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ふかふかとした柔らかい感触を確かめる様に指を動かせば、指先に当たったほんのりとした温かさ。うちのベッド、こんなに柔らかくないし湯たんぽはまだ出していなかった筈だ。ぼやける思考の中で、私は身体中の強張りと鈍い痛みに、ゆっくりと昨日のことが脳裏を駆け巡って行く。


そうだ、昨日は学校の帰りに魔物と鬼ごっこをした。久しぶりに買い物に行こうねーなんて言ってたのに一緒に居た友達を逃がすべく、私が囮になって走り出したのがきっかけだ。


そうだそうだ、思い出した。なんとか逃げ切ったところまでは覚えてるんだけど、それ以降は全然覚えてない。ってことは、だ。家に帰って来た覚えもないから、此処は私の家じゃない。何処だ、此処は。


恐る恐ると目を開ける。真っ白なシーツにふわふわの毛布。やけに広々としたベッドには、私しかいなかった。私の隣が温かかったのは誰かが隣で寝てたということで。私は、意識をぶっ飛ばした上に、余所様のお家でお世話になってしまったのか。なんという迷惑をかけてしまったんだろう。


「――あ、起きた?外傷がなかったから、とりあえずベッドに寝かせたんだ。痛い所はある?」

「…筋肉痛が。いや、あの、此処はどこでしょうか?」

「此処は軍の、うちの仮眠室だよ。とりあえず、お腹すいたでしょ。朝ご飯用意したからおいで」


赤い目の軍人さんは、優しく笑って私を部屋の外へと誘う。軋む身体に苦笑が零れた。ベッドから降りるのさえ、大仕事の様に感じたのは体力の衰えだろうか。身体の筋肉全てを使うような追いかけっこだったからとひとりで言い訳をして、私は部屋の外へ踏み出した。


仮眠室を出れば六畳ぐらいのリビングに直結していた。そうか、仮眠室だもんね、なんてひとりで納得する。脳内で何人もの自分と会話をしてしまうのは、独り暮らしが長かったからか。家に帰れば独りぼっちだったし、うん、そんなこともあるよね。


「悪いな、うちには女性隊員がいないから着替えもさせてないんだ。乾かすだけ乾かしたんだけど、体調は大丈夫そう?」

「筋肉痛があるだけで、気怠いとかはないんで大丈夫です」

「良かった。それ食べたら、とりあえず病院に連れて行くから。あぁ、そうだ。俺は(みずき)紅哉(こうや)っていうんだ。君の名前を訊いても?」

「私は、埋火(うずみび)朱妃(あき)です」

「埋火?埋火って、あの?」


あの、ってどの埋火を指すんだろう。この国には埋火家は一つしかない筈だ。


埋火家はトクベツな一族だった。守りに特化し、絶対防御の名を欲しいままに振りかざしていた。最強の盾だと言われていたけれど、それは呆気なく飛来してきた魔物によって壊されてしまったのだけれど。


「六年前、ワイバーンに一族もろとも炎の中に葬られた埋火家で間違いないです」

「…そっか、お前があの生き残りか。うん、とりあえずご飯食べよう」

「はい、いただきます」


ダイニングテーブルに並べられた美味しそうな朝食たち。食パン、ベーコン、目玉焼き、サラダ、スープ。1人だったら絶対にしないメニューで、それは久しぶりに食べるまともな朝食だった。普段、独り暮らしだし面倒臭がりだから、朝食はヨーグルトかフルーツぐらいだ。授業の合間に栄養補助食を食べたりして、空腹を誤魔化している。


「こんな朝食で悪いな。男ばっかりだから、冷蔵庫の中が空っぽでね」

「いえ、朝食までしていただいて、私の方こそ申し訳ないです。私、こんな朝食、本当に久しぶりで。美味しいです」

「そうなの?何も食べてないとか言うんじゃないよね」

「それは流石に頭が回らないんで、大体はヨーグルトかフルーツを食べてます」

「…朝食は一日の基本だよ、朱妃ちゃん」

「ふふ、そうですね。少し、改めます」


こんな朝ご飯食べたら、フルーツとヨーグルトだけでなんて満足できないよね。誰かの手料理を食べるの、何時振りだろう。先輩たちが卒業してから、なくなったっけなあ。先輩、料理上手かったもんなあ。たまに先輩のお母さんの料理も食べさせてもらったりしたし。久しぶりに会いたい。


「それじゃあ、ちょっと支度して来るから待ってて」


美味しく平らげさせていただき奥に引っ込んだ劉さんを見送った後、私はそそくさとお皿を洗わせてもらった。食器って、使ったそのままにはしたくないんだよね。カシャンと最後のマグカップをすすぎ終えたあと、私は扉が開いた気配に振り返った。


「――朱妃!!」

「えっ、皇祇さん?!」


反応が少し遅れたけど、え、なんでこの人が此処に居るんだろう。あれ、この人の職場って此処だったっけ?じゃあ、此処って軍本部なの?じゃあ何、劉さんの上司ってこと?確か、総大将だったよねこの人。私を抱きすくめる男を呆然と見上げる。


「…皇祇、さん?何してるんですか!?」

「おー、劉。おはようさん」

「おはようございます。何、女子高生に幼気な事なさってるんですか!?総大将がセクハラとかシャレになりませんよ!」

「大丈夫大丈夫。コイツ、俺の義理の娘だから。昨日、お前等の部隊が助けてくれたんだろ?ありがとな」

「義理の、娘!?アンタの!?」


抱き締められたままで、ごっちゃごっちゃと騒ぐ皇祇さんと劉さん。離せよともがけば、ぱっと腕を解いてくれ、やっと自由の身。身体はバッキバキだけどね。劉さん、この人の部下かあ。なんか、残念な気持ちである。


「いやあ、お前が魔物と追いかけっこしてるって聞いて肝が冷えたぜ」

「ご心配お掛けしました。というか、それ、どこまで広がってるんですか?まさか、先輩たちもなんて」

「安心しろ。お前が魔物と追いかけっこした事実は、全てに広がってる。アイツ等が騒ぎ出す前に、劉と病院に行って帰れ」


過保護な彼らに捕まれば面倒だ。皇祇さんの言ったとおりにしよう。先輩たちが騒ぎ出せば、病院どころじゃない。いや、病院に行くほどでもないんだけど。


いっその事、このままズラかるのもアリか。会いたいんだけど、こういう意味では会いたくない。怒られるから。絶対に怒られる。説教五時間とかやだ。

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