第二話
学院から帰宅するなり、エリンは自室の机に向かった。
侍女が「お夕食の用意が」と声をかけてくるのを「後で結構です」と遮り自室にこもった。
机に向かい取り出したのは学院の生徒の名簿。
男子生徒。独身。貴族。
この三条件を満たす者を、片っ端から洗い出す。
ヴァルモン伯爵令息レオナールという「盾」が砕けた以上、次の盾を用意するまでの時間は一刻も惜しい。
悲しんでいる暇も、傷ついている暇も、恥も外聞もない。
(候補……候補……)
家格、財政状況、性格、アルバートとの関係性。婚約者の条件などをもとに絞り込んでいく。
愛情? そんなものないほうが話が早い。弱みがあるなら好都合。
夜が更けるまでに、エリンは四名を絞り込んだ。
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翌日から、エリンは動いた。
まず一人目、マルタ侯爵令息。成績中位、温和な性格、婚約者なし。接触しやすい。図書室で偶然を装い隣に座り、微笑みを向けてみた。
「……あの、エリン嬢、その」
マルタは耳まで赤くなり、しかし視線を泳がせた。
「お気持ちは、嬉しいんですが……。ぼく、エリン嬢には身に余るというか……」
「え、そんなことは」
「ほ、本当に……っ。エリン嬢にはもっとふさわしい方が絶対にいますので……!」
逃げるように去っていく背中を、エリンは微笑みを貼り付けたまま見送った。
次、二人目。三人目。四人目。
アプローチの手法を変えた。偶然の遭遇だったり、手紙だったり、共通の友人を介した紹介だったり……。
が、返ってくる言葉は微妙に違えど、意味はどれも同じだった。
「エリン嬢のご厚意は光栄なのですが」
「自分には荷が重くて……」
「ご縁があればまた、ということで……」
やんわりと、しかし確実に、避けられている。
エリンは夜、机に突っ伏していた。
狙いを定めた男性から悉く避けられる。
その原因は明白だ。
(……アルバート殿下の仕業ね)
確証はない。だが状況が雄弁に語っている。
これだけ手を変え品を変えてアプローチして、全員が同じように丁重に断ってくる。
これは偶然ではない。誰かが、水面下で圧力をかけている。
にっこりと笑いながら、無言で「私に逆らってまで彼女を助ける者はいるかな?」と問いかけている人物がいる。
エリンは一つ息を吐いた。
こうなれば、なりふりは構っていられない。
エリンは調査の網を一気に広げた。学院の外まで。
新興貴族。家格は低いが財はある。王族の圧力など気にしない気骨があるかもしれない。候補入り。
高齢の男爵。もう政治的な野心もなく、アルバートとの関係も薄い。ひとまず候補入り。
借金持ちの准男爵令息。かつてレオナールに使った手が再び使えるかもしれない。即候補入り。
そして……変態的な嗜好があると噂の某伯爵令息。
エリンはしばし考え、候補入りにした。
(王妃になるよりはマシだわ)
自分でもドン引きの発想だとは思うが、優先順位は揺るがない。
最優先は王族との婚姻を避けること。
その一点のためだけに、エリン・ラングヴェルトの全力が注がれている。
しかし。
結果は変わらなかった。
学院の外に広げた候補も、接触を試みるたびに、どこか不自然なほどするりとかわされた。
「家の事情で」「時期が悪く」「親の意向が」。言い訳はさまざまだったが、共通しているのは誰一人として首を縦に振らないことだった。
エリンはある夜、自室の窓から星を見上げながら、静かに思い至った。
(……一年生の頃から、だったのね)
レオナールとの婚約期間。あの頃のエリンはのんびりしていた。婚約者という名の盾があるという安心感の中で、授業をこなし、友人と茶を飲み、優雅に学院生活を満喫していた。
その裏で。
アルバートは、ゆっくりと、糸を張り巡らせていたのだ。
急がず、焦らず。エリンが気づかないように。いざという時に一本残らず逃げ道が塞がれているように。学院中の貴族男子に、空気で刻み込んでいたのだ。
エリン・ラングヴェルトに手を貸す者は、私を敵に回すことになる、と。
完璧な包囲網だった。
エリンは窓枠に額をことりと当てた。
(……完敗だわ)
心の中で盛大に泣いていた。
一年間、あんなに余裕ぶっていたくせに、実は一手も先を読めていなかった自分への、情けない涙だった。




