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OZの太陽  作者: 坂本悠
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5 庭にワニ

 どこをどう歩いてもどったかはわからないが、しげるは翌朝6時までソファで寝ていたものの、倦怠感はなくなっていなかった。

 冷静に考えると、起きぬけの倦怠感がなくなっているとかいうのは無駄な期待というものだ。それも月曜日の朝なんてとくにそうでしょ。


 それでも右手付近に落ちていた体温計を使ってみると、ピパピパののち、40度を叩きだした。記憶にあまりない大台にのってしまった。


 しげるは冷凍庫で一度製氷されるぐらいのあいだソファに横たわっていたが、当然なにか変わる気配もなく、覚醒するにしたがってだんだん頭痛も耳鳴りもしてきたため、思わずつばを呑んだらそれさえも沁みた。


 そこでまだ動けるうちにと冷蔵庫まで這っていって、スポーツドリンクをがぶ飲みした。スポーツしていないのにスポーツドリンクが英断だったことに奇蹟を感じるが、へんな味がした。


 ふらふらと台所までいき、抽斗をまさぐってみたものの、かぜ薬のたぐいは見当たらなかった。購入した憶えもないので仕方ないところだ。でもそもそも、なにを服用したらいいのかもよくわからない。


 昨日のパンが置かれていたが、体力があるうちに食べておくべきか、やめておくべきかが判断できず、とりあえず回文を考えて落ち着こうと試みた。

 に、に、に。にわにわに。暗闇のなかでふいにふれてくる冷たい手ぐらい不穏なものができあがって驚く。


 ソファまでふらふらして、坐りこみ、無心になっているうちに七時になったので、いち社会人として職場に連絡することにして、工場の先輩(50代の作務衣おじさん)にメッセージを送った。職場まで徒歩10分だが、芽のこともあり顔をみせたくないのもある。


「早朝からすみません。発熱全開なので、しばらくお休みをいただくかもしれません」


 わりとすぐ返事がくる。おじさんたちの朝は早い。例外の社長は完全に昼夜が逆転しているので、こういうとき直連絡しない暗黙のルールがある。


「マジでか。無理しないで、どうせ暇だし」


 自虐を入れてくるのもおじさんならではかもしれない。


「――どんな状態? 生きてる?」


 おじさんならではの配慮もある。できれば二葉が生えたことを報告したいほどのやさしさを感じる。


「あちこち痛い気がするので、生きているって実感しています」


 それでも半分冗談みたいな文言を入力していると、しげるはちょっとむなしくなった。


「すてき。真似したくはないけど――可能なら、動けるうちに病院で診てもらうのもよいかも。無理しないでね。社長には伝えておくので、死んだら連絡ください」


 おじさんは何度もおなじことを言ったりする。でもまァ、無理なんてしたくはないからありがたや。


「ありがとうございます。前向きに検討します」


 しげるの空元気に、にっこりした犬の顔が返ってきた。

 しげるはふたたび、はふぅと胸の息を吐いて、ソファに寝ころがって目を閉じるとすぐ寝た。


 起きると昼の12時だった。

 窓から陽射しがあり、まぶしいぐらいだったけれど、しげるは寝つくまえよりだるい気がした。

 鼻水がツルーッとたれてきたので、すすりながらシャツのそででぬぐいつつ、テーブルのティッシュ箱に手を伸ばす。

 思いのほか視界がぐにゃりとした。


 ブヒーと鼻をかんで、奥にひそんでいたメロウな鼻水も処理し、ティッシュをまるめて部屋のすみのゴミ箱に投げると、きれいにはずれたものの、しげるはめげずに、みゆきに連絡してみることにした。


「お仕事おつかれさまです。どうやら、風邪をひいたもよう」


 自動車修理工場が月曜から忙しければスルーされるかもしれないが、それはそれでいい。相手に都合のいい中身でもない。


「マジで。熱は?」


 しげるが冷蔵庫までぎくしゃく歩いて、スポーツドリンクをふたたびがぶ飲みしていると、どストレートな返信がきた。遊びがまるでない。


「40超えです。年齢じゃありません」


 冷蔵庫を閉めて、ソファまでぎくしゃくもどると、「今日は忙しいから電話できそうもない。病院行きなよ」と返ってきた。


「ご心配いただき感謝。前向きに検討します」と打つと、直後に「いや、流行りのだとよくないでしょ。明後日までにはっきりしてなかったら、近寄らないで?」と感情がひしひしつたわってくる年齢相応のプチ切れがきた。


「すみません……午後にでも行ってきます」


 しげるが粛々と入力すると、みゆきも察したのか雑談にもどり、「そういえば、芽はどうなったの?」「まだあるよ、二葉が生き生きと」「ふぅん、そういうカッパがいなかったっけ?」「は?」「ところでなんか食べた? 食欲はあるの?」「飲んではいるよ、パンを食べるか迷い中」「なら、元気なうちに病院いってね」とつづいたあと音信が途絶えた。


 初診ではないものの、コンビニより遠い耳鼻科に這ってでもいかねばならなくなってしまったので、しげるはスマホをポッケに入れ、藤の籠からマスクと診察券をだし、キャップを手にとり、財布に保険証があることを確認すると、どろりとした粘液になった気分で外出した。

 軽トラに乗るか迷ったものの、事故ったら洒落にならないのでやめた。苦しかったらタクシーを呼ぶしかない。そうなるとふところが苦しくなりそうだけれど。


 例によってうだる暑さであり、暑さは熱とまじりあい、しげるを夢気分にさせた。悪いほうの。

 しかし、おかげで目深にキャップをかぶることは自然であり、山道をくだり神社と公園を通り過ぎ、市道に入ってからも通行人に不審がられることはなかったものの、耳鼻科の看板「まるい耳鼻咽喉科」がみえたとき、ふと気づいた。


 診察って着帽したままでよいのか――?


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