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第46話 死線の共鳴

 銃口火炎が燃え滾る。二丁から絶え間ない弾丸の濁流が、標的を削り取るように衝撃を刻み続ける。


 グロック19【ラピットファイア】からスライドが前後高速ピストンを繰り返し、怒涛の9mm弾を吐き出す連射は止まらない。そして水平二連式ソードオフに込められた二発の12ゲージショットシェルが爆ぜ散り、回避不可能な広範囲へ死を拡散していく。


 轟音が鳴り続き、濃厚な火薬の臭いと閃光は絶えない。


 シロウはグロック19を撃ち続ける。慣れた手つきで背中のホルスターにソードオフを収め、続けざまに右腕へと持ち替えたデザートイーグル.50AE【白鯨】のリアサイト越しに、長耳を真っ向から捉えた。


 風向きを変えるほどの重たい一発が放たれる。

 左右に握る二丁の銃声が重なることで、戦場の温度は再び跳ね上がる。


 苛烈な連射で硝煙と土煙が漂う中、反動と爆風を利用して跳ねるように後退するシロウの表情は、焦りを押し殺したまま険しく張り詰めていた。


 降り注ぐ砂埃が広範囲に舞う中で、球体のような巻き風が不自然に吹いていた。


 空気の密度が一面だけ凝縮されたように堅牢な城壁を築き、大量の弾丸は空中で進行を塞き止められるように、螺旋状に働く回転力を弱らせてその場で落ちていく。


「……ふむ。今のは中々面白かったぞ」


 嬉々とした低い声が響いた。

 砂埃を掻き分けて現れるその影は、燃え盛る火炎の反射を浴びるように、揺らめく外套に覆われて顕現した。


 全身を包む光の波紋は一層に強まり、右腕には艶やかな狂光を帯びた刀が握られている。


 既に廃倉庫群を包む混沌とした四つ巴の争いは、大量の死骸と呻き声を辺りに散らせて燃え尽きようとしていた。


 焚べる命は残り少ない。両者の視線は静かに交差する。


 シロウは冷静に戦況を分析していた。自身の両腕には弾切れのグロック19と、発砲後に大きな隙を孕むデザートイーグルが握られている。


 グロック19の型破りな拡張マガジンを、再装填する隙を埋める手立てはない。そして、連射の利かない大口径の一撃を防ぎ、逸らされれば後はない。


 ──自分では勝てない。そう深く理解していた。……だからこそ、“仲間を信じた”


 口径7.62×54mmR弾が空気を貫き、精密射撃が外套に覆われた長耳を包む淡い光を何度も掠めて、火花を弾いた。


『これが最後の7.62×54mmR弾よ! ビビってないで一緒に近距離戦で向かい討つわよ!』


 レッドは肩口に担いだドラグノフ狙撃銃を、全力で抱えたまま駆けていた。


 シロウの走り抜く背中を狙撃銃で守り抜き、長耳の元へ辿り着いて息を潜め、攻撃の機会を窺う時には、自身も加勢のために全力で追いかけていく。


 その背後では、シロウを守るという強い意志を共有したナナも共にいる。戦場を駆けるレッドとナナを襲う者は既に息絶えて存在しない。


『あぁ、必ず来るってわかってたさ! パーティーはまだお開きじゃないぜ!』


 レッドの与えてくれた隙を最大限に活かし、シロウはグロック19とデザートイーグル、二丁の再装填を素早く済ます。


 そして左右に握り締めた二丁の銃口を、悠然と佇む長耳に突き付けた。


 シロウはグロック19を乱射すると、機関銃のように荒れ狂う反動を左腕のみで押さえ込む。集約された弾丸の奔流が獣の群れのように長耳を襲い掛かる。


 しかし、吹き荒れる風の干渉に弾丸は湾曲されて長耳には届かない。背筋が冷たくなるほどの殺気を浴びた長耳の双眸が、風に揺れる外套の下から覗いている。


 そこには遊戯も慢心もない。ただ殺すための真っ直ぐな意思があった。


 撃っても、怯まず、止まらず、ただ一直線に距離を詰めてくる。“本気で殺しに来た”それを体現したように、有効打にならない脅威には長耳は一切の反応も示さない。


 シロウは直感で瞬時に身を屈みながらデザートイーグルを構える。頭上を駆け抜ける疾風が額を掠め、強烈に吹き狂う。建材や荷の残骸を粉砕し、風圧で引き裂いていくのを額に汗と血を滲ませて避けていく。


 焦燥を堪え、機会に喰らい付く。真表に捉えた長耳にデザートイーグルをぶちかまし、雷火のようなマズルフラッシュが日が沈み、影を落とした夕空を閃光で染め上げる。


 轟音で爆ぜる一撃は眩い光の波を際立たせ、長耳を包み込む巻き風とその前方を城壁のように圧縮した高密度の風の盾に阻止される。


「その武器はなんだ! 中々の業物だな」


 静かに、だが恐ろしく早く踏み込む太刀筋は見切れない。擦り切れ始めているトレンチコートを靡かせて、シロウは極限に集中していた。


 長耳の足が地を滑り裂くように踏み込み、シロウの在る空間を目掛けて、銀光の刀は疾風を巻き上げて斬り裂いた。


 瀬戸際で避けたシロウを削ぎ落すように吹き荒れた一太刀は、瓦礫もろとも周囲を狂風で飲み込んでいく。


「欲しかったら俺を倒して奪い取れ! それともお行儀よく渡したら見逃してくれるのか!」


「もちろん前者を選ばせてもらう!」


 一閃が煌めく。長耳から薙ぎ払うように振り抜かれた剣圧は、刀の残像を残して衝撃が弾けて飛び込んできた。


 次の瞬間、シロウは本能的に建物の壁を砕けるほどの膂力を込めて蹴り上げ、間髪入れずに跳躍した。


 トレンチコートの裾が瞬く間に切断され、空中で布の断片が散る。下方には斬撃が走った路面に幾重もの亀裂が刻まれて、コンクリートごと吹き飛ばされていた。


 着地とともにシロウは素早く遮蔽物に転がり込むと、大口径の隙を補うようにグロック19を猛連射する。


 シロウはもう一度デザートイーグルを構え、リアサイト越しに狙いを定めようとした刹那──長耳の姿を見失っていた。


 全身に駆け巡る悪寒に戦慄する。

 シロウの真下から深い影が喰らうように伸びていた。反射的に頭上を見上げた時には既に手遅れだった。


 長耳は飛来するように真上から押し迫り、外套が風で捲り上げられた先には、弧を描くように刀を握り締めている。


 空気が音を置き去りに、視界が白く焼き潰されるような閃光の残像が奔る。


「ちくしょ──」


 “致命傷は避けられない”シロウがそう思った瞬間、弾けるような衝撃が体を押し倒した。


 それは頭上から迫り来た死の暴風ではない。

 別方向から突き飛ばされ、地面に転がるシロウの胸元で荒い呼吸を繰り返し、三つの影はちらちらと炎に反射して揺らめく。


 そして、橙色に照らされた仲間の顔を煌めかせた。


「レッド!? ナナも走って来たのか!?」


 シロウは驚愕して叫んだ。


「……なに一人で……勝手にパーティーで転んでるのよ! しっかり立ちなさい!」


 起き上がるレッドから差し出された腕を掴み取ったシロウは、傷だらけの掌に気が付いた。ここまで辿り着くために、どれだけの困難と険しさを乗り越えてきたのか。ありありと想像ができる。


 レッドの揺らぎない眼差しにシロウは見覚えがあった。瞳孔の奥に燈る光、静かな激情の火が力強く宿っている。


 急いでナナへ振り向くと、ナナの双眸は赤と青が淡く混ざり合い、燐光のように冴えている。時を漂わせるその輝きは、ただの力ではない。


 少女の意志と覚悟が形になった。“ナナ自身の光だ”力強く光彩を放つ眼差しは、夕暮れに沈む情景で優しく微笑んでいた。


「シロウさん、何とか間に合いましたっ! ……お荷物になるつもりはありません。三人で挑みましょう」


 光を透かすような瞳が、シロウの内心を見透かすように揺れている。


「ばかやろう……なんで能力を使っちまったんだ」


 シロウは憔悴を滲ませてもなお、笑みを浮かべるナナに戸惑う。


「わたしにとってこの特別な力も、護身用の拳銃も、シロウさんが教えてくれた通り、守るべき時に使いたいんです。大切な存在を……絶対に……躊躇はしないです!」


 小柄な少女が声を張り上げる。その意地のような声音には、確固たる決意が込められていた。


 涙のように零れそうな光が瞳の奥で震えている。互いの視線が交差して、息を整える間もなく戦いが迫っていた。けれど、三人はただ静かに頷き合う。


 言葉よりも短く、ずっと深く。その瞬間、吹き抜ける風が三人の間を通り過ぎ、瓦礫の影をなぞった。焼け焦げた戦場に、ほんの一瞬だけ静けさが訪れる。


 シロウたち一同の背中を押すように暖かな風が立つと、鉛のように疲弊した体にもう一度気力を与えてくれた。


「……あぁ。認めるぜ。全員であいつを迎え討つ。だからよ、その泣き癖も直さないとな」


 シロウは粗野な手つきだが、指先でナナの零れ落ちそうな涙を拭うと、屈託のない笑みで応えた。


「あんな胡散臭い奴なんかさっさと倒して、宿屋の美味い酒を皆で乾杯するわよ! 気を引き締めなさい!」


 レッドがシロウの隣に並び立つ。背中のドラグノフ狙撃銃のスリングを外すと、身軽になった体で闘志満々に啖呵を切る。


 ほぐすように両腕を広げたレッドは左右に武器を構え、右腕にはTRR8マグナム、左腕にはならず者の弟が使用していたククリナイフを握り締めている。


 そして死線へと挑む二人の背中を支えるように、ナナもまた自身の護身用の.38口径リボルバーを両手で構えていた。


 三人を見据える長耳は静寂を纏いながら構えている。


「悪いが作戦なんてねぇ。出たとこ勝負だ!」


 シロウは口火を切ると、先頭を駆けた。


 仲間たちに預けた背中は軽い。満身創痍だったはずの体を忘れさせるほどに。それが、仲間を信じるということだった。

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