【第二部】 第51話 ガンドの依頼
くすんだ真っ黒い棺桶屋の奥。そこには地下へと続く洞窟のような暗闇が潜んでいる。
急勾配な階段の先に、金属と火薬の臭いとともに暖かな橙色の光が、シロウとナナを出迎えていた。
鉄格子の扉を抜けた先には、知る人ぞ知るガンドの武器工房が構えている。
ハンマーを打ち鳴らす無骨な作業音が小気味よく響き、室内に足を踏み入れた瞬間、ナナの肌に熱気が押し寄せた。
蒸し暑さが漂う地下空間で、作業台を睨むようにガンドは没頭していた。額から汗が滲み、拭うことすら忘れて集中している。作業中のガンドにシロウたちの声は届かない。良くも悪くも職人気質であった。
ガンドの評判は極端に二分化されていた。
熟練の技術で様々な銃火器の改造や製作を請け負い、持ち主の技量を試すような玄人向けの得物を製作する一方、並みの冒険者には到底扱い切れないゲテモノを生み出す。
無論それらは高額な依頼費を支払うことで、初めて手に入れることができる。シロウの武装の大概がガンド製作の銃器であり、先の激戦の末に損傷した銃器もあった。
そしてシロウが病室に運び込まれる際、レッドがガンドに装備のメンテナンスを依頼しており、今日は受け取り日であった。
「ガンドのおっちゃん! 手を止めさせて悪いが、間近で三回も呼んだぞ。そろそろ一服したらどうだい?」
「……おぉ? おお、久しぶりじゃな。なんじゃ、今日は女連れか?」
ガンドはシロウに気が付くと、打ち鳴らしていたハンマーを止めた。迫力ある筋肉質な腕がピタリと静止する。
握られたハンマーを作業台に置くと、手元のコーンパイプに火を燈す。
吹かしながらシロウの隣に並ぶ少女を物珍しそうに見つめた。その眼差しはどこか悲しみを宿している。
「は、初めまして。シロウさんやレッドさんと徒党を組んでいます、冒険者のナナです。よろしくお願い致します」
ナナは眼力の強いガンドと視線が交わると、やや緊張気味にお辞儀をして丁寧に挨拶をした。ガンドはそんなナナの緊張を和らげるように、表情を緩めて微笑む。
「わしは武器職人のガンド。この地下工房の主じゃ。嬢ちゃん、よろしく頼むぞ」
その笑みは、初めてシロウと会った頃の警戒心を貼り付けた表情と打って変わって慈愛に満ちている。ナナを安心させる丁寧な口調だ。
「ガンドのおっちゃん、久しぶりだな。あんたの得物は良い仕事をしたぜ」
シロウとガンドは互いに力強く握手をした。
「ガハハ! 当たり前じゃ! どうやらお前さんは、わしの改良した特殊弾も撃ち放てたようじゃな? 流石わしの見込んだ男じゃ」
「そのおかげで右腕が捻じれ飛ぶかと思ったぜ。骨折で済んだのは運が良いって医師が呆れてたぞ」
「わしの想定だと、右腕は肩から引き裂かれる程の反動のはずなんじゃがな。シロウ、お前さんは見た目以上に力強いな。凄まじい強肩じゃ」
「おいおい、ガンドのおっちゃん。俺の右腕は一度裂けたら生え変わらねぇぞ? 変異性生物と勘違いしてねぇか?」
「ガッハッハ! そう悪態を吐くな! だがな……シロウ? お前さんに必要な武器と弾薬で間違えはなかったんじゃろう? それを必要とするほどの怪物と巡り合ったのじゃからな」
ガンドはシロウの下唇を噛んだような、ばつの悪い表情に対してニヤリと笑った。
「……まぁ、結果良ければ、なんとやらだ。それで俺の得物の修理はもう済んでるのか?」
「それについてなんじゃが……良い話と悪い話、それと頼み事があるんじゃ。どれから話そうか?」
「面倒ごとの臭いが燻ってきたぞ……良い話から頼む」
「ふむ。デザートイーグル.50AEフルカスタム【白鯨】は全く損傷はなかった。内部の精密な清掃程度で済んだことが良い話じゃな。もちろん代金はいらん」
「……じゃあ次は悪い話だ」
「お前さんのソードオフなんじゃがな? ダブルバレルは堅牢にアダマンタイトを使用して製作していたみたいじゃが、内部の部品やストック部分は一般品を多く組み込んでいる。歪んじまった部品を再利用して修繕するよりも、新しく組み立て直した方が圧倒的に良いじゃろう。だがな……代金は高くなるぞ?」
「すまねぇな。今は逆立ちしても金貨は降ってこねぇぞ」
「そこで、お前さんの戦い方次第じゃが、ソードオフの代用品としてわしの特注の銃器を渡そう」
ガンドは自信満々にシロウに伺う。まるで予め用意した定型文のような説明に、シロウは一瞬だけ眉をしかめた。
ずらりと並べられた言葉に、どこか作為的な思惑が含まれている。そう脳裏に過ぎった。
シロウは瞼を閉じて沈黙した。隣に立つナナは唐突な沈黙が訪れたことに、不安を覚え始める。
ナナとの巡り合いを機に、暗躍や裏工作、誰かの掌で転がされる感覚に、シロウは過敏になっていた。しかし、巧妙な話術など保有していないガンドの違和感は、むしろシロウをどこか安堵させる。
呆れるほど陳腐な誘導は、ガンドの切実さを表しているからだ。
「ガンドのおっちゃん……下手な芝居をするんじゃねぇ。それで、俺に何を頼みたい?」
「……ふん! まぁ、本当にそうじゃな……まずはこれを見てほしい」
ガンドは損傷したシロウのソードオフを作業台に並べた。細かく分解された部品の一部を指差す。それは銃身のダブルバレルだった。
長耳との激しい戦闘痕が刻まれたバレルは、微かに刀身の鋭利な痕跡が刻まれている。
「このバレルの裏面をしっかり見るんじゃ」
ガンドはシロウを促すようにバレルを手渡した。シロウは繊細な彫刻が彫られている美術品のようなバレルをまじまじと覗き込む。
「なんだ? 何か、スペルが彫られている? ──ア、リ、シ、ヤ?」
その名を口にした瞬間、ガンドの表情が凍りついた。
「……そうじゃ。わしの娘の名前じゃ。わしの宝物、わしの生きる意味じゃ」
二人は少しの間、再び沈黙をした。
互いに言葉を発さなくても伝わる重みが室内に広がっている。シロウがバレルを作業台に戻すと同時に、口火を切ったのはガンドだった。
「シロウ! 頼む! この銃器をお前さんに渡した者に、なんとかわしの娘、アリシヤの行方を尋ねてくれ! そして……どうか娘を見つけてくれ! この通りだ!!」
ガンドはシロウに対して、自身の足元に置かれた脚立から降り立つと、深々と頭を下げた。
地鍛人であるガンドは、分厚い筋肉の塊のようだが、背丈はナナと同程度だ。シロウとガンド、両者の背丈には開きがある。静かに震えた背中はより一層に隔たりを強調させて小さく見せた。
「……俺もあんたの武器に助けられた身だ。もちろん報酬はあるんだろう? 病み上がりの冒険者なんかでよければ、依頼は引き受けるぜ。だからよ。何度も言うが、慣れねぇことはするんじゃねぇ」
シロウはぶっきら棒に口角を上げて笑って見せる。そしてガンドに手を差し伸べた。
その指先は銃器を構えるような仕草に変わると、悲哀で歪むガンドの表情を力強く撃ち抜く。
「ガンドのおっちゃん。あるんだろう? あんたの娘を助ける、とっておきの銃器がよ。俺はあんたの得物と、火力は信じてるぜ。魔物すら撃ち滅ぼす破壊力を、な」
「……あぁ! あるぞ! 必ずアリシアを救える程の火力を秘めた銃器がな! わしの技術の結晶じゃ、必ず使いこなしてくれ!」
シロウとガンドは笑い合う。その表情は覚悟で満ちていた。




