7 電池切れのセミ
「まるい耳鼻咽喉科」から帰ったあと、抗生物質を飲んだら、すぐに眠気に襲われて寝てしまい、気づいたら深夜だったので、しげるはそのまま寝て、翌朝は6時に目が醒めた。
寝た時間の長さのわりにはだるいままで、熱は38度2分――一進一退だった。
「医者に診てもらいました。いまだ発熱中ですが、とりあえず様子をみることになりました。ご迷惑をおかけします」と作務衣先輩にメッセージを送ると、無表情に近い猫の顔が返ってきた。解釈の選択肢が多すぎて困る。
予定のない火曜日の朝は、どうやら曇りでセミの声もなく静かだったので、解熱剤に手をだすか迷っているうちにまた寝てしまい、昼過ぎに目醒めるとしげるはみゆきに連絡した。
「耳鼻科より帰還しました。発熱ぎみではありますが、鋭意治療中です。明日をお楽しみに!」
ちょっと飛ばしすぎたので、しげるも本調子ではないのを自覚する。
みゆきも忙しいのか、昼のうちに返事はこなかった。
肩透かしが精神的にきつかったこともあり、しげるは抗生物質と解熱剤を飲んで、ふて寝した。
ソファに横になるまえに用を足したのだが、洗面所の鏡でみた二葉も、どことなく落ちこんでいるようにうなだれていた。
夕方、突然スマホが振動して目が醒めた。
みゆきが電話をかけてきたのだ。しげるはソファに横たわったまま電話にでる。
「ごめん、寝てた?」
「いまも寝てるよ」
「冗談はいいや。昼の返事をしなくてごめん、でも私もいろいろあってさ」
「え、うん……そりゃそうだろうから、かまわないよ」
みゆきはなぜか深呼吸した。
「とりあえず、明日は逢えなくなりました――ていうか、しばらく逢えないかも。というか、もしかしたらもう逢わないかも」
しげるはソファで硬直する。
「えっと……」
「話してなかったんだけど、私ってバツ一なの。しかも、私が有責なんだ。まえの職場で不倫しちゃってさ。それで、元旦那に中学生の娘の親権もとられちゃったわけ」
情報量の多さに、しげるは思わず珍妙なお宝がみつかったかのように「ほほぅ」とうなってしまった。
「親にも勘当されちゃってさ。なんかもう、いろいろいやになっちゃって、この町にきたってのが真相」
しげるは熱が急上昇するのを感じる。
「でも、昼間急に元義理母から連絡がきてさ。元旦那になんかあったらしいの。それで、娘が私に逢いたがってるっていうから、いまから向かうところ!」
みゆきの音声が遠くから聞こえる気がしたが、「娘にも無視されつづけてたんだけどさ、向こうから逢いたいって言ってくるって奇蹟じゃない?」とか、まくしたてている。
「そ、そりゃよかった」
しげるは返事をしぼりだす。それ以外、口にしようがない。
「とにかく、気をつけて」
「うん、ありがとう。またどっかで連絡するかもしれないし、もうしないかもしれないけど、とにかく元気でね?」
「え、ああ、うん。そっちも……」
みゆきはおそらくはしげるとは無縁の安堵と興奮で息をスーッと吸う。
「しげる、面白い人だからだいじょうぶだと思う。あたまに葉っぱも生えたんでしょ?」
あきらかに信じてない感じだが、努めて楽しい別れを演出してくれているので、しげるも調子を合わせる努力をする。
「育てるには水でいいのかな、育毛剤だと逆効果だと思う?」
「ふふ、じゃあ、そろそろ電車がくるから。さよなら!」
みゆきは絶好調だ。
「いつか花が咲くかもしれないし、大事にしてね――」
電話が切れた。
しげるはしばらく放心し、失神するように寝た。まるで電池切れのように。




