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異世界魔王は世界を壊したい  作者: spiegel
2章
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もう一度騎士を目指したい


 夏央が目を覚ますとなんだか大変なことになっていた。


「おはよう、夏央」


 まず目に入ったのはスープラの笑顔。

 倒れた夏央をずっと抱き抱えていてくれたらしい。


 続いて目に入るのは少し困ったようなエリアルの笑顔。

 いや? あれ? 成長してる??


 さっき見た時はスープラやリップと同じくらいの年齢だったはずなのに、ロキシーのように大人の綺麗なお姉さんになっていた。


 そして目覚めた時からずっと聞こえている号泣の合唱。


 エリアルに縋り付くようにして、ゼータとリップが号泣している。

 エリアルに向かって何かを叫んでいるが、まるで言葉になっていない。


 困ったように、でも嬉しそうにそれを見守るロキシーがそっと目元を拭う。


 リュリーはロキシーの肩に乗り、ニコニコとその姿を見ている。


 かさねはその隣で黙って頷いている。


 夏央を見下ろしている、ブラーシェとシュシュ。

 表情は穏やかだ。


 エルゼもいる。

 こちらは安定の無表情。実体化したままなのか。


 ……シャルロットがいない。


「シャルロットは?」


 誰に言うでもなく尋ねて、スープラに支えてもらいながらゆっくりと体を起こす。体がひどく重い。


 シャルロットが捧げた対価は自分の時間。

 無我夢中で対応したけど、時間を失った彼女はどうなった? 不安がよぎる。


 エリアルに縋り付いていたゼータとリップの間から、埋もれていた誰かがモゾモゾと顔を出した。


 エリアルとよく似た髪色を持つ、獣人の少女。


「ありがとう、助けてくれて」


 ブラウドラッハよりは年上。こんな娘いたっけ? と思いつつ、その面影には見覚えがある。こんな曇りのない笑顔を浮かべる人ではなかったが。


「シャルロットなの?」


「そう。エリアルは大人になって生き延びて、私は逆に子供になった。あなたのおかげでエリアルを救うことができた。本当にありがとう」


 シャルロットは輝くように微笑んだ。本当に嬉しそうだ。


 良かった。うまく行ったんだ。

 ギリギリだったけど手伝えて良かった。


 エリアルはそっとシャルロットの頭を撫でる。


「私からもお礼を言わせて。あなたたちのおかげで、私は大切な人たちを失うことなく、また一緒に同じ時間を生きることができる。あなたにも心からの感謝を」


 ゼータとリップが涙でぐしゃぐしゃになった顔を夏央に向けて「うおーんうおーん」と何か叫んでいる。

 何を言っているか全くわからないけど多分感謝しているんだろう。


 リップはともかく、ゼータはこんなキャラだっただろうか。クールな騎士様が台無しだ。ギャップが凄すぎる。


 堪えきれなくなって夏央は吹き出した。




◆



 しばらくしてようやくゼータとリップが落ち着いた後。ロキシーが、改めて今の状況を夏央に整理してくれた。



 まず、コキュートスドラゴン。

 言われてみると姿が見えない。

 最初は目が合っただけで殺されるのではないかと思うほどの圧倒的な存在感を放っていたが、コミュニケーションが可能だったことには驚いた。

 魔王の種との対話を可能にするとかとんでもないことをしてくれたりしてすごく助けられた。本人の興味の範囲でしかなかったけど、いなかったらエリアルの対処はできなかったのは間違いない。


 コキュートスドラゴンは、幼くなったシャルロットをとても褒めていたらしい。

 さらには自分の体から取り出した蒼い宝玉を渡し、困ったことがあればこれを使って自分を呼べとまで言ったのだとか。

 これは御伽話に出てくるドラゴンの加護なのだそうだ。実在したのかとロキシーはとても興奮していた。


 エリアルに向けてシャルロットを養うように告げ、雑用があると言ってコキュートスドラゴンは去っていったらしい。

 言われてみると洞窟の天井に開いていた穴は綺麗に消えていた。



 次に、エリアル。

 シャルロットの十年を受け取ったことで、失われた時間が補填され、十年分の変化が身体に生じたそうだ。

 これによって本来の年齢、ゼータやロキシーと同年代の外見へと変化した。

 身長も少し伸びて、リップを再逆転したらしい。


「すぐに追い越すんだから」とリップはちょっとだけ悔しそうに、でも嬉しそうに笑っていた。


 リップからシャルロットの身体への精神の移動と、十年の移譲。この対価として、エリアルは術式を使うために必要なエーテルを生み出す力の大半を失ったそうだ。

ロキシーと違い、壊れたのではなく、喪失。

 エリアルは、これからはほんの少し、日常レベルの単純な術式しか使えない。


「生きていられることに比べれば大したことじゃ無いわ」


 エリアルはからりと笑う。


「今度は私がお姉ちゃんを守る番だから! どーんと頼ってよね」


 リップも笑う。


「俺もいるんだから忘れるな」


 みんな笑顔の中、ちょっと拗ねているゼータが夏央には微笑ましかった。




 それから、シャルロット。

 十年をエリアルに渡したことで十二歳ほどの外見になった。

 元々帰る場所のなかったシャルロットは、これからはエリアルとゼータが面倒を見るそうだ。


「シャルロットは私たちの娘にすることにしたわ。わざわざコキュートスドラゴンに言われなくてもそうするつもりだったのにね」


「憧れのお二人がお母さんとお父さんになってくれるなんて、嬉し過ぎてどうにかなっちゃいそうです!」


 シャルロットは子供のようにぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「意識が体に引っ張られているみたい。前と変わらないように話すこともあれば、時々子供みたいになっちゃうこともあるの。本当に娘ができたみたいで嬉しいわ」


 シャルロットは照れたようにはにかんだ。


「そうなんです。恥ずかしいけど、ときどき子供みたいになっちゃって。薄れてしまった記憶もありますが、大切なことはちゃんと覚えています」


 居住まいを正して、シャルロットは続けた。


「私はお二人の元でもう一度騎士を目指したいと思っています。ゼータ様は指導は厳しいと言っていましたが望むところです」


 涼やかな目元には強い意志を感じた。以前と違うのは、そこに希望が宿っていると感じられること。


「ゼータと渡り合えたシャルロットだもの。またすぐに追いつくわ。これからが楽しみね」


 そう言って笑うエリアルは本当にお母さんのようだった。


 すべてを諦めたような目で「もう軍には戻れない」と言っていたシャルロット。力を使った時に見た悲惨な過去。それらを思い出して夏央は泣きそうになった。

 結果論でしか無いけれど、シャルロットが人生をやり直すことができて本当に良かったと思った。


「記憶が薄れたのは俺のせいなのかな?」


 夏央はシュシュに問いかけた。


「ご主人様の対応の結果なのは確かですが、元々私は記憶も対価としていただくつもりでした。彼女にとって大切な記憶は残っているようですので、気に止むことはありません」


「エルゼが吸収していたようだけどそれは大丈夫なの?」


「ええ。失われて変換されることで私の対価となっていますので問題ございません」


「ブラーシェも大丈夫?」


「もちろんじゃ。しっかり対価は頂いたぞ」


 二人とも心なしかツヤツヤしているので問題なさそうだ。


 エルゼは「お腹がいっぱいになって眠くなった」と言ってあの後すぐに姿を消した。ブラウドラッハたちのように、現れたり消えたりできるようだ。二人と違って本体はあくまで夏央の中にあるようだが。

 スープラはエルゼが姿を消してちょっと残念そうだった。リュリーが頭を撫でて慰めていた。




 スープラ。

 ブラウドラッハに対価として支払ったのは、秘密の一部。

 髪色はシルバーブロンドで固定され、法術を使っても変えることは出来なくなったのだそうだ。

『イメージチェンジって言えば大丈夫でしょ』と笑っていた。




 最後に、ラファエラ。

 シャルロットの一撃で絶命したはずだった。

 しかし、一連の騒ぎの後でロキシーとかさねが確認に行ったところ、ラファエラの遺体は消えていたそうだ。

 残されていたのは血溜まりのみ。

「確実に仕留めたはずです。どこかに移動できるような状態ではなかったと思います」

 そうシャルロットは振り返り、ゼータとかさねも頷いた。

「何かの術式が施されていたのかもしれませんが、私も余裕がなくて気付かなかったですね。残念です」

 ロキシーはラファエラの行方不明に責任を感じているようだった。とはいえ、どうなるものでも無いだろうと夏央は思った。

「一旦忘れましょ。考えてどうなるものでもないし」

 エリアルはロキシーの肩を叩き、軽い調子で慰めた。


 ラファエラは消えてしまった。

 今わかるのはそれだけだ。



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