第7話 運命の人
セシリア。
それはかつて所属していたギルドのギルドマスターが使っていたキャラクターネーム。
目の前の女性の頭上にはその名がはっきりと表示されていた。
間違いない。彼女だ。
仲間のことを何よりも大切にする彼女は、かつての仲間たちから尊敬と親しみを込めて『姫』と呼ばれていた。
ま、まさかもう一度会えるなんて……。
俺はかつてないほどに胸が高鳴っていた。
しかしそれに反して姫の表情は驚きから怒りへと変わっていく。
「そう……、信じたくなかったけど本当にあなたが『あの』忍だったとはね……。一体どういうつもりなの?」
え?あの忍?ちょっと待て。何のことだ?
戸惑う俺を余所に姫は腰に帯びた剣に手を沿えた。
「あなたの噂は色々と耳に入ってくるわ。両手剣を持ったダークエルフの狂刃忍。人気のないフィールドで罪のないプレイヤーをPKしているそうね。つい先日も低レベル帯のギルドを脅迫したって話じゃない」
姫の鋭い眼光が俺を捉える。
な、なんて威圧感なんだ!いくらVRMMOだからってここまで再現しなくてもいいじゃないか!コミュニケーションレベルが一般の方々と比べてほんのちょびっとだけ低いことを認めるのをやぶさかではない俺にとってその剥き出し敵意はまさに猛毒である。
あわ、あわわわわわわわわっ!
くそっ、どこかのPK忍め!この怨みはいつか絶対に晴らす!絶対にだ!
と、とりあえず今は姫の誤解を解かないと!
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!それは俺じゃない!ほら、IDを確認してもらえばすぐに分かるから!」
姫は左手でシステムウィンドウを操作した後、俺の方へと視線を動かした。
VR版ヴァルキリーヘイムでは、プレイヤーをターゲットすると頭の上に名前が出るようになっていて、さらにシステム設定を変更することでそのプレイヤーのIDまで表示できるようになっている。
「ID042930。やっぱりあなたじゃないの!」
姫はそう言って剣を引き抜いた。
確かに042930だけど『死に腐れ』なんて酷すぎる!
「酷い!何で!?俺PKどころか今までずっと一人だったし、このゲームで人と話すのだって姫が始めてだっていうのに!」
周りから野次馬たちの声が聞こえてくる。
「ぼっちだ……あいつ真性のぼっちだぜ……」ってうるさいなおい!
お前らに構っている暇はないんだよ!
「それにほら!俺の名前見て!赤くないでしょ!?」
一般プレイヤーを殺したしたキャラクターは、犯罪者プレイヤーである証として表示される名前が赤くなる仕様になっている。対して一般プレイヤーが犯罪者プレイヤーを殺した場合には犯罪者プレイヤーにはならないし、一切のペナルティーは発生しない。つまり名前の白いということは一般プレイヤーをPKしたことがないということに他ならないわけで……。
「ペナルティーを受けずにPKをする方法なんていくらでもあるわ!」
確かにそうだけども!
「それについ一昨日桜組っていうギルドを脅した件についてはどういう言い訳するつもり!?」
「桜組!?」
ちょっと待てよ。どこかで聞いたことが……あっ!そうだ!一昨日ギルドメンバーを募集していたギルドが確かそんな名前だったはずだ。
「いやいや、脅してないから!ギルドに入れてもらおうとしただけだって!」
「あなたのような高レベルキャラクターが低レベル帯のギルドに入ろうだなんて一体どんな非道なことをたくらんでいたって言うのよ!」
「姫の中で俺はどんだけ悪人なんだよ!」
くぅっ!当時はあれだけ姫に助けられて、狩りに付き合ってもらって、相談にも乗ってもらったのに!
……ってあれ?ちょっと待てよ。そういえば当事の俺って初心者過ぎて頼ってばっかりで全くギルドの役に立ったことなかったような……。もしかしなくても信頼なんてされてなくても当たり前じゃないか?
ガーン!驚愕の事実だ!
ま、不味い!何とかして誤解を解かなきゃ……。
俺はすぐにシステムウィンドウからメールボックスを開いて姫に見せた。
「ほら!これを見てよ!どっからどう見ても紳士的だし、変なところなんてないだろ?!」
姫がメールを覗き込んでくる。か、顔が近いんですけど……。いくら姫の顔が綺麗でもコミュレベルマイナスの俺にこの距離まで近づかれたら嬉しいとかいう以前に悪寒がすごいことに……ぞわ……ぞわぞわっ。
ヘ、ヘルプミー!俺のパーソナルスペースは三メートルはあるんです!女の人相手には五メートルになっちゃうんです!
そんな俺の心の悲鳴を余所に、姫は一通りメールを読み終えると呆れ顔でこっちを見た。
「ねぇ」
「な、何でしょうか?」
「メールの履歴がネームレスさんとサクラさんしかないんだけど……」
「ええっと……、それはその……、今までずっとソロしてたから……ではないでしょうか」
「もしかして『また』ぼっちなの?」
確かに前作ではあの人にギルドへ誘われるまで三ヶ月以上もぼっちだったからその言葉は間違いではない。
だけど。だけどね。
「そういった状況であったことは確定されているわけではないけれど、否定ができる要素もない……可能性ももしかするとあるのかもしれない……」
「つまり相変わらずのぼっちだったのね」
ちょっ!言葉を濁しているんだから察してくれ!
「はぁ……、昔と全然変わっていないのね、あなたは。何だか今のあなたを見ていると噂に警戒してた私たちが馬鹿みたいに思えてくるわ」
ご、誤解は解けた……のかな?まさかぼっちだったおかげで?ハハッそんな馬鹿な。もしかして姫の中では俺=ぼっち=無害って認識されたとか……。あれ、おかしいな。誤解が解けて嬉しいはずなのに目からしょっぱい水が……う……うぅ……泣いてない!泣いてないもんね!
「それでどうしてあなたがこんなところにいるの?あなた確か前衛アタッカーのはずでしょ?」
「ええっと……ボス狩りに参加するため?」
「何で疑問形なのよ……。というかあなたダークエルフでしょ?体力は一体いくつなの?」
「6……とかだったりして」
「は?あなた馬鹿なの?死にたいの?」
「死にたくは……ないです……」
「ネームレスさーん!一命様お帰りでーす!」
「ひどっ!」
姫の声に呼ばれてメイジの人が笑いながら近づいてきた。
頭上には『ネームレス』と表示されている。
ネームレスさんってメイジだったのか。いや、メイジから転職してウィザードかサマナーになってるのか?でもあの頭に見える角はドラゴンハーフっぽいし、魅力が低そうだからサマナーって線はないか。
「くくくっ、いや、本当に面白いね君たちは。セシリアさんがそんな顔をするところは初めて見たよ」
「そんな顔ってどんな顔ですか。全く……。それよりもどうしてこいつの参加を認めたんですか?どう考えても犬死がいいところでしょう?」
犬死ってそんな……。
「いやぁ、僕だって言ったんだよ?範囲攻撃で下手したら即死するよって。それでも彼女がボス狩りに行きたいって言うんだもん」
「あなたそんなにボス狩りに行きたいの?」
「行きたいです」
「死にたいの?」
「死にたくないです……」
「まぁまぁ、いいじゃないか。僕としても是非一度噂の狂刃の実力とやらを見てみたかったしね。しかも何気に彼がこの中で一番レベルが高いんだよ?ソードマンのレベル45だからね」
「は?」
「あ、一昨日あのメールの後に46になりました」
「何でそんな店売り装備のソロでそこまでレベルを上げられるのよ!」
「えっと、戦闘が楽しくて気が付いたら……店売り装備なのは……その……生産職の知り合いもいないし……」
「みんなここから出るために必死で戦ってるっていうのにこの馬鹿は……本当に変わってないわね」
「まぁまぁ、ヴァルキリーヘイムにログインしてる人たちは結局みんなゲーム好きなわけだから我々も類友ですよ」
「あなた、本当に本当にほんっとーにボス狩りについて来る気?」
「イエス、マム!」
「はぁ……仕方がないわね、全く。いいわ、また守ってあげるわよ。ほんと全然変わってないんだから」
そうだった。前作でも俺は攻撃特化の紙アタッカーにしてたから随分と姫に守ってもらっていたんだった。
でも今なら少しは役に立てる!と思うんだけど……。役に立てたらいいなぁ。




