037話 阿久利 イワレヒコの本拠地訪問 1
元禄15年3月3日(1702年4月)、イワレヒコが阿久利との謁見を終えたのちの話である。
一旦三次へ帰宅した阿久利は4月になって春らしい気候とともに広島城へ出てきた。
イワレヒコから一月後に明石村に来るように言われていた。阿久利は深く考えてもいなかったがイワレヒコは本拠地へ招待するつもりであった。孔明によると阿久利は『資格者』ということらしい、つまり拠点に入ることのできる人物という訳だ。
拠点への入場は人工脳の厳しいチェックが入る、資格の無い者は入口を発見出来ないばかりか、その先へも進めない仕様になっている。ホムンクルスは拠点生まれなので『資格』は免除される。木下組などの強化人間も同様である、拠点で強化処置を受けた際にマイクロチップなどの認証するためのものが埋め込められていた。
阿久利の侍女 部名もみじ視点
私は「部名もみじ」と申します、年は18歳で花も恥じらうお年頃です。生まれは三次で父は三次藩士でございます。
阿久利様にお仕えして4年になります、14歳の時に出府して江戸勤めになりました。というのも前任者であった姉が婚姻のためお勤めできなくなったからです。
当時はもう嬉しかったですよ、何にも無いド田舎の三次から江戸に出て来れましたから♡ 見るもの聞くものすべてが初めてでしたからね。
私の特技と言えば乗馬くらいのものでしょう、田舎では珍しくもありませんでした。日に焼けて色黒でしたし...4年間の江戸暮らしですっかり色白の綺麗な娘?? になりました。何せ自由に外出できませんからね、ほとんど屋敷で過ごしました。日に焼ける機会もありませんでした。
広島に来て私の唯一の特技のおかげで前回と今回のお供を許されました。というか他の侍女の方は馬に乗れないらしいです、簡単なのにね...
今回はイワレヒコ神社を通り越して山に登るらしいです。これまた私が選ばれる原因になりました。三次とか庄原は山しか無いですからね。ド田舎で育った私にとっては平地と変わりませんわよ。
という訳で現在は山登りを続けております。阿久利様と私、供侍のお二人とで四人になります。
元禄15年4月5日(1702年5月)、安芸の国、野貝原山麓明石村
イワレヒコに招待された阿久利一行は野貝原山を目がけて山道を登っていた。
イワレヒコ神社を通り過ぎると右手に古代参道と呼ばれる道がある。参道を野貝原山目がけて北上すると三叉路があり、右に行くように指示されていた。右に折れて直ぐ右手に雨宿石がある。
二段重ねの石で上の石が大きく飛び出ている、まるで庇のようだ。人が座れば丁度良い高さの石になる。
先に進むと左手には円形鏡石が見える、丸くカットされた感じがする。暫く進むとまた三叉路があり左に折れて東に進むと次にピラミッド積岩がある、三角形らしい岩だ。
さらに東へ行くと海を展望できるように塔岩と呼ばれた巨石が見えてくる。特に塔岩は高さ20m、幅4mものV字型の2本の巨大な岩組で、のうが高原のシンボルであった。現在では崩壊して往事の姿は見ることができないが、不思議なことに太古からそびえいたであろう塔岩が前触れもなく崩れたのである。ちなみに地震は起こっていない。
次の分岐点を北上するとタイル石、高貴人墳墓がある。タイル石は、石の表面にタイル状の石が貼り付けられたように見える3.5mの岩である。タイル状の石は20~30cmの大きさ厚みは2cmほどで、岩質も異なる。エジプトのピラミッドが石灰岩の外装石で覆われて白く輝いていたように、このタイル石も野貝原山を覆っていた化粧石ではないかと考える学者もいた。
のうが高原には光る石があり明石村の人は毎朝、高原に手を合わせて拝んでいたという。また、「のうが高原には夜光石があって、その光を頼りに漁船は瀬戸内海を航行した」と老人から聞かされたと証言している人もいた。
さらに、この峰を切り開くときに明石村の老人が、
「東の峰に光るものがあるそうじゃが、昔からそのそばに寄ったら危ないと言われとる」
と言ったという。
おそらく麓の明石村の「明石」は、光る石に因んで付けられた名前であろう。この光る石がタイル石であり、太陽を反射して光っていた可能性が高い。
タイル石の側に高貴人墳墓と呼ばれる石組がある。発見された当初は、この石組は土の中に埋まっていたという。それを掘り起こしたところ、穴の前面に楔形の石が無数に埋め込まれていたという。
1~2mの左右の石の上に、幅3m厚み1mの石が載っており、机状に組み合わされている。それぞれの石が切り離されており人造物と見なされたのである。これが奥まで続いていれば石室ということになるが、入口に石が置かれていて中の様子がわからない。発見当時にこの中央の石を取除こうとしたが、爆破するためにドリルで穴を開けたが結局、入口を開けることはできなかった。
阿久利たち主従一行はようやくのことでこの高貴人墳墓までたどり着いた。山道を右に曲がり、左に曲がり、また左に曲がりとまるでサバイバルゲームみたいだった。一番疲れているのはやはり阿久利である、本物のお姫様なので当然と言えば当然である。しばらくこの場で休むことになる、その間に供侍の二人が高貴人墳墓の周りを調べていた。
塞がれた入口を押してもびくともしない、何も反応も無かった。二人がかりで押しても駄目であった。そこへやっと回復した阿久利が入口の石に触ってみた。
するとどうだ、入口の石が光輝き、光が収まると向こう側が見えたのである。向こう側は光に照らされた延々と続く通路であった。
「あら不思議、向こう側が見えるわ。中に入れるのかしら?」
と言うと少しかがみながら入って行った。それを見て慌てたのは護衛の供侍二人である。すぐにあとを追うために入口に向かったが二人とも弾き飛ばされてしまった。入口は狭いので別々にではあるが...
今度は侍女の部名もみじが突入しようとするが
「あれっ 入っちゃた」 と言いつつ通り抜けてしまった。
女は通れて男は駄目なのか?...そんなことは無いのである。孔明が言ってたように入る『資格』があるかどうかの問題だった。女二人は有資格者で男二人は無資格者だったからだ。
阿久利ともみじは一旦外に出ると供侍に申しつける
「あなた達二人は山を下りて広島に帰りなさい。もみじは私と奥に進みましょう。それとご本家の綱長様にこのことを報告するように。あ、馬をお借りしたお礼も忘れずに」
と言うやいなや、もみじと二人で入口に消えた。事実二人が入ったあとに入口は只の石に戻ったのである。こうなってはどうしようも無いため、供侍の二人はやむ無く下山することにした。なぜか心は複雑であった......
安芸の国、野貝原山 地中の拠点
「孔明、今の見た? 侍女の「もみじ」とかいうやつも入っちゃたよ! つるん~と」
『我が君、私も以外でしたよ。まさか「資格者」とは思いもしませんでした。阿久利さんの方はDNA検査で「資格者」と判っていましたが、もみじサンの方は意外でしたね。でもこれは嬉しい拾い物です』
「お前DNA検査っていつサンプル採ったんだ?」
『そりゃあもう、いつもの事です。夏に蚊が阿久利さんの血を吸います、虫型偵察機がその蚊を捕獲します、持ち帰って分析しました。それと昨年、阿久利さんが剃髪しましたので髪の毛のサンプルも大量に有ります』
「なかなか抜け目ない奴め」
『いやー それほどでも』
「褒めてねぇ!!」
『三次浅野家と庄原の東城浅野家を詳しく調査する必要があります。更に「資格者」がいる可能性があります』
「そりゃ葦嶽山がある関係か?」
『なんとも言えません、調査してみないことには』
阿久利の侍女「部名もみじ」ですが庄原市の木は「ブナ」で広島県と三次市の木は「紅葉・モミジ」でした。
庄原市+三次市+広島県で「部名もみじ」サンに決定しました。
考えてみればこの小説で初の架空の人物の登場となります。




