055話 四国の諸大名の事情
元禄15年6月10日(1702年7月)、第二次討伐軍が尼崎へ向けて出立した頃、四国の各大名家では困った事情が発生していた。出兵のための兵は用意していたが、摂津の国に渡る手段が無かったのである。本州と違って歩いて移動できない、かと言って短期間に船を造船できない。
四国の大名家は村上衆(水軍)を当てにしていたが拒否られた。過去に村上衆はイワレヒコの船団を襲って壊滅的被害を受けていたのである。
瀬戸内海 村上衆の縄張りにて。 時は8か月遡る
元禄14年11月(1701年12月)の転封反対同盟に加担した岡山藩・姫路藩・津山藩の江戸屋敷における妻子脱出作戦の際、浦賀より海路で西を目指した。
ちょうど瀬戸内海に差し掛かった辺り、淡路島を過ぎて姫路の手前あたりで十数艘の小早に取り囲まれた。
「そこな船、止まれい! 止まらぬと火矢を射かけるぞ。我らは村上衆である」
無論イワレヒコ軍の救命艇3隻は無視である。木造船に偽装された船はおよそ長さ50m幅15mくらいで元は救命艇なので当たり前の大きさだ。
停船する気配が無いため小早は矢を射掛けながら近づき、火矢と焙烙玉を投げ入れる準備をしていた。
50mくらい接近したところで、「ウィーン」という音が聞こえ内部より何かがせり出してくる。そして砲身を小早に向けた。あの護衛艦のバルカン・ファランクス砲である、この時代では20mmは破壊力が有り過ぎるため12mmくらいの小型バルカン砲だ。
「ダダダダダダダダ、ダダダダダダダダ、ダダダダダダダダ」
と断続的に銃撃音が聞こえた後、まわりを見ると僅か5艘の小早しか残っていなかった。わざと少し残したのである、全滅させては証人がいなくなるため脅しにはならない。残りの小早にホムンクルス部隊が飛び乗り村上衆を制圧した。
今回は黄忠班、張飛班と許褚班が脱出作戦に参加していた、むろん全体の指揮は黄忠である。
その黄忠の元へボコボコに顔を張らした10人余りが引っ立てられて来た。その両隣には鬼の如く恐ろしい顔をした張飛と許褚が立つ、背丈六尺越え(185cm)の大男だ。
「我らイワレヒコ軍を襲うとはいい度胸じゃのう、お主らは村上か?」
「そうです......」
「なら頭に伝えておけ。『今回はこれで堪えてやるが次は無い』我らに逆らえば一族郎党族滅じゃ」
「分かりました、お頭にはっきりと伝えます」
「ならば行くとよい、生き残ったやつの回収を忘れるでないぞ」
幸運にも生き残った者は小早に乗っていた者50人、海に投げ出されたが無傷で助かった者約30人だ。死者は70人を超えていた。
村上水軍と言われた時代に作った本拠地にたどり着くと生き残った組頭がお頭に報告した。
「申し上げます、此度見慣れぬ船に停船を命じましたが、反撃されて『あっという間』に半数がやられました。時間にして『十を数える合間』でした。わしは拘束されて脅迫されました。イワレヒコ軍と名乗る者は『今回はこれで堪えてやるが次は無い。我らに逆らえば一族郎党族滅じゃ、頭に伝えておけ』と念を押されました」
「なにっ、『十を数える合間』に半減だと? お主はどう思った?」
「どう思うも何も、我らには全く抵抗できませんでした。あれは地獄の閻魔の眷属かと...そう言えば背丈六尺越え(185cm)る大男が二人いました。一人は絵で見る閻魔大王にそっくりでした」
もうお判りと思うが『閻魔大王』とは張飛サンのことである。これ以後三国志に詳しくない、学の無い者でも『閻魔大王にそっくりな張飛サン』と言えば理解できるようになったのである。
過去にそういう経緯があって、この度はイワレヒコ軍の交渉役である黄忠から釘を刺されていた。すなわち「よけいな事はするな、手助け無用じゃ」と
こういった事情で本土に兵を渡す手段が無いのである。
元禄15年7月1日(1702年8月)、尼崎城、城下町を対象にした兵糧攻め『続・袋のネズミの計』が発動して10日になる。黄忠と忠勝が調略へ 向かった。
第二次討伐軍が尼崎城下に閉じ込められて早や10日経った頃、総大将の井伊 直興の元に側近から報告があった。報告というより実際は伝令なのだが...
「総大将、申し上げます。只今イワレヒコ軍の使者を名乗る見るからに怪しい老人が参っております。町の中からも出入りは出来ないので、いったいどうやって入って来たか不明です。いかが致しますか?」
「よし、連れてまいれ」
大柄な老人と筋骨逞しい武士が案内の者に連れられて入って来た。とても60代とは感じさせない男が評定衆の前で床几に腰かける、本多忠勝はその後ろに立った。老人は老いて眼光鋭く、身に纏った服の上からもその鍛えられた体つきがくる威圧感が半端ない。
井伊直興は各藩の主だった者に召集をかけたため、徐々に皆が集まって来て床几に座っていく。
「全員集まったようであるな、では使者の話を聞こう」
黄忠は不遜な態度で話始める
「ワシはイワレヒコ様の使者である。貴殿らも分かっていると思うが、見えない壁を作り閉じ込めたのは彼の御方の力である。」
「なんとイワレヒコと名乗る者が... 見えない壁を作ったのか?」
と井伊直興が尋ねる
「しかり、イワレヒコ様の御力は神仏に匹敵しよう、貴殿らはよく考えた方がよいぞ」
「いや、我ら譜代としては簡単に降るわけにはいかぬ」
「ならば、簡単でなければ良いのじゃな? もうそろそろ兵糧も尽きる頃じゃろう、貴殿らの降伏を提案する。それとも拒否してこのまま飢え死にを選ぶのか決めるとよかろう」
この場にいる評定衆は怒りのため刀に手をかけるが...
「ではワシは失礼する、5日後にまた会おう」
と黄忠は言って立ち上がりこの場から退出しようとするが
「ああ、言い忘れたが摂津の天領から兵糧は来ぬぞ。伝令は全て我らが潰した」
という絶望的な捨て台詞を残して黄忠と忠勝は去って行った......
「直興様、今後どうされるおつもりでしょうか?」
他の諸侯が問う
「もう兵糧は尽きるのであろう、我には手立てがない。各々方いい案があれば聞こう、何かないだろうか」
「城下から出入りも出来ず、外への連絡の手段も失った。加えて兵糧攻めとは...今は良いがはて何日耐えられるか...某は降伏を進言致します。第一次討伐軍の気持ちが分かり申した」
「某は降伏には反対でござるが...条件次第では降伏しても致し方ないと思おております」
また他の諸侯の一人は
「とりあえず様子見で行きましょう、私は降伏に反対ではありません。兵糧が尽きて飢えると『降伏やむ無し』の厭戦気分が兵達にも出てくるでしょう」
評定の結論は取り敢えず様子を見ると言う事になった。徹底抗戦の意見は誰からも出なかった。
『腹が減っては戦はできぬ』ということを当事者が一番身に染みて理解していたのである。




