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【第二部】 第50話 街を歩く者たち

 シロウとナナは共に真昼間の街を歩いていた。


 ナナは細い金属フレームが特徴的なサングラスで特異な双眸を蔽うと、グレーのグラデーション越しの視線は行き交う人々を見回す。


 シロウの擦り切れたトレンチコートの裾を掴む掌は穏やかだが、微かに警戒心が宿っていた。


 すれ違う冒険者たちは当然のように腰に鈍く輝く銃器を収め、金属の揺れる音や人の声、漂う風は死が滲んでいた。


 レッドホルン街を囲む防壁を境に、混沌とした世界は二分化されている。危険な壁内と、非常に危険な壁外だ。どちらも驚異の分類は等しいが度合いが違う。


 壁内は人々の賑わいや生命の灯が溢れる反面、街の治安維持による厳粛な規則や、職権を濫用した汚職が蔓延っていた。そして街中でも当然序列が存在して、人々はその中で生活している。


 街に物資や資源など潤いをもたらす商人、様々な問題や荒事を解決する冒険者、壁内の治安や秩序を維持する統括者たちの上位は、滅びた旧文明ほどではないにしろ、潤沢な生活を謳歌している。


 それらを目指した中位の者たちが街全体を支え、下位の者たちは使い捨ての粗悪品として潰れていくのが大概だ。


 しかし、例外は存在する。街の陽が差し込まない暗い陰に潜む者たちだ。


 レッドホルン街にも治安の行き届かないスラム地域は点在しており、破格で様々な物品やサービスを提供する闇市では怪しげな取引を営む。そこでは良心を捨てた者たちが金と命、秘密を天秤にかけている。


「シロウさん、今日は普段より街の人たちが賑やかですね」


 ナナは見上げるように視線を頭上に上げてシロウに尋ねた。


 靴底が磨り減ったブーツでゆっくり歩くシロウは、大通りの両隣に構える店舗や雑居テントを横目に返事をする。


「商人の数が多いな。最近は街同士の貿易が盛んらしい。だからか、あんまり見ない冒険者の出入りも増えているな。不用意に近づくなよ」


 ナナは行き交う人々の波に揉まれながらも、シロウの傍を歩く。


「わかってますよ。単独行動は一人前になってから、そうでしたよね?」


「あぁ、そうだ。そして──」


 シロウは病み上がりの体とは思えない俊敏な動きで、すれ違う人々の縫い目から一人の手を掴むと捻り上げた。


「こんな人の行き交う大通りでは、ちゃんと正面を見ろ。大概はスラムで暮らすスリが潜んでいる。……こいつみたいにな」


 先程通り過ぎた少年の顔は強張り、シロウに鷲掴みされた掌から何かが落ちた。

 それはレッドからプレゼントされた革袋だった。本来ならナナの白銀のローブに収まっているはずの物であり、中身は硬貨が何枚かある。


「え……っ、えぇ!」


 ナナは急いで革袋を拾い上げた。幸い中身の硬貨は減ってはいない。


「ナナ、お前にはまだ当分は、単独行動は無理だろうな。ちゃんと気を付けるんだぞ」


「はい……気をつけます」


 ナナの返事を聞いたシロウは、緊張を張り付けたスリの少年の腕を解放すると、どこか優しそうな眼差しで、ポケットから銅貨一枚を指で弾く。


 少年は何か言いかけたが、言葉にならなかった。


「お前も目のつけどころは良かったが、運が無かったな」


 そう呟き、シロウはナナと共にその場を立ち去る。


 目的地のガンドの店に向かう二人の背中を、唖然と見つめる少年の手には薄汚れて輝きのない銅貨が一枚、力強く握られていた。


 シロウはナナを励ますようにわざとらしく笑う。


「ナナ、壁内にも危険は満ちているが、冒険者として覚悟するのは壁外だ。金をスられるなんて可愛いもんだ。今のうちにたくさん経験して観察しろ。その程度、俺が手助けする」


「……本当にありがとうございます。シロウさんはやっぱり凄いですね。体調は大丈夫ですか?」


「あのくらい病み上がりでも問題ないさ。なんせ組合で依頼を受注したら、郊外でしばらく過ごさねぇといけねぇんだ。しっかり備えないとな」


 シロウは僅かに緊張を宿した言葉で締めくくると、歪に積み重なった街の防壁を睨んだ。


 文明の全てをかなぐり捨てた荒涼とした地平線。その先には無限の砂漠、放射能汚染された熱帯雨林、旧文明の遺産が眠る崩壊した都市など、変革期を生き延びた人類の手がいまだ届かない未開の地が多い。


 無論その全ては分厚い防弾プレートを、容易に切り裂く変異性生物が蔓延っている。しかし、危険はそれだけではない。


 人肉を好む食人族、カルト教団、略奪や誘拐を行う荒くれ者、そして荒野で出会う旅人や商人、同業の冒険者たちでさえ、無防備な背後を見せることは死を孕む行為だった。

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