか店中がえらい大騒ぎになっていく。
再び他のメイド姿の女の子が、こんなにいたのかと思うほど集まってきて、さっきとは比べ物にならない勢いでキャーキャー言っている。
状況についていけていない夏央に、GTのデビューミッションは人生の一大イベントなのよ、とデュパープが教えてくれた。
細かい打ち合わせは場所を変えて、ということになり、夏央はロキシー、リュリーと共に外に出た。




