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003話 赤穂藩緊急事態

 時間は少し遡る。ここは安芸の国広島城、本丸御殿謁見の間である。


 家老職上田主水は藩主浅野綱長に謁見を願い出た。元禄14年3月15日(西暦1701年)夕刻のことである。

秘匿すべき内容のため取次の近習に大神のお使いの件を伝える。近習は何の事か意味が分からず、頭をひねりながら殿に伝えておきますと言ってこの場をあとにした。

 知らせを受けた藩主綱長は慌てて非公式の謁見に臨んだのである。

政務を執り行う書院とは別の私的な座敷、普段綱長が使う書院に通されたのち慌てて藩主の綱長が入ってくると素早く礼をした。


「主水よ、大神(おおかみ)様のお使いが来たというのは(まこと)のことか?」

「誠の事にございまする。まずは人払いを」

「うむ、わかった。そち達は少し離れておれ、誰も近づけるでないぞ」


 綱長が近習の者たちに命ずると主水は立ち上がり障子・襖を開け広げた。盗み聞きを防ぐためである。締め切ると安心するのか襖に隠れた者の気配を感じることができない、かえってオープンの方が盗聴されにくいのである。もちろん小声で話すことが前提である。


「昼過ぎに大神様のお使いを名乗る、いかにもと言った御仁が(それがし)の屋敷に訪ねてまいりました。いかにもと言うのは見るからに只者ではないという意味でござりまする。

その御仁が申されるには、昨日3月14日、江戸城松之大廊下でご分家筋の浅野内()匠頭(くみのかみ)様が高家吉良上野介様に対して刃傷に及んだそです」

「なにっ、それは誠か」

「誠の事と判断しております。大神様のお使いを疑う事など、恐れ多くて某しにはできません。事実なら10日もすれば赤穂から使者が参るでしょう」

「してお使い殿はなんと言われた? 我が藩に対する指示があったのであろう?」

「はいお使い様が申されるには、まずは動くな静観しろということです。今できる事は何一つない。ご分家は取り潰しになるだろうとの事です」

「はぁ~ やってくれたな内匠頭め、いかほど本家に迷惑をかければ気が済むのだ。本人は腹切って武士の意地を見せたのかも知れぬが、こっちは(はなは)だ迷惑だ。ここは大神様の指示に従うしかあるまい」


 なお史実では4代藩主・綱長は、分家の赤穂藩主・浅野長矩内匠頭が刃傷事件を起こすに至ったことを知ると、広島藩は事が大きくなって浅野本家に一族連座するのを避けるため、赤穂藩重臣たちの親族の藩士を赤穂藩へ派遣して開城の圧力をかけた。赤穂浅野家筆頭家老である大石内蔵助に「穏便に開城を」と迫った。


 藩主と家老がこれからの方針の確認が済むと浅野綱長は、一つ気になった事を主水に尋ねた。


「主水、先ほどのお使い殿であるが名は訪ねたのか?」

「はい、黄忠(こうちゅう)と名乗られました。遥か昔に遠い異国で将軍を務めていたと申されました」

「はて黄忠...?」


と言いつつ綱長は黙り込んだ、しばらく沈黙した後に記憶を思い出すように


「...まさかあの黄忠か、...あり得んそんなはずなかろう」


と嚙みしめるように呟いた


「殿は黄忠様の事をご存じで?」

「うむワシの記憶に間違いがなければ、三国志に出てくる蜀の老将軍に黄忠という者がいたはずじゃ。して武器は何が得意と言っていた?」

「さぁ そこまでは聞いておりませんが...」


 4代藩主・浅野綱長は1659年の生まれであり、1701年においてだいたい42歳くらいである。若くもないし年寄でもない働き盛りであった。




 一方当事者である赤穂藩主浅野家の江戸上屋敷は、現在の東京都中央区明石町に位置し、面積は8,974坪余りとされる。

事件が起こるとすぐに、江戸家老である藤井又左衛門・安井彦右衛門らは、事件を知らせるための早駕籠を赤穂藩の筆頭家老大石内蔵助のもとに飛ばした。

第一便の早駕籠は江戸での刃傷沙汰を伝え、第二便の早駕籠では藩主浅野内匠頭の切腹と赤穂藩の取り潰しを伝えた。

 江戸から赤穂へは早駕籠でも通常7日程度のところだが、使者は昼夜連続で駆け続ける事で、4日半程度で赤穂に到着している



 元禄14年(1701年)3月19日 早籠第一便が赤穂城に到着した。到着時刻は不明である。4日半程度とあるが江戸をいつ発ったのか分からない。

この変事を国元の赤穂に知らせるために、原惣右衛門と大石瀬左衛門が早籠で江戸を発った。江戸から赤穂まで155里である。普通なら半月かかるところを彼らは4日半で乗り切った。

しかし着いた時は両人とも半死半生だった、髪も着物もぐちゃぐちゃになっていたらしい。


 早籠では速さが優先されるため食事や休憩など無い。早飛脚を先行させ先の宿場町に早籠の手配を済ませてから出発する。

4人で籠を担ぎ1人が前棒を紐で引っ張り、さらに1人が後棒を押す6人曳きである。

乗り手は腹にさらしを巻き天井から吊るした紐を握る、腰を宙に浮かし体の揺れを防ぎ、嘔吐もそのままである。

着いた時は死んでいることもあったらしい、命がけの激しい旅なので早籠の使者は通常2人派遣される。



 ドオーン、ドオーンと緊急登城の大太鼓の合図が鳴り響く。第一便の知らせを受け取った大石内蔵助を始めとする留守居役の重臣からの指示である。赤穂城評議のための大広間に徐々にではあるが藩士たちが登城してきた。

藩士たちは何事かと近くに座った者たちと話始めていた。誰も緊急登城の原因に心当たりなどあるはずがなく、そのうち雑談となってしまうのである。

国詰めの城下にいる者達のあらかた登城したと思われる頃、大石内蔵助をはじめ重臣たちが評議のための大広間に入ってきた。

大石内蔵助や重臣たちが上座に座り込むと城代家老の大石が話し始める。


「皆、急の登城ご苦労である。先ほど江戸表から緊急の知らせが届いた。使者の書状によると

過日3月14日、江戸城松之大廊下で我が殿内匠頭様が、高家吉良上野介様に対して刃傷に及んだらしい」


 いきなりの爆弾宣言である。藩士達は驚いたが一瞬の沈黙の後、近場の者と騒ぎはじめた。すかさず大石は


「皆静まれ、まだ話の途中である。続いて第二便がしばらくのち到着した。それによると殿の切腹と赤穂藩の取り潰しが決まった」


 もう藩士達の喧騒が止むことはない、改易である。今後の生活を心配する者、敵討ちを主張する者、城引き渡しを拒否して徹底抗戦を唱える者、もう収拾がつかなくなってしまった。



 

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