第45話 斬界
混沌とした戦場は、薪を焚べるように命を燃料として燃え盛っていた。
既に焦熱の臨界点を越えている。シロウの走り抜ける周辺には、無残な死骸が辛うじて人の形を保ちながら転がり、今なお戦闘を繰り広げている者たちの激情は冷めることはない。
業火に炎上する廃倉庫群は、煤のような黒煙と腐肉の焦げる悪臭が淀んで漂っていた。異彩を放つ純白の外套を身に纏う長耳は、血肉が炭化するほどの熱量の中心で冷笑を浮かべている。
付近から迫り来る存在を、長耳は容赦なくぶつ切りにしていく。そこに炎の揺らめきに紛れて、奇襲を行う瓜二つの影が襲来した。
衝撃音と火花を弾き、長耳と対峙する。その姿は戦闘をどこか楽しんでいた。
「にいちゃん! こいつも標的の一人だったよな! 殺そうよ!」
「俺だって殺したいよ! でもこいつ、俺たちじゃ厳しいかも。……嫌な気を放ってるぜ」
「大丈夫だよ! ボクたち兄弟以上に殺しと略奪が上手な奴なんていない!」
「お前そう言ってるけど、気に食わない味方ぶっ殺す癖、早く治せよ! まぁ、最強だってことは間違いないけどなッ!」
双子のならず者たちは軽口とは裏腹に、練度の高い連携で目まぐるしく挟撃する。ククリナイフを自由自在に操り、その鋭利な攻撃で交互に迫っていた。
微動だにしない長耳を中央に、フェイントを含めた軽快な刃捌きが幾重にも急所を切り裂く──ことはない。
刃が外套に届く寸前、軌道をなぞるように逆巻く風が吹き荒れ、刃先はまるで撥ね退けられるように逸れていく。
「下手くそ! また空振りだ!」
ならず者の弟は負傷した右手首に、赤く滲んだ包帯を巻き付けている。悪態を吐くように左腕に握ったククリナイフを振り回す。その面持ちは微かに疲弊を張り付けている。
「どうした? 宴の舞いはもう終わりか?」
長耳は愉快に笑う。しかし、その視線だけは、どこまでも冷徹に獲物を見定めている。
「こいつ手品師か!? 刃が震えて届かねぇぞ!」
「ビビんなよ! にいちゃん!」
「全然怖くねぇよ! でも無理そうだ! 帰ろう!」
「にいちゃん! 行きで乗ったトラックなら向こうで派手に燃えてるぜ!」
「チクショウ! なら俺たち二人の必殺技で片をつけるぞ! 四連撃だ!」
「俺は片腕使えないから三連撃だぞ!」
ならず者の弟は包帯が巻かれた右腕を掲げる。
「クソ! それなら最後は蹴りで四連撃だ! やるぞ!」
ならず者の兄の言葉を起爆剤に、瓜二つの影は殺意の濃度を一層に深めて揺らめいた。
双子のならず者たちは息の合った高速移動で、氷の上を滑走するように長耳の周囲を駆け回る。
無防備にも外套を靡かせて佇む長耳の表情は、退屈さを浮かべていた。
「……野良犬風情を相手するのも飽きてきたな」
長耳はそう言葉を発すると、外套の下から一振りの刀が陰から輪郭を現した。
──その瞬間、大気が揺れ、風波が一瞬だけ止む。
熱波が漂う咆哮が止まない戦場に、突如落とされた雷鳴の如く、静まり返った重く冷気を帯びた沈黙が支配する。
全ての視線の先は一点に集約されていた。
美術品のような鞘は白々と美しく装飾が施されており、華やかに雷のような輝きを残した鍔と刀身を収めている。
鞘から抜かれ、刀身を覗かせる一連の動作は様式において洗練されていた。それは研鑽を重ねた流麗な弧を描くようだった。
「先手は譲ってやるぞ?」
刀身の煌めきが静寂に包まれた場に反射し、柄を握る長耳は静かに構えた。
「先手じゃねぇ、王手だ! 馬鹿やろうがよ!」
ならず者の兄が吠えた。炎上した路面を駆け回る二つの影は重なり合い、一層に加速して、爆発が起きたような跳躍力で襲い掛かった。
ならず者の兄が雄叫びを上げる。振るい上げた両腕から、剥き出しの殺意が同時に交差するように迫る。
──その背後、影に重なるようにならず者の弟が息を潜め、膂力を溜め込んだ左腕のククリナイフを直線的に滑らせる。
連撃の継ぎ目が存在しない攻撃が、長耳の首筋を掠めるその刹那、風の干渉は熾烈さを極めた。
長耳の剣呑さを孕む双眸に光が走る。残像を置き去りにした舞踏のような踏み込みは、足場を砕くほどの圧力を生む。
風鳴りを纏った刃が袈裟に振るい上げられ、一閃──一筋の銀雷が空間を斬り裂いた。その一撃は大気を裂くほどに尖り、刃先を遥かに超えた一筋の残光を描く。
交差したククリナイフを握る両腕ごと両断し、刃先から伸びた斬撃の渦は、ならず者の弟を横薙ぎに断ち切っていた。
「ぐわぁぁああぁ! 俺の腕がああぁ!!」
断面は焼けるように滑らかで、痛覚より先に喪失感が神経を支配していた。しかし、一拍を置いた激痛が全身を駆け巡る。
地面へと突っ伏すように悶え苦しむならず者の兄の背後では、胴体を削ぎ落された肉塊が地面に落下する鈍い音が響いた。
転がるならず者の弟は、血飛沫で辺りを染めていく。
「いてて、あれ? 下半身がないよ? にいちゃん! 四連撃目の蹴りをするの忘れてた!ごめん! ……なんか眠くなってきたな。嫌だよ……にいちゃんまだ遊び足りないよ……」
瞳孔の光彩を失ったならず者の弟から、握られたククリナイフはゆっくりと滑り落ちる。
「ふざけんな、クソ野郎がぁぁあぁ!」
滑り落ちた弟のククリナイフの柄を咥え、顎を軋ませながら噛み締める。両腕から激しく飛び散る血飛沫を揺らして、ならず者の兄は全力で襲い掛かった。
しかし、長耳の足運びは回転するように低く滑り、白い外套の裾が地面を撫でたと同時、銀の刀身が頭上から兜割りのように真っ二つに切り裂いた。
「……あぁ、また一緒に遊べそうだ……」
熱を帯びた断面が散るように崩れ落ちる。その溢れる鮮血は、一滴も純白の外套には届かない。
「バケモンがッ! 俺を含めて四連撃目だ!」
突如──炎の奔流を蹴散らす足音が駆け抜けた。
燃え盛る長耳の背後から現れたシロウは、肉塊を両断した長耳の振り抜き後の一瞬の隙に喰らい付く。
遮蔽物の陰から勢いよく身を飛び出すと、吠えるように両腕に構えた二丁の銃口から、静寂を打ち破る双射を轟かせた。




