020話 本多忠勝と姫路藩
播磨の国 播州 姫路城
元禄14年9月15日(1701年10月)、姫路藩主、本多忠国は国元に滞在していた。
討伐軍は7月10日に解散して早や二月余り、国元で江戸からの沙汰を待っていたのである。忠国はこの時点で36歳、まさに働き盛りである。
政務を執りながらあの時の苦い体験を思い出していた。あの時はろくに戦うこともできず、ただ飢えるのを待つしかなかった。赤穂城下に閉じ込められて脱出できなくなった時点で詰みであった。不思議な体験を回想していると城代家老が声をかけてきた。
「殿、お客人です。何でも本多家ゆかりの者が訪ねて来ております。お会になりますか?」
「なに...本多家ゆかりの者とな? ...よし会おう」
暫くすると『これぞ武将』という雰囲気を持った御仁が入ってくる
「ワシは本多平八郎忠勝である、我が家が危機にあると聞いて来た。その方が現当主か?」
と入って来るなり一方的に捲し立てる
「忠勝様?...本多忠勝様は90年程前に亡くなっておる、偽物め」
「なんだとぉ ええぃこの蜻蛉切りが目に入らぬか!」
「入らぬ、長すぎて目に入らぬ。何処から出したこの長槍?」
本多忠勝が取り出した槍は実は強化棒である、穂先はそれらしく見せてある。持ち主の意思によって大きさを変えられる仕様のため、いきなり現れたように見えたのである。これは如意棒と言ってもいいのか...?
両人とも喧嘩腰である、これでは埒が明かぬと思い忠勝は1通の書状を差し出す。差出人は『黄忠漢升』とあった。こうなることを見越して黄忠は忠勝に手紙を持たせていたのである。
黄忠と本多忠国は顔見知りである、あの降伏勧告の時に少しながら話を交わしていた。
読み終えた書状を横に置くと忠国は
「成る程、どういう経緯か知らぬが本物の忠勝様と保証してある。納得はいかぬが忠勝様として扱いましょう」
「それで今後どうするつもりだ? 軍師殿の情報では本多家は領地半減、国替えになったようだぞ」
「つい先日、処罰が決まった件について江戸屋敷から伝達の使者が来ました。家臣達と相談したところ公儀の処罰に従わない。納得いかないため『徹底抗戦』という意見が多かったのです」
「なら我が方に下ると良い、『悪いようにせぬ』と我が主はおっしゃった。木下肥後守は既に主に臣従しておる。我が主の力は凄いぞ、10万もの兵を無傷で降伏させる力はお主も体験したであろう」
「確かに、あなた様を生き返らせる力、まるで神仏のようだ」
「とくとよく考えるがよい。ではまた来るとしよう」
と本多忠勝は言い姫路城を立ち去った
本多忠勝は「徳川四天王」の一人で、徳川家臣最強の武将であったと語られている。 「日本三名槍」の一つである「蜻蛉切」を愛槍としていた。
柄の長さは当時通常の長槍は約4.5mだったのに対し、蜻蛉切は約6mだったという。
安芸の国、野貝原山 地中の拠点
時は5日ほど遡る。元禄14年9月10日(1701年10月)、本多忠勝がが目覚めた日の事である。
「おい 孔明、聞いてくれ。岡山池田家の当主池田綱政は江戸屋敷にいるようだが、誰を派遣しようか?」
『我が君、選択は黄忠殿一択しかありません』
「ほう、理由は?」
『爺さん同士で気が合うことでしょう。木下家の護衛も終わって幹部で暇しているのは黄忠殿だけです』
「まあそれじゃあ、黄忠を江戸に遣ってくれ」
江戸、岡山藩 池田綱政の江戸屋敷にて
元禄14年9月15日(1701年10月)、黄忠は池田綱政の屋敷を訪ねていた。
池田綱政は63歳と高齢のため討伐に参戦せず代理を立てていた。そのためずっと在府だったのである。
大柄な老人ではあるが、とても60代とは感じさせない男が池田家の門前に立った。老いて眼光鋭く、身に纏った服の上からもその鍛えられた体つきがくる威圧感が半端ない。
「たのもう。」
黄忠はいつものように案内を乞う。二人の門番のうち一人が内心びびりながら
「何用であるか」
と問う。すると老人はニヤリとした顔で見下ろしながら答える、尊大な態度である。
「いいか褌をしめてよく聞け、ワシは浅野方の〇〇様の使いである」
「はぁ、○○様とはいったいどちら様なのだ?」
「とにかく藩主殿に伝えてくれ、判らねば破滅するだけじゃがのう、では良しなに」
どこかで聞いたことのあるセリフである。門番の一人はやれやれと思いながらも主人の取次ぎ役の近習のところへ向かった。
池田綱政と黄忠の会談の場 江戸屋敷にて
門番からの伝達により、江戸屋敷の座敷に案内された黄忠と池田綱政の会談が始まる
「お初にお目にかかる、浅野方○○様の配下の黄忠とす」
「○○様とは何方ですかな」
「我々の主じゃ、配下には浅野安芸守殿、木下肥後守殿が新たに配下に加わりましたぞ」
「なんと、あの浅野殿もか? 」
「左様 ワシの予想では今回の討伐に加わった藩は、親藩以外はこちらにつくじゃろうの」
「その根拠はいかに?」
「そんな事は貴殿が一番ご存じじゃろう。討伐に加わった藩はみな立腹しておるよ」
「やはり他藩もか...幕府に対してみな思う事は同じであろうな」
全くと言ってよいほど津山藩と同じ反応である、暫く間をおいて黄忠が発言する
「池田殿 他にも理由がある、地政学的な事情じゃ。例えば岡山藩だが備後を挟んで広島藩に近い、我々の勢力に囲まれたくないであろう?」
「成る程、当然じゃ」
「津山藩森家がこちら側につくとしたら、貴殿はどうする?」
「いや 考える余地は無いな、我らも囲まれたくない。ワシの考えは決まっておるのじゃが家臣達と今一度相談したい。しばし待ってくれまいか」
既に家臣達の意思は確認していたがこれは外交である、すぐに返事をしないのが駆け引きと言うものである。
二人の爺さんは「のじゃ、のじゃ」と言いながら意気投合するのであった。
この時、池田綱政63歳、黄忠60+1500歳くらいだろうか......
戦国武将『強さランキング』堂々一位の本多忠勝の登場です。当初、本多忠勝の登場は構想には無かったのですが、知人のTさんが『本多忠勝vs呂布』が見たいというものですから、そのうちにね...
という軽い扱いでした。
ところが姫路藩が本多忠勝の子孫であることが分かり、ここで急遽登場させました。
『本多忠勝vs呂布』は本編には関係ないので、外伝でも書いてみようかと思います。




