019話 森 衆利という男
安芸の国、野貝原山 地中の拠点
元禄14年9月10日(1701年10月)、本多忠勝が目覚めた。そう戦国最強とも言われた男だ。
「徳川四天王」のひとりであり、徳川家臣最強の武将であったと言う。
『おはようございます、忠勝殿。気分はいかがでしょうか』
「あれ? ワシは死んだんじゃないのか、ここはどこだ?」
『私は孔明と申します、以後ヨロシクデス。あなたは91年前に亡くなり今復活しました。
ソンナコトヨリ貴方の子孫が大ピンチです、つまりお家の一大事です。さあしっかり働いて下さい』
「なに...何を言っておる? さっぱり判らん」
『本多家お取り潰しの危機で御座いますよ』
「なんだと我が家の危機じゃと、ワシはどうすればよい?」
お家の一大事ということで本多忠勝は一気に覚醒したのである。
岡山藩池田家 江戸屋敷 時は少し戻る
元禄14年8月29日(1701年9月)、公儀の処罰が決まった翌日のこと
岡山藩主 池田綱政は家臣達の主だった者を集めて、今後の対処について協議していた。
「殿これから如何なさいますか」 と討伐軍に参加した江戸家老が尋ねる
「むう いかがと聞かれても難しい。最悪の改易ではなかったな、まずは公儀の処罰を受けるかどうかだな。ワシは歳が歳なのでどちらでもよい、その方らはどうしたいのだ?」
江戸家老が答える
「討伐軍に参加した某としましては、此度の戦で当家に落ち度があったとは思えません。もちろん総大将の鳥取池田家の池田吉明様も同様です。あれはどう見ても不可抗力でございます」
「某もご家老に同意でござる、透明の壁など人の作り出せるものではありませぬ」
「某が思った事は、まるで神仏の罰に当たったようでした」
と家臣達
「それでその方らの決意は、領地引き渡しを拒否でいいのだな?」
「殿、他の四家もおそらく同様でしょう。此度の処罰は余りにもご無体です」
岡山藩池田家において反乱の芽が育ちつつあった...
美作の国 津山藩 津山城
元禄14年9月10日(1701年10月)、関羽は美作の国 津山城を訪れた。
もちろん離反工作のためである。
藩主は討伐軍に参加した森衆利である。衆利はそもそも将軍綱吉に対していい思いは抱いていなった。
元禄8年、『生類憐みの令』によって武蔵の国中野村(東京都中野区)に犬小屋が作られることになった。その普請奉行に任じられ建設に当たったのである。
元禄10年、中野村の犬小屋で浪人たちが収容した犬を沢山殺す事件が起きた。その管理を怠ったとして家臣が切腹したことに対し、何故このような法令のために「家臣が死なねばならぬのか」という疑問があった。
そういう事情で幕府に反感を持っていたところに、今回の処罰である。普通の人間ならそりゃ怒る起わな!!
森衆利にしてみれば「どうしてくれようか」と腸が煮えくり返っていたところに、説得が担当の関羽の登場である。もう調略など必要なかった、後はちょいと背中を押すだけで反幕府勢力の誕生であった。
森 衆利と関羽の会談の場
「お初にお目にかかる、○○様の配下の関羽と申し上げます」
「○○様とは何方ですかな」
「我々の主です、配下には浅野安芸守殿、木下肥後守殿が新たに配下に加わりました」
(くっっっ...木下は我の配下で正確には陪臣だがな...)
「なんと、あの浅野殿もか? 」
「左様です。私の予想では今回の討伐に加わった藩は、親藩以外はこちらにつくのではないかと思います」
「その根拠はいかに?」
「そんな事は貴方様が一番ご存じでしょう。討伐に加わった藩はみな立腹しております」
「やはり他藩もか...幕府に対してみな思う事は同じであろうな」
暫く間をおいて関羽が発言する
「森殿 他にも理由があります、地政学的な事情です。例えば岡山藩ですが備後を挟んで広島藩に近い、我々の勢力に囲まれたくないでしょう」
「成る程、いかにも」
「岡山池田家がこちら側につくとしたら、貴方はどうしますか?」
「いや 考える余地は無いな、我らも囲まれたくない。我の考えは決まっているが家臣達と今一度相談したい。しばし待ってくれまいか」
森 衆利と重臣達の評定
関羽が帰った後、衆利は早速重臣達を集めて話し合いに及んだ。
関羽との会談で既に決意は決まっていたが、独断ですることではなく一応家臣の意見を聞く事にする。
「我の方針は決まっているが、その方らの意見をきこう」
筆頭家老がまず最初に発言する
「某は○○様に臣従の件、賛成でござる。今回の討伐の事だけならば反対もいたしますが、かねてより公儀のやり方には納得できませぬ」
「左様でござりまする、某もご家老と同じ意見」
「某は反対でござる。浅野について今後立ち行くのでしょうか?」
と次席家老が言う
「お手前は参軍していなかったから、あの恐ろしさは解るまい。降伏勧告の席で『次に逆らえば皆殺しにする』と言われたぞ」
衆利は関羽との会談での内容を話し始めた
「関羽殿の見立てでは、岡山池田家も浅野方につく可能性が大きいとのことだ。我は徳川親藩でない二家も浅野方に寝返ると思う、それでも反対するのか?」
「分かりました、殿の意見に従いまする」
と次席家老がやむなく同意するのであった...




