第39話 残響する殺意
戦いはまだ終わっていない。
シロウは直感的にそう強く感じた。
全身を強打されたような重苦しい体を何とか起き上がらせると、M4カービンの再装填を開始する。
マガジンキャッチボタンを押し込み、重力に従って落ちるマガジンはアスファルトに“カラン”と小さな音を打ち鳴らす。空のマガジンを回収する余裕はなかった。
工事途中で破棄された建物内からは、屋内を駆け回る足音が増していき、一階に辿り着く猶予は残り少ない。
シロウは舌打ちを吐きながらも、無駄のない動きで反撃の準備を行っていく。
タクティカルベルトに備え付けられた弾薬袋へ左腕を伸ばし、無造作に二本のSTANAGマガジンを指先で挟み込むように抜き取る。そして備品袋から取り出したテープで二本のマガジンを逆さまに合わせて、素早く何重にも巻き付けた。
逃げ道の少ない野外での戦闘時、弾倉の切り替えは一秒でも惜しい。本来なら距離を取るべき状況だ。
しかし、シロウの逃げ道の先にはレッドとナナがいる。建物内から大量に溢れ出た変異性生物たちを連れて行くわけには決していかなかった。
そのための現地仕様による継続戦闘に備えた準備を、与えられた貴重な時間で済ませなければいけない。
銃器を手早く傾け、マガジンの受け口へ斜め上に向けて差し込む。確かな手応えを感じると、銃身を下げたまま左腕の指先に引っ掛けたコッキングレバーを勢いよく引き戻す。
シロウは荒い息を吐きつつも、揺るがない意志でM4カービンを構え直した。
「ったく……どいつもこいつも、忠誠心高すぎじゃねぇか。女王はくたばったんだぜ……?」
返答代わりに出入り口から吹き出すように現れたのは、阿鼻叫喚の狂気に染まった変異性生物たちだった。剥き出しの殺意が形を持って、シロウに襲い掛かる。
地獄のような戦闘が始まる、その時だった。
再び、胸元に備え付けられた無線機からレッドの差し迫った声音が、スピーカーから大きく鳴り響いた。
『シロウ! ねぇ生きてる!? 返事をして!!』
レッドの余裕を感じさせない取り乱した音声に紛れて、発砲音が繰り返されている。鳴り止まない銃声の中で、ナナの悲痛な叫び声も聴き取れた。
『すまねぇ! ちょいと野暮用を片付けていた!』
『よかった! 用事が終わったならちょっと悪いけど、こっちの援護に回れない? こいつら一直線にあたしたちを襲撃してきてるの』
『……まだ終わってないが、同時進行で寄らせてもらうさ!』
その言葉を境に、無線機から繋がるシロウの音声にも、熾烈な銃撃音が含まれ始めた。
シロウの無事を確かめたレッドは、ほっと胸を撫で下ろす。
ナナちゃんには比較的安全な室内の端に身を低くしてもらった。これで、心配の種は全て消えた。
弾丸が高台の室内に向けて乱れ飛ぶ最中、レッドは風に巻き上がる赤い長髪を紐で後ろに束ねる。
そして、死神のような冷気を宿した光が瞳に宿る。どこまでも冷たく、感情の色に染まらない無機質な殺意。
──ここからは高台に集う襲撃者たちへ、ドラグノフ狙撃銃の恐怖を教えるだけだ。
冷徹さを帯びた銃身をゆっくりと窓枠に乗せて、静寂な射撃を放つ。貫くように回転する一発の弾丸が風とともに揺れ、カーブを描くように煌めく。
“一番乗りだ”そう叫ぶ男の額に吸い込まれるように風穴を刻み、死神の鎌を振り下ろす。
シロウがこの場に辿り着く前に間引かないといけない。そう静かに呟き。レッドは反撃の狼煙を上げた。




