016話 武装解除
安芸の国 芸州 広島城
元禄14年7月8日(1701年8月)、討伐軍10万が降伏した頃、広島城本丸御殿で浅野綱長と関羽は会談していた。主に討伐軍降伏に至った件であった。
「網長殿、赤穂討伐軍10万が我々に降伏しました。昨日のことです。降伏の条件は『武器・防具の没収、食料3日分贈呈、寝返り可』の三つです。まあ実質一つですね」
「それは誠でしょうか、どうやったら10万もの兵を降伏させることができるので?」
「孔明殿が見えない壁で取り囲んで『袋のネズミ』にしました。以後兵糧攻めです、半月もすれば干上がります」
「はあ~ なるほど。無血勝利ですか」
「今頃は討伐軍の武装解除が始まった頃かと」
播磨の国 播州 赤穂 城下町
元禄14年7月8日(1701年8月)、降伏した討伐軍10万の武装解除が始まった。
武装解除と言っても刀・槍を置き鎧・籠手・具足を脱ぎ捨てるだけである。回収は赤穂藩士や郎党に任されている。
幸いにして季節は夏の真っ盛りで褌一丁でも問題なし、武装解除される武士・足軽も暑苦しさから解放されてむしろ喜んでいた。鎧下に着こんでいる物までは没収してはいない。
武装解除の終わった者から握り飯を受け取る、塩は売るほどあるため塩おにぎりのみであった。
『脚気になる』...そんな事は知りません...
まかない方も大変である、10万人の握り飯を作るとは考えただけでも恐ろしい...実際は捕虜の中からもまかない方を出してもらった。別の意味で自給自足である。
喰った者から3日分の食料を持たせて、とっとと出て行ってもらった。なにせ今後は回収した武器・防具の整理に忙しい、もちろん大阪の商人に売りつけるためである。
元禄14年7月15日(1701年8月)、江戸城 老中評定の間
足守藩木下家の改易の沙汰が下った翌日のことである。
老中の土屋政直、稲葉正通、小笠原長重、秋元喬知がいつものごとく評定を開いていた。そこに赤穂討伐軍の指揮官より報告の知らせが届いた。取次の者が
「申し上げます、ただいま赤穂討伐軍総大将の池田吉明様より書状が届いております」
「うむ、ご苦労」
早速、老中筆頭格の土屋政直が目を通す。読み終わると次の者に手渡しながら深い溜息をつく
「はあ~っ こっちもか、全くどうなっているのやら? 理解できん」
「討伐軍10万が降伏しただと! 兵糧攻めに遭ってしかも戦死者なしの降伏だと!」
「赤穂城下に閉じ込められて脱出できず、餓死者が出る前に降伏したとある」
「いったいどうしたらそんな事が出来るのか全くわからん」
と老中達の疑問と嘆きが噴出しあと土屋相模守が
「上様には如何に説明したら良いものか皆、いい知恵を出してくれまいか」
「土屋殿、いい知恵と言っても正直に事実を申し上げるほかあるまい」
「同意でござる、我にも何がどうなっているのか解かりませんからな」
「まあ4人がお叱りを受ける覚悟で報告致そう」
ということで老中達4人が将軍綱吉に謁見を願い出た......
場面は5代将軍綱吉公の謁見の間に変わる
「上様、ご老中方が謁見を願い出ておられます」
と悪名高い側用人の柳沢吉保が取り次ぐ
「うむご苦労、会おう」
老中達は音も立てずにササっと謁見の間に入り綺麗な土下座を見せたのである。はたしてこの時までは綱吉の機嫌は良かった。「何用か」と言う綱吉に頭を下げたまま黙って討伐軍からの書状を差し出した。土下座姿勢のままである。
綱吉がおもむろに読み進めて行くと次第に顔が赤くなり、終いには烈火の如く怒りだした。
老中達はこうなるのは分かり切っていたので、ずっと土下座のままであった。亀のごとく頭を引っ込めて、嵐が通り過ぎるのを待つように4人で申し合わせていたのである。
これを『触らぬ神に祟りなし』と言う......
安芸の国、野貝原山 地中の拠点
監視モニターで江戸城謁見の間での一部始終を見ていたイワレヒコは
「わっははは こりゃ面白い! 傑作だ。あの綱吉の顔といったら...うぷっ...笑いか止まらねぇ」
『我が君よ、今回の謁見の間での様子は滑稽でしたね』
「将軍綱吉ってすぐ切れる癇癪持ちかもな。孔明の予想通りに寝返りが出た時の顔が見たいぞ!」
『......』
江戸城 老中評定の間
将軍綱吉との謁見が無事終わった老中達はほっとしていた、一応誰にも被害はなかった。まさに生き残れたという感情を全員が持っていたのである。
「上様はこの件についてどのような処罰を下されるのであろうか」
「改易は無いにしても転封くらいは覚悟すべきであるな」
「しかし討伐に参加した五家をすべて処分するとなると後々大問題になろう」
「うむ せめて親藩の二家だけでも何とか処罰を軽くしてもらえるよう、我らで進言しようぞ」
と老中達4人の意見であった。
「ところで、木下肥後守の妻子と家中の者の行方は掴めたのであろうか? どなたか配下からの報告はないだろうか」
「いや今のところ何も掴めておらぬ、木下肥後守本人も行方知れずである」
「これは出奔か? いや言い方が違うのか、謀反...と言ったら良いのか...」
「いずれにせよ、また誰か城受け渡しに派遣せねばなるまい」
老中達にとって難問山積であった
「あれもこれも元をただせば、浅野内匠頭のせいぞ! あ奴が刃傷事件を起こさねばこんな事にはならなかった。各々方もそう思うであろう?」
他の老中達も『そうだそうだ』とばかり頷いていた......




